第6話 巻物

「――ってなわけでよ、納得はしてねえがこの世界に来ることになったんだ」


 俺はこの世界に来ることになった経緯を洗いざらい大男に白状していた。……白状というと悪いことをしていて、それを俺が告白させられているみたいな言い方になるが、それも仕方ない。

 蘇生させた大男はこれまでの闘いなど無かったと思えるほど動けている。もう一度闘うなんてことになれば俺など一捻りだろう。その場合はマイクを使って時間稼ぎをして逃げるが。


 蘇生――それも死体に自意識を持たせる【フリーリバイバル】を使った理由はこの世界の情報を得るためだ。

 【オートリバイバル】は俺に忠実な、あくまで人形の役割しか持たない死体であるため闘わせることはできても会話はできない。


 大男は蘇生させれば貴重な戦力となる。これだけ苦労して倒したのだ。蘇生させて味方にしない手はない。

 そこで悩んだのが【オートリバイバル】を使って単純な命令に従うだけの人形にするか、フリーリバイバルを使って命令に従わないが意思を持つ死体にするかだ。


 悩んだ末に、というか闘いながらすでに結論は出ていたが、【フリーリバイバル】を使うことに決めた。

 大男との最後の会話が決定的なものとなったが、この性格なら蘇生させてすぐ俺を攻撃しないだろうと思ったのだ。


 だからまあ、蘇生させた直後にギロリと睨まれ


『なぜ我を蘇生させた』


 と脅すような低い声を出されても想定内だ。俺が素直に従っても問題はない。


 言い訳じみたこの世界に来たところまでの話をし、それから俺のスキル、大男と闘うまでの流れを話し終えると、


『ジルヴァリック・エルメロン。それが我の名だ。ジルでよい』


 と、自己紹介してきた。


「俺はシドウだ」

『ふむ、性なしか。そちらの世界は皆そうなのか?』

「いや、この世界に来た途端に俺の名前はシドウだけになった。元はキリハラという性があったが、まあこっちはこれから先使うつもりはない。シドウと呼んでくれ」

『分かった。シドウ、まず先に言っておくが、貴様は……いやお前は異常だ』


 異常、ね。自分でも分かってはいるがな。こんなスキルを与えられちまっているし。


「死体を蘇生させることに躊躇いがないからだろ? だが言っただろ。俺は元々死体を集めてはそれで遊んでいたって。死体を見るのも触るのにも何とも思ったことはない。それが動物であろうと人間であろうとだ」


 あの廃工場にあった犬や猫の死体を串刺しにする、包丁で内臓を全て取り除く、といったことをしていたおかげで死体というものに全く抵抗感が無い。

 他人が見たら忌避するかもしれないが、俺にとっては数少ない非日常を味わえる瞬間だったのだ。


『違う……わけでもないが、そのことではない』

「はぁ?」

『我が言いたいのは貴様が何の遅れもなく闘いの場に身を置けたことだ』

「いや、俺すぐさま逃げたじゃんか。闘いに身を置いたのは死体であって俺はそれらを指揮していただけだ」


 俺のやったことは、逃げる。死体を呼ぶ。死体を闘わせる。闘いに巻き込まれて死んだ動物を蘇生させる。死体を闘わせる。これだけであってこれ以上ではない。


『逃げる、か。我からしてみればお前はお前の都合の良い場所に我を誘導したように見えたのだがな。戦場にて足を止めない。それは立派なことであり、それを今まで闘いを知らないお前が出来るのは尋常ではない精神力をお前が持っていたということだ』

「だから俺が異常ってか」

『ハハハ。異常は言い過ぎたか。だが、普通ではないぞ。もし逃げ腰であれば我はすぐさまお前に追い付けただろう。だが、お前は我が最も通りにくい道、我を足止めするための死体の操作、そして人の死体の采配。どれも見事であった』


 ああ、そうか。

 こいつを【フリーリバイバル】で蘇生させた理由が分かった。

 俺は心のどこかで認めていたんだこいつを。


 こいつは武人気質。勝敗が付けばそれ以上の争いをしない。そして俺とは違う真っすぐなやつだ。


「……話を戻すぞ」


 だが俺は別に褒められたくてこいつを蘇生させたわけではない。

 この世界の情報が欲しいからだ。そこのところ、勘違いしないでほしい。


 俺が機嫌を悪くしたと思ったのだろう。

 大男――ジルなんたらが頭を下げる。


『すまぬすまぬ。いやなに、我もお前と話すことに気が引けるのだ』

「ああ? 気が引けるって何がだよ。さっきまで俺とお前は確かに闘っていた。敵同士だった」

『そうだ。敵同士であった。お前と同族である人間をこれまで多く殺してきた。忌避感や嫌悪感をお前が抱いていないのか、それを危惧しているのだ我は』


 そういえばマイクとその仲間の弓使いはこいつに殺されたんだったっけな。人間を殺すことに躊躇いがない。俺が人間だからこいつは忠告しているんだろう。

 ジルなんたら――いいやジルで――は俺との会話を望んでいるが、俺自身が恐怖を自分に抱いていないか、不安なのだろう。


「いらない心配だ。人間だって同族で殺し合っているのは何処の世界だって一緒だろ。俺は生きている。お前は死んで俺が蘇生させた。それでいいじゃないか。どっちかというと俺の制御が効かなくてジル……お前が俺を殺しにくることに心配している」


 ジルでよい。

 そう前置きをしてから目の前の大男は立ち上がった。


『そうだな……試してみよう』


 ジルが拳を振り上げる。

 そして……振り上げたままであった。

 思わず両腕で体をかばおうとしていた俺をジルは笑う。


『案ずるな。我にお前を害することはできん。完全にお前の支配下にいるとは言えないが、それでもその蘇生のスキルはお前を守ることに機能している。それに、我自身もう前の命は終えたと思っていた。だから今度はお前のためにこの命を使おうと思っている』

「なら俺のために働く、そういうことでいいんだな?」

『そう取ってもらって構わん。まあ気に入らなければ従わないがな』


 その言い方から察するに、俺に対しての攻撃はできないが、俺もそこまでの命令権は持っていないと思える。


「ハッ。従わなかったときはそこの2人みたくただの人形に変えてやるさ……お前のようなやつ以外には」


 そう脅しておけば命令に従うだろう……こいつ以外は。

 ジルはすでに前の命を終えたと理解している。だから、今蘇生された命は言わば余興に近いのだろう。

 たまたま暇つぶしに俺に従っているだけ。ただの物好き。


『それでよい。完全に従えるとも、完全に逆らうとも思わない方がよいのだ。少なくとも【フリーリバイバル】はな』


 聞けば聞くほど【オートリバイバル】の方が便利そうだが、【フリーリバイバル】にだって利点はあるはずだ。

 まあ俺がこの先、仲間と呼べる存在が欲しくなったのなら間違いなく【フリーリバイバル】を使うだろう。ただの人形では味気ない。


 俺が命令を一々出すよりも、自分で考えて行動する。それが利点であろうか。


「まあいい。それよりもだ」


 今の会話からも得るものはあった。

 俺のスキルについて知るならば、実際に蘇生させたやつと会話しなければならないからな。


 だが、それ以上に俺はこの世界のことも知りたい。


「俺が今語った俺の世界だが、この世界と似たような世界観を味わえる遊戯がある」


 今ではスマホでもPCでもできる時代だ。

 オンラインゲーム……久しくやっていないな。


「その中でも、強さを明確に表しているものもある。例えば攻撃力や防御力といったものだ。種類によって値は違うが、鍛えれば鍛えるだけその値は大きくなっていった。生まれたての赤子が1、とかな」


 ジルは黙って俺の話を聞く。

 反応がないと理解できているのか分かりにくいが、ここは通してしまおう。


「だが元の世界では遊戯の中でこそ値を知れたが、現実的には知ることができなかった。そして、この世界でも値は分からない。だが、それ以外の職業や名前であれば俺は自身のを見ることができた」

『それが一般的であるのか。我や他の人間にも出来ることなのかお前は知りたいのか?』


 ここでジルは口を挟んだ。

 俺が何を言いたいのか察したのだろう。


『……ついてこい。きっと損はさせない』


 そんな詐欺広告のようなことを言ってジルは歩き出した。


『それが質問であれば答えは否、である。我にも人間にも名や職業といったものを見ることはできん』

「ならこれは俺だけのスキルみたいなものなのか?」

『そうだな。だがしかし、お前の言い方からするとそれは道具なしの場合であろう?』

「もしかして道具を使うことで見れるのか?」

「稀にだが、な。そのような宝物の類は存在する。相手の力を測る道具。増加・減少させるものまである。お前がこれから街に行くというのなら間違いなく存在する場所が2つある」


 ふむ、それは不味いな。

 名やスキルはともかくとして、俺の職業はどうやら人間には受け入れがたいものらしいし。


「ならばそこを避ければいいのか?」

『避けられるものならばな。1つは冒険者ギルド。そしてもう1つは教会だ。街で生活するならばどちらかの手を借りねば生きられぬだろう』


 冒険者ギルドか。冒険者というのは確かに憧れるな。

 まあ生計立てていくならば、魔物なのか分からないけどどこぞの何かを倒して金を得なければならない。コネが無ければ成り立たない商売を抜かせば、冒険者となるのが手っ取り早いんだろう。


 教会とか素性がバレた時点で殺されるわ。


 というわけで、俺の方針は冒険者になることになるのだろう……が、


「冒険者になる時に職業やらを明かさなければならないのか? なら俺には無理みたいだな……」


 期待させやがってとは思うまい。

 ジルがこれに触れたのであるなら、


『諦めるでない。そういう時こそ我の出番というもの』


 何か解決策はあるはずだ。


 ジルの足は止まる。

 そこは、ジルを始めて見かけた場所、あの洞窟であった。


『我が守っていたのはこの場所ではなく、ここにある宝である。先ほど言った力を増減させるようなものはないが、偽るもの。それならばここにある』


 そう言って、ジルは洞窟に入ったかと思うと、すぐさま小さな袋を抱えて出てきた。

 ジルは俺にその袋を渡す。小さなと言っても、それはジルが持っているからそう見えるだけで、渡された俺は落とさないように抱えて持つ。


『その中に赤い宝石のついた首飾りが入っている。それを掛けると一度だけ、望んだ姿になれる……とされている』


 されている?


「使ったことはないのか?」

『一度だけであるからな。我もそれを託されておったのだ。だが、今はその袋の中身全てをお前に託す。使うもよし、使わぬもよしだ。大方が一度限りの宝物。売ればそれなりの財産になるものもある』

「ふーん」


 まあくれるというなら貰っておくか。


『ふーん、てお前は……いや、他の世界から訪れたのであればこの宝物の価値が分からぬのが道理か』

「というか、それで冒険者ギルドの職業検閲は問題ないのか? 見た目だけ偽れても駄目な気がするが」

『街の中に入るならばそれで問題はない。そこからは……これだ』


 そう言ってジルは袋の中から新たに巻物を取り出す。


『これは我が宝物の中でも最上級に優れているものだ。巻物というのはスキルを1つ、そこに記されているものを得ることができるのだがな』


 少しだけ嬉しそうに、自慢げにジルは語る。


『この巻物にはかつて優れた詐欺師に纏わるスキルが記されている。職業を偽ることができるだろう』

「ほう」

『直に日も空ける。街へと向かい、好きに生きるがいい』


 なるほどな。

 とりあえずは街の中に入れれば、だな。

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