第5話 大男の試練

 走る走る走る。

 一歩でも遠く。一秒でも速く。少しでもあいつから遠く距離を置かなければならない。

 追い付かれるという事は死を意味する。


「……俺は【ねくろまんさぁ】。走ることは専門外だ」


 大男はその巨体に見合わない速度で走る。……いや、足幅が俺のような普通の人間と同じではないから、そして下半身の筋力は俺と違うから、本当に速いのだろう。たとえこれが全速力でなくとも、俺が大男との距離を離せないのだから、俺が少しでも速度を緩めれば追い付かれてしまう。

 大男という、3mの巨体はそれだけで俺にとっては通過点でも大男にとっては障害物となりうるものが多く出現する。

 俺にとっては目くらましになる木々も大男にとっては行く手を阻む障害物。

 俺にとっては何の邪魔にもならない動物も大男にとっては躓きかねない障害物。

 しかし大男は足を止めない。木々を薙ぎ倒し、出会う動物全てを踏み殺し、大男は俺目掛けて前進する。


『逃げるだけか挑戦者よ。我の寿命が来るまでの時間稼ぎというならそれもまたよし。だが、残り僅かとなったとき、その時点で貴様を殺すための我の秘技をぶつけることになるだろう』


 これが剣士だとか戦士だとかゲームでも定番の攻撃の高い専門職だったら少しは闘えるだろう。

 これが盗賊だとか格闘家だとかゲームでも定番の速度の高い専門職だったら振り切れただろう。


「まともに闘えたら苦労しねえよ」


 しかし俺はねくろまんさぁ。

 魔法を使う専門職は直接的な闘いは不向きなのがセオリー。


「よく考えておけよ俺……何が弱ってる今なら勝てるだよ」


 自分に悪態ついても仕方ない。

 とりあえずは今出来ることをしなければ。


――来い!


 俺は念じる。

 今出来る最大限のことをさせるために。



 バサバサバサ、と。

 森が揺れた。


 木々は騒めき地面は音を立てる。


『何が起きている?』


 大男は警戒するように周囲を見渡す。

 きっとあの背丈だ。すぐにでもこの状況が、何があったのかを把握するだろう。

 警戒しながらも大男は足を止めない。それでもなお、俺を殺そうと追い詰める。


 追い詰めようとするなら、こちらも追い詰めるまでだ……俺以外がな。


 きっと大男のような力も、速さもない。大男にとってとりとめもないような小さな命。

 それらが今、大男を襲おうとしていた。


『これは……!? 鳥や森の動物らか!』


 10や20をも超える鳥達、そして兎や栗鼠によく似た動物達。

 それらが脇目もふらずに、恐怖を一切見せずに大男へと走り寄り、飛び寄り、噛みつき突いていた。


『……だがこれしきの力では我を殺せん。ただただ鬱陶しいだけだ』


 大男が腕を一凪ぎする。それだけで纏わりついていた動物達が振りほどかれ、木々や地面へと叩きつけられる。

 大男は勝ち誇ったように俺へと向き直る。


『なんだ、貴様のスキルは動物を操ることか? だが、所詮はそれまでだ』


 これで俺の切り札が失われたと思い込んでいるようだ。

 俺のスキルが動物を操り、そして大男へと攻撃させたと。今の大男の攻撃でその動物達は動かなくなった。死んでしまったと。そう勘違いしているようだ。


「甘い。甘いぜ」


 Dランクという冒険者のランクがどの程度のものか分からないが、順当に行けばAから数えて4番目。特別強いものではないだろう。

 なのにも関わらず大男はあれだけの傷を負わさせられた。体中傷だらけ。顔面血だらけ。


 あいつは爪が甘い。勝ったと思ったらそこで力を緩める。


「人間の底力、舐めんじゃねえぞ」


 正確には人間ではない。俺ではなく、動物達の底力を。


 木々に、地面に叩きつけられた動物達が再び動き出す。先ほどよりは鈍い動きだが、それでも大男へと爪を、牙を、嘴を突き付ける。


『な……!?』

「死んだと思ったか? まあその通りだ。そいつらは死んでいるさ。お前に殺されるよりも遥か前にな。俺は【ねくろまんさぁ】。こう言えば理解は早いか?」


 というか、【ねくろまんさぁ】っていうのダサいから【ネクロマンサー】って言ってもいいかね。音は同じだし、多分、どちらで言おうと相手の反応は一緒だろう。


 ともあれ、一度は弾き飛ばされ、動かなくなった動物達。

 こいつらは俺が大男に向かう途中で蘇生してきたやつらだ。

 餅は餅屋。死んだ動物達を見つけるなら死んだ動物に任せるのがいい。小鳥の目は十分に役立ってくれた。

 蘇生していく中で効率的なやり方も分かったし、今では一度に複数体蘇生できる。


 そしてこいつらは【オートリバイバル】を使って蘇生させた死体だ。俺の命令に従って動かなくなるまで動き続ける。


『ふん、屍術師の類であったか。だが我は幾百年と闘いの中に身を置いてきた戦士。このような雑魚をいくら並べても意味がない!』


 そう言うや否や、大男は体に群がう動物全てを粉々になるまで踏み砕いた。

 全身の骨が折れようと、筋肉が千切れようと、血液が途切れようと、動き続けることは可能な死体だが、それでも限界はある。無理やりにでも動かせるが、その無理やりすら行えなくなるくらいに、骨も筋肉も血管も何の代償もなく動かすことはできない。

 恐らくあの動物達はもう動くことはできなく、ただの死体へと戻っていっただろう。


 それを俺は遠くから、小鳥の目を通して見ていた。


「これで……時間を稼げた!」

『ぬうっ』


 俺の足は止まらない。すでに走り出した頃よりはスピードは落ちてはいるが、今の動物の死体とのやり取りで大男と距離を離すことができた。

 またすぐ追い付かれることだろう。

 だが構わない。あの場所にさえ辿りつけれれば……。


「ここだ!」


 大男が真後ろ、すぐそこまで追い付いてきたとき、俺はようやく目指していた場所へと辿り着いた。


「マイク、自分の仇は自分で打て!」


 その場所――マイクを待機させていた場所に辿り着いた俺はマイクと位置を交換するように前へと跳んだ。


 そして俺と入れ替わるようにして走っていくマイクは


「(コクン)」


 1つ頷くと、大男に向かって剣を振りかざした。


『貴様はあの時の……良いぞ。こやつも蘇生させたのか!』


 大男はマイクに向かって拳を放つ。

 マイクは拳を避け、その腕に剣を振り下ろした。


『ぐぬっ!? ……強い!』


 マイクは今や感情を持たず、ただ相手を殺すために動き回る俺の人形。

 死を恐れずに動けるため、躊躇いはなくギリギリで避けられるし、防御を考えずに剣で斬りつけられる。


――【オートリバイバル】

 

 周囲で死んでいる動物――先ほど大男によって蹴散らされた真新しい死体の中でも綺麗なもの――を蘇生させマイクに加勢に行かせる。


「いいぞ、思っていたよりも強い」


 恐らく脳にかかっているリミッターすらも解除され、これまで以上の筋力を発揮できているはずだ。

 そのためあの分厚い筋肉をものともせずにダメージを与えられている。


 さらに頭部というのはかなりの重さと聞く。

 体重の1割だったか? つまりは5㎏。どこまで軽量効果があるか分からないが、頭部を潰されていることでこれまで以上に身軽になっているはずだ。


「つまり、死んだことでマイクは更なる強さを得た!」


 より力が強く、より身軽になったマイクに勝てるか?


 ハーハッハッハ、と高笑いしているうちに、


『だが見切った!』


 避け続けていたマイクであったが、次第に大男の拳は掠り始め、ついには腹にまともに拳が入ってしまう。


「マイク!」


――【オートリバイバル】


 蘇生させた動物達を大男の顔周囲に纏わせ目くらましにする。


 マイクは吹き飛ばされ、しかし回転をしながら吹き飛ばされた先の木を蹴ると大男に向かって再び斬りつける。


『……なるほど、死者を強者へと変えるのか。ただの屍術師かと思ったが過小評価であったようだ』


 しかし、マイクの剣は大男の剣を斬りつけることはできるが、深部にまでは達しない。筋肉を切ることはできるが、切り切ることはできない。


『だがしかし、それでも我を殺すには力不足! 我の皮膚は切れても、深奥へは到達せん』

「そうかい、ならこれはどうだ?」


――【オートリバイバル】


 今はまだマイクと大男の闘いは互角と言えるだろう。

 受けこそしなければ、避け続けることが出来ればマイクはまだ闘える。しかし、そのダメージは微々たるもの。一方で大男の攻撃は当たれば一発で形成が変わってしまうものである。


 大男の拳をマイクが剣で受ける。

 マイクは受けこそしたが、力の差で徐々に押される。

 大男はマイクを押し切ろうと拳を、体を前に進める。


 マイクが受け流せない、避けられない理由は俺が背後にいるから。

 推し負けたが最後、俺ごと吹き飛ばされてしまう。


 どちらも微塵も集中力を乱せない。

 1つでも余所見をすれば不利になるような状況。その闘いに横槍が入った。


 ヒュン、と俺の横を矢が通り過ぎる。

 矢はそのままマイクを通過し、大男の目に突き刺さった。


『なに!?』


 その隙を逃さない。

 マイクは大男の力が緩んだ隙に大男の懐に入り、袈裟から斬り下ろした。


『ぐうっ』


 大男は片膝を付く。


「……これで決着か? 頑張ったようだが、お前は忘れていたなこいつの存在を」


 俺の背後からズリズリと這う音が聞こえる。

 這う音、その正体はマイクの仲間の弓使いだ。


「精神が死んだだけなら、それで動かなくなっただけでも体はまだ機能している。【オートリバイバル】が使えて助かったぜ」


 蘇生スキルの重ね掛け。

 出来ることは確信していたわけではない。運任せ。俺は賭けに勝っただけだ。


「さあて、それじゃあ止めを刺そうかね」


 再びあのスキルを使われても面倒だ。

 こちらが蘇生スキルの重ね掛けをしたならばあちらも攻撃強化スキル?の重ね掛けをされかねない。まして回復スキルとか使われたくはない。

 【フリーリバイバル】では使えなかったこいつだが、【オートリバイバル】で忠実な人形となれば弓使いに、それも生前よりも強く弓を弾ける弓使いへとなれる。


 ここで殺しておくのがベストだろう。


「あばよ、1分後にまた会おうぜ」


 マイクから剣を受け取り、俺が直々に喉に向け剣を振り下ろそうとした瞬間、


『はっはっは!』


 大男が立ち上がった。


「うおっ!?」


 やばい。まだ動いてやがったか。

 格好つけて止め刺すとか止めておけばよかった。


 急いで後ろに飛び退ろうとしたが、


『見事見事。我のこの腹の傷は深くない。すぐにでも塞ぐであろう。だが、時間切れだ。貴様の寿命のではない。我の寿命は尽きる』


 ……そういやそうだったな。

 思えば時間稼ぎから始まったこの戦い。いつの間にか倒そうとしてたわ。


『挑戦者よ。貴様自身は強くはない。だが、その蘇らせた屍は強い。貴様自身を伸ばすか、屍を伸ばすか。よく考えておくが良い』

「なんだ。最後に良いやつぶるのかよ」

『我は番人にして試練。挑戦者を待つ身ではあるが試練を乗り越えた者へは褒美をやらんとな。助言もその一つ。そして、あの洞の中の物、それは全て挑戦者……いや、屍術師、これからは貴様の物だ。余すことなく持ってゆくが良い』


 やがて息も絶え絶えに大男は話すようになる。


『楽しかったぞ。最後に闘うのが貴様で、そして試練を越えてくれて礼を言う』

「……別に挑戦するつもりは無かったんだがな」

『ハッ。準備もなしに挑んだのか。結構、それでよい』


 大男は何が可笑しいのか、ひとしきり笑う。

 そして最後に


『屍術師、貴様の勝ちだ』


 そう言って、静かに目を閉じた。

 ……死んだようだ。

 なんだか見つかってからあっという間だったから何が何だか分からない。こいつが一体何者だったのか、そういやこの世界のことすらよく分かってない。

 本当に剣と魔法のファンタジーな世界に来てしまったようだ。


「ああ、楽しい。殺し合うのは……死体を作るのは楽しいなあ」


 さて、まずは情報収集を始めなければな。

 そのためにやることは1つ。


――【フリーリバイバル】


 こいつを生き返らせることからだ。

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