第4話 マイクとその仲間
ようやく待ちかねた死体だ。
小鳥とかいう、ちゃっちいものではなく人間の死体。小鳥の目線、上空からでは良く見えなかったが、周囲に人影はいなかったように思える。
直接俺が行っても大丈夫だろう。
「こんな森で死んだということは他殺か?」
引き続き、小鳥に周囲を調べさせ、異常があれば俺に知らせるようにする。
他にあるのが死体であればいいが、他の生きた人間は面倒だ。
「あと少しか」
小鳥は思ったよりも遠くまで飛んでいたようだ。
歩いて20分。ようやく辿り着いた。
辿り着いたところで小鳥が俺の下へと降りて来た。何か見つけたのだろう。
「まずはこっちのをどうにかしておくか」
死体は皮鎧を着ている。
武器は弓矢。恐らく小鳥を殺したのはこいつだろう。
死因は……見ればすぐ分かった。こいつには腰から下が無かった。
出血多量かショック死か。まあ医療的なことは分からないが、そんなとこだろう。
――【フリーリバイバル】
多少の脱力感とともに死体へとスキルが発動したことが分かる。
さて、こっちのスキルはどうなることやら。
効果はすぐにあった。
「ギ、ギィヤァァァァァ!?!?」
死体は上半身のみで跳び起きたかと思うと急に叫び出した。
「い、嫌だ。死にたくない死にたくない死にたくない……俺はまだ死にたくないんだ!」
うるせえなこいつ。
――黙れ
「黙れ」
口に出し、なおかつ念じる。それだけこいつの叫び声は五月蠅かった。
しかし、目の前の男の叫び声は消えない。
ああ、そうか。【フリーリバイバル】。自由な蘇生とは死者が自由になるということか。俺の命令が通らないのか。
「もういいわこいつ」
叫び続ける男の懐を漁り、
「あった」
見つけたナイフで男の首を掻っ切った。
それでも男は死なないが、暴れ続けるが、叫び声は消えた。
しばらく暴れ続けていた男は、次第に大人しくなり、グルンと目の玉を裏返してそれきり動かなくなった。
「精神が死んだとでもいうのか……?」
ならば体が死んだときに精神はまだ生きていたということになるが……分からない。
その辺りは検証をしなければ答えは出ない。
とりあえずこいつはもういいや。動かなくなったし、役に立たない。
持ち物だけもらっていこう。
弓はまだ使えそうだが……俺は使えない。こんなのを持っててもしょうがないし、置いていくか。
「そういえば他に何か見つけたんだったっけか」
俺が命じると小鳥が動き出した。
着いて行くと、近くに死体がもう一つ。
「また叫ばれると面倒だな」
――【オートリバイバル】
本日三度目。結構きつい。
動き出した死体は今度は下半身までちゃんとあった。
しかし俺は先ほどの死体が叫ばなくてもこの死体には【オートリバイバル】を使っただろう。
なぜならこっちの死体は頭部が無かった。何かでぐしゃりと潰されたようにそこだけぽっかりと存在していなかった。
「何か身分を証明できるものは持っているか?」
生前の記憶があるのか分からないが、何かこの世界のことを知る手がかりが欲しい。
死体が差し出してきたのは冒険証というものであった。
名前の欄にはマイクと書かれ、冒険者としてのランクはDらしい。Dってどの程度の強さなのだろう。
ちなみにマイクの武器は剣。俺はかなりの業物とみた。
「マイク、あっちにあった死体はお前の仲間か?」
「(コクン)」
頭はないが、肩の動きからして頷いたようだ。
「敵がこの近くにいるのか」
「(コクン)」
マイクは俺が来た方向と逆を指す。
会話はできる。が、これではイエスノーしか分からない。
これではこの世界のことは何も分からないままだ。
「とりあえずマイク、お前はここで待機していろ」
俺はマイクを放っておき、マイクの指した方へと行くことにした。
とりあえず見るだけ……。マイクが悪いやつでそれを倒した正義の者かもしれないし。……そんなわけないか。
考えはある。倒さずとも足止めくらいならできるだろう。
休み休み、少しずつ体力を回復させながらゆっくりと進む。
小鳥は先行させてある。マイクの指さした方向は分かっても距離は分からない。その上、敵は移動しているかもしれない。慎重に慎重を重ねても過ぎるということはない。
そうこうするうちに小鳥が止まる。
俺は小鳥と視界を共有する。
小鳥の視界の先には洞窟があった。大きな穴だ。大型の動物、象でも入ることができるほどの。
そして、その洞窟から1人の男が出てきた――3mを優に越す大男が。
全身傷だらけ、血だらけの顔をした大男は辺りを見回すと、
「――っ!?」
大男と目が合った――ような気がした。
一瞬だけこちらを見て驚いたが、思い直してみればこちらはただの小鳥だ。
何も慌てることはない。
『貴様、何者だ』
しかし、大男は小鳥に――その先にいる俺に語りかけてくる。
口元のみ鉄のマスクのようなもので覆っているため声がくぐもって聞こえる。
大男は一瞬だけ顔を歪めて止まり、跳躍すると小鳥に向かって拳を叩きつけた。
「っぶねえ」
何とか間一髪。寸前で小鳥は避けられたが、風圧だけで小鳥は地面へと叩きつけられた。
「……やべぇな。足音がこっちに来てやがる」
ひとまず小鳥のことは忘れよう。
それよりもこちらに向かっている足音……どう考えても先ほどの大男だろう。
逃げるか残るか。
逃げるのは難しい。だが、逃げ切れる可能性はある。そのための準備もしてある。だが、正体不明のあの大男との邂逅はこれで終了となる。
残るのは簡単である。ただここにいればいいだけなのだから。もしかしたら気の良いやつかもしれない。話し合えば仲良くなれるかもしれない。今後、やつに助けてもらえながらこの世界でやっていけば案外楽になるのかもしれない。
「だけど俺はやっぱりひねくれてるからなぁ。逃げるのも残るのも止めだ止め」
迎え撃つ。
勝てばいい。勝ってあいつを支配下においてしまえばいいのだ。殺して生き返らせて俺を今後助けさせてやる。
勝算はある。
「あいつは今、闘いの直後だ」
マイクともう一人の弓使い。こいつらが死んだのはあの大男と闘ったからだろう。
しかし無駄死にではなかった。明らかに大男に傷を残して死んでいった。
その証拠に大男は跳ぶ寸前に顔を歪めた。どこかに痛みが走ったのだろう。あの全身の傷も血も新しいものだ。
マイクもその仲間の弓使いにも悪いが、俺の良いとこどり、総どりさせてもらう。
何で闘ってたのかとか、殺されることになったのかは知らないが、それは俺が勝ってからあいつを殺してから聞いといてやるよ。
『ふむ。逃げずにここにいたのか。話し合えば分かるなどと思うなよ? あの洞窟を狙う者は全て殺す。それが我の生き様だ』
「別にいいぜ。俺だってお前を殺そうと企んでるんだからな。だけど教えてくれよ。何であの小鳥に気が付いた。あれを俺が操っていると」
闘いになる前に気になることは聞いておかなければ。
それが気になって闘いに集中できなくなっても困るし。
『そのような細事が気になるのか。愉快なやつよ。矢が刺さった鳥が生きて飛んでいられるものか。それくらい飛ばす前に気が付け』
「ああ、そうかい!」
これで疑問が解けたぜ。
お返しとばかりに俺はナイフを投げつけた。
大男の武器は人の背丈ほどもある大剣。
まだ距離はあるが、これ以上詰められると俺はあの弓使いのように真っ二つだろう。
『ふんぬぅ』
しかし、ナイフは大男の皮膚を少し掠めただけで地面へと落ちた。
俺が外したわけではない。むしろ心臓部へと真っすぐに飛んでいった。
大男の筋肉によって阻まれたのだ。
「どれだけだよ……」
『幸運であったな挑戦者よ。我はもうじき死ぬ。それもこの傷が原因ではなくただの寿命の結果としてな。我の創造主がそう望んでいるならそれも仕方ない。だが、その前に最後の仕事を終わらせなければな!』
突如、大男の筋肉が膨張した。
大剣を握りしめていた手もさらに力強く握られ、大剣の柄が耐えられなくなり砕け散る。
相手の武器が無くなった。そう喜ぶこともできない。
「……嘘だろ」
全身の傷は筋肉によって塞がれ、今や全身が全快状態であったからだ。
先ほどまでの勝利の可能性は限りなく薄い。その要因であるはずの傷がないのだから。
『【ラストアタック】。我の命尽きるまで殺し合おうぞ』
それが大男の使ったスキルなのだろう。
【ラストアタック】――最後の攻撃か。なんてタイミングが悪い。
俺は迷わず大男に背を向けた。
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