第3話 逃げられない恐怖
「さてさて、いるじゃねえか。……2人ってところか」
遠くからでも見えていた馬鹿でかい門の前には槍と鎧で武装した人間が2人いた。
そして、2人の姿が見えている距離であるから、当然あちらにも俺のことを認識しているだろう。
「まずは第一印象からだが……愛想を振りまいといてやるか」
いきなり殺し合うのもいいが、相手の戦闘力も知らない。
俺がどれだけ闘えるのかすら知らない。おそらくまともに闘えないだろうが。
「う、うぅん……ゴホンゴホン」
普段の低い声から少しだけ高くし、なるだけ明るい印象を持たせるような声にする。
声というのは見た目と同じくらい第一印象で大事だ。ここでボソボソとした声で話してしまえばそれで暗い陰気なやつと思われてしまう。
この職業と暗い声。怪しい者と思われて門の中に入れることを躊躇われるのは困る。
とりあえずの目標としている門の中に入っての情報収集が行えなくなる。
ようやく相手の顔が見える距離まで近づくと、2人の兵士はこちらを警戒する素振りを見せていた。
……この程度は想定内だ。許容範囲内である。この時間に訪れたのだ。それも1人で。
「やあ、すいません。私は旅の者です。門の中に入れてもらうことは可能でしょうか?」
「ふむ……名を名乗れ」
「これは失礼。私の名はシドウです。このような時間に失礼かと思いますが、ここまで来てしまったので野営よりは街の中の方が安全かと思いまして」
兵士は中年と20にもなっていなさそうな俺と同年代くらいの2人の男であった。
少し薄汚れた鎧、手には2mほどの槍を持っていた。
中年の方はまだ黙っており、俺の相手をしているのは同年代の方だ。
「貴様の職業は何だ?」
しかしこいつさっきから偉そうだな。
兵士ってそこまで偉い職業なのか?
まあ強い人間じゃないと務まらないとは思うが。
「ああ、それも失礼しました。私の職業は【ねくろまんさぁ】です」
こんなふざけた職業が通じるのか?
あの神の悪ふざけと言われても信じてしまいそうだ。
だが、このふざけた職業は相手に通じた。悪い方向で。
「【ネクロマンサー】? 先輩、こいつ……」
若い兵士は後ろにいる中年の兵士の方を窺いながら手に持つ槍に力を込めた。
中年の方もこちらを睨みつけながら槍を構えようとする。
――ちっ、不味ったか。
「――なんて、冗談が過ぎました。この時間で【ネクロマンサー】が尋ねて来るなんていう冗談はお二人にとっては問題でしたね。改めて私の職業は【商人】です。今はまだ仕入れ前なので大した物は持っていませんが」
2人の反応からして【ネクロマンサー】、それに【ねくろまんさぁ】は喜んで迎え入れられるようなものではないだろう。むしろ嫌悪されており迫害すべき対象のようだ。
あのまま続けていれば殺されていたか。
しかし、一度疑いの目を向けられてしまったためか、若い兵士は特に俺への態度をきつくした。
「商人ならば商人紋の1つでも持っているだろう? 出してみろ。それに貴様はいくら何でも軽装過ぎる。武装した護衛もいない。商人は1人で、しかも馬車もなしで旅するものではない。……貴様、何者だ?」
……面倒臭いな。殺すか?
いや、この場は不味いか。兵士1人ですら相手することは今の俺には出来ない。
「商人紋は先ほど落としてしまいまして……この辺りで落としたのでこちらに届いていないかと思ったのですが、その様子だとないようですね」
商人紋が何かは知らないが、要は許可証のようなものだろう。ならば落としてないことにしておこう。
「実は散財した直後ですので護衛を雇う金も馬車を動かす金もないのです。なので一からツテを辿って始めようかと」
苦しい言い訳だが、これで通じてほしい。
そもそも商人に何が必要なのかよく分からない。これならただの旅人と偽ったほうが良かった。
「ハッ」
しかし若い兵士は俺の言葉を鼻で笑う。
「どうせ【ネクロマンサー】がその場しのぎで言っているだけの嘘だ。死体を弄ぶ非人道的な人間をこの街に入れるわけにはいかない。蘇らせた人間も地中の中に潜ませてあるんだろう? 全てこの俺の槍の錆に変えてくれるわ」
あー、やっぱり【ネクロマンサー】は駄目なのか。
まあそうだよな。教会とかあればそこから文句が来てそうだ。
「いやいや! 私はそのような者ではありませんって!」
「ふん、どうだかな」
「私はれっきとした【商人】です。まだ売れてもない底辺ですけど」
「【ネクロマンサー】如きが何を言っている」
若い兵士は取り合ってくれない。
助けてくれ、と未だ黙る中年の兵士を見る。
若い兵士はもう話し合えない。
何とか中年の方から言ってやってほしい。
「悪いが門の中に通すことはできない」
しかし、やっと開いてくれた中年の兵士の口からは非情な言葉が出てくる。
「そ、そんなぁ」
「ほうら、みろ! やっぱりこいつ【ネクロマンサー】なんですよね!」
嬉しそうに若い兵士は槍を構える。
俺が少しでも動けばそのまま刺してきそうな勢いだ。
「しかし、お前が【ネクロマンサー】だという証拠もない。だから悪いが今は、この夜更けの時間帯だけは門の中へは通せない。日の光を浴びれば【ネクロマンサー】の操る死体は朽ちると聞く。だから朝方に、改めてこの門を訪ねてきてほしい」
折衷案か。
通してほしいという俺と通さず殺そうという若い兵士。
だから追い返すという間を取った案。
……仕方ない、か。
「分かりました。もう一度商人紋を探すためにも今夜は諦めます。朝になったらもう一度来ますね!」
「あ、おい!?」
若い兵士に引き留められる前に俺は急いでその場を後にした。
中年の兵士には正直言って助かった。ありがとうと言いたい。
「待ちやがれ!」
結構な距離を離れたはずなのにまだ怒鳴り声が遠くから聞こえる。
かなり粘着質なやつだ。さてはあいつ友達いないな。
さてこれからどうしようか。
本来の予定では今頃は温かい食事とベッドが用意されているはずだった。金はないから踏み倒していたかもしれないが。
しかし現在の状況はどうだろう。どこかのゴミ兵士のせいで得たものといえば【ネクロマンサー】は嫌われ者ということと商人は商人紋というものが必要なことくらいだ。後は兵士からの疑惑の目をもらってしまった。
「どうすっかなぁ」
どうするもなにもできることは限られている。
まさかありもしない商人紋を探すわけにもいかない。
ならば、
「どこかで死体調達してスキル使ってみるか」
これくらいだろう。今の俺に出来ることといえば。
死体は探せばあるかとか、そもそも森にそんな気軽に死体が落ちているとか呑気なことを考えているつもりはない。
人間は死ねばそれだけで大事だ。誰かしらが回収して弔われる。
だから、人間の死体はそこらに落ちてないし簡単に見つからない。
「あったあった」
俺が探すべきは別の死体。
森において人間よりはあるはずの小動物の死体だ。
見つかったのは小鳥の死体。胸に矢が刺さっていることから人間に殺されたがそのままにされたか、死体が見つからなかったかだ。口から血を吐き、目はあらぬ方向を向いている。色は赤みがかっているから目立ってしまったのだろう。
「どっちにするかなー」
蘇生のスキルは【オートリバイバル】と【フリーリバイバル】の2つがある。
考えても仕方ないか。まずは【オートリバイバル】を使って、次に見つけた死体に【フリーリバイバル】を使うことにしよう。
――【オートリバイバル】
スキルを使う。
しかし、何も起こらない。
「失敗か?」
いや、だがスキルを使った感じはある。というか、多少の脱力感があった。MPみたいなものを消費したのか? よく分からないが使いすぎると倒れてしまいそうだ。
そのまま体感で10分。動かない小鳥の死体を見つめていた。
――動いてくれないかなぁ。
ぼうっと見つめていたが、飽きてしまいそう思った瞬間であった。
ピクン、と小鳥の羽が少しだけ動く。
「お?」
ピクン、ピクンと少しずつ羽が動き出し、やがて体を起こし羽ばたき始める。
「おおー」
別に生き物を生き返らせたことに対して感動はしないが、なんだろうな。自分で組み立てたプラモデルが動き出したのと同じ気持ちだ。
爽快爽快。
どうやら俺が命じなければ動かないみたいだな。
スキルと同じ様に念じればいいみたいだけど。
――よし、その辺りを飛んで来い。
小鳥がどこまで自由に動かせるのかというと、俺の思った通りに動く。これオートじゃなくてフリーリバイバルだろと思えるくらいに自由だ。
これではプラモデルではなくラジコンであろう。
右に旋回させようと思えば右に旋回し、左に回転させようと思えば左に回転する。
さらには俺が目を瞑ると、小鳥と視界を共有できることが分かった。
これでこの森を一望できる。蘇生させたからか、それとも元の世界のと構造が違うのかいわゆる鳥目というものはなく、暗くても十分視界は良好である。
しかしずっと念じているのも疲れる。と思ったら、適当に飛んでいろと念じていればずっと飛んでいることが分かった。ああ、だからオートなのか。
どこかに食べ物でもないかなーと呑気に小鳥で遊んでいたら、
「ん?」
見つけた。
食べ物ではない。
人間を。それも死んだ人間をだ。
「ようやく人間の死体だ。腕が鳴るぜ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます