第2話 神との対談

「お主が死ぬのは必然であった」


 開口一番にそんなことを言われ、しかし俺は何とも思わない。

 人がいつか死ぬのは当たり前だ。それが必然だとかそんなことで威厳を出されても何も反応できない。


「ふむ。やはり外道畜生の部類なだけはあり、動じぬのだな。お主の所業、全て私は見ていた」


 そう言って目の前にいる女は俺を指さす。

 おいやめろ指さすのは。俺が先端恐怖症だったらどうする。ただでさえ先ほど刃物でで刺殺されたんだからよ。


 ……やっぱり俺、死んだんだよな。

 白い部屋。そして神としか言いようのない美しい女。ここが天国でなければ地獄だな。こいつ神じゃなくて閻魔だ。


「よい、よい。言いすぎてしまったようだ。そうだな、急にこんなこと言われても困るよな。悪かった。お主も中々可愛いところがあったということだ」


 目の前の女は俺が何も言わないことをなぜか良いように誤解しているが、それが大きな勘違いだぞ。


 俺は確かに外道畜生だ。


「しかしお主が死んでしまったことに変わりない。他殺だな。殺害事件の一方的な被害者だ。今頃はお主の友人は2人とも泣いておるだろうし、犯人は2人とも捕まっているだろう」


 どうだ安心しただろうみたいな笑顔を向けて来るが、俺にとってはどうでもいいことだ。

 友人だなんて思ったこともない女どもに、見知らぬ男ども。


 よくも殺してくれたなとは思うが、今のこの状態ではどうしようもない。


「……なんだ? 俺を生き返らせて元の世界に戻してくれる神様とでもいうのか?」

「惜しいが違う。私はお主を生き返らせられるが、あの世界へは戻せない。……だが、私を神様と呼んだのは、敬意を抱いたのは良いことだ。これからもそうするように」


 ……神だったかこいつ。

 ああいや、神みたいに偉そうだとは思っていたけど。


「……まあ良い。俺を生き返らせて、それで元の世界に戻せないなら他の世界にでも連れて行ってくれんのか? ……神様よ」


 何となく最後に神様と付けたす。

 そう言えばさっきから素の俺が出ちまっているな。愛想よく、敵をつくらずにがモットーだったが、死んだことで少なからず動揺してたのか?

 敵をつくらずにもなにも、いつの間にか出来ちまった敵に殺されちまってはどうしようもないけどな。


「ほう、理解していたか。その通りだ。外道畜生といってもお主は現状理解が早い。そして落ち着いている。いくら悪人であろうと、善人であろうと、まして常人ならば突然死んだことを受け入れられずに暴れ出したり茫然自失となったりするのだがな」

「……おほめにあずかりこうえいです」

「さすがは、死体を処理し続けていただけはあるな」

「――っ!」


 知っていたか。

 やっぱり神なんだなこいつ。

 言葉を選ばなければ……幸い、俺の行動は知っていても内面はよく知らないようだし。


「人間のじゃないからセーフだろ? それに俺が殺したわけじゃない。自然死だ」

「そうだ。犬や猫を、病気や事故で死んだ生き物の処理をお主は眉一つ動かさずに行っていた。心ひとつ動かさずにな。夕食のことを考えながら。次の日のテストを考えながら。まるで流れ作業を行っているかのように」


 俺が廃工場で見られたくなかったもの。それが廃工場の天井部にあった犬や猫の死体だ。

 土に埋めればいいものを、俺は別の弔い方をしていた。

 見る者が見れば残酷という弔い方で。


「しかし鳥葬をそこでなぜ試した? まさか鳥を慈しんでいるわけでもあるまい? 肉を串に刺す感触が楽しかったか? 刺したその日に焼き鳥を食べたこともあったなぁ」

「どうでもいいでしょ。理由なんて。それにその日が焼き鳥だからって」


 俺がやったことは誰が見てもやってはいけないことだろう。

 下手すれば警察のご厄介。それでなくとも学校にまともに通えなくなる。死んだ生き物への冒涜だとか言われて後ろ指さされるに違いない。


「良くないのだがな。それでお主の善性と悪性がどこまで吊り合っているのかが分かる。……なあ、生き物の死を次の生命への糧にしたかったんだろう?」


 神は俺にそう悟らせるように言う。


「お主だって心の底ではまともな人間なのだろう? 夕飯やテストといった別のことを考えていたのは目の前の死体からの現実逃避。本当は心優しい人間のはずだ」


 突然、神は優しな猫なで声を出す。

 外道畜生とか言っておきながら、俺が実は善人だとでも思っているようだ。


「……ああ、そうだよ! 俺はあいつらの死を無駄にしたくなかった! 治療を行えずに病気で死んだ。車に轢かれて死んだ。あいつらの死を無意味なものにしたくなかったんだ!」


 だから俺は叫んだ。

 神が俺を善人とでも言うなら、俺はそれに応えてやろうじゃないか。


 俺の演説を受け、神は


「やはり、か。ならお主の行く先はここだ! 日常に飽いていたお主が刺激的な非日常を送れるように、良い世界へと送ってやろう。剣と魔法の世界へと!」


 俺の体が光に包まれる。


「1つお主には何かしらの能力が備わるだろう。それはお主の職業となり、お主の生きる力になる。私にもそれが何か分からないが、お主の心の、善なる心に反応した良い力になると私は確信している」

「……神様。ありがとうございます」

「うむ。急いでしまったが、お主とはここまでだ。お主の行く世界へは私は干渉できない。お主自身の力で奮闘するが良い。ああ、そうだ。向こうへ行ったらステータスオープンと念じることだ。私からこれ以上は言えない」


 ではな、と最後に小さく神が付け足したところで再び俺の意識は薄れた。

 あの時の、一度目に死んだときの痛みと熱さと寒さを伴う時とは違い、暖かい心地よさが伴っていた。薄れゆく意識の中で俺は思う。

 ――ああ、やはり神だあいつは。 

 ――結局のところで人を疑うことができない。

 ――温い世界の住人だ。

 ――これなら閻魔と話す方がマシだろう。

 ――閻魔との会話はどれほど刺激的なのだろうか。


 そう思ったところで俺の意識は完全に消失した。





 ――これまでの世界が退屈だったが、これからの世界がそれ以上に退屈だったらどうしよう。


 俺の意識は後ろ向きなことを考えながら目覚めることになった。


「……森の中か」


 いや、森の中というよりは森の端だろうか。

 すぐそばに門が見える。人がいるかは分からない。


 時刻は夜。明け方に近い夜なのか暮れてすぐの夜なのか分からない。とにかく暗い。

 門が見えただけでも僥倖だろう。


「そういえば、ステータスとやらを見るんだったな」


 あの神が最後に言っていた。

 ステータスオープンと念じろと。


「ハッ。あの善人の塊みたいなのが言ったことだ。良い物に違いないんだろう」


 最初は性格がゴミみたいだなと思ったが、神様と連呼するうちに態度が変わっていったな。それだけ神と崇め奉られることに慣れていなかったのだろう。


――ステータスオープン


名前:キリハラorシドウ(任意でどちらかを選んでください)

種族:人間

職業:ねくろまんさぁ

状態:通常

スキル:言語理解 アイテムボックス オートリバイバル フリーリバイバル



 ……これだけであった。何の役にも立たないな。

 言語理解があるということはこの世界は元の世界と言語が違うのか。日本語も、英語とも違う。他の言語なんて元より話せないから異世界の言語と同じだ。

 とりあえずこれで異世界の人間と話せるな。


 ……で、職業だ。目を向けたくはないが。

 なんだ、【ねくろまんさぁ】って。

 ネクロマンサー……死体をゾンビのように扱う術者だっけか。

 漫画とかでたまに見かけるが、それとは違うのか?


 スキルは【オートリバイバル】と【フリーリバイバル】。直訳すると自動蘇生と自由蘇生か?

 自動と自由。使ってみないことには分からないな。ネクロマンサー……いや、【ねくろまんさぁ】だから生き返らせることができるスキルなのだろう。とっとと死体を見つけて試してみるか。


 後は……【アイテムボックス】か。他のスキルもそうだが、使えるのは分かったが、使い方が分からない。ステータスを見るときと同じ様に念じてみればいいのだろうか。



 ――【アイテムボックス】


アイテムボックス:村人の服上 村人の服下 ローブ(黒)


 念じてみると、ステータスの下の方に、アイテムボックスのリストが増えていた。

服しか入ってないな。


「とりあえず着るか。現地人と話すのにこれじゃあな……」


 俺が今着ているのは学生服。

 下校時に死んでそのままこの世界に来たのだから当たり前だとは思うが、最初から着た状態でこの世界に連れて来させてもよかったんじゃないか?


「……いや、アイテムボックスの使い方を試させるためか」


 俺に善なる心があると信じる神のことだ。

 きっと好きな言葉は友情努力勝利に違いない。

 俺に努力をしてもらいたいのだろう。


 まあいい。これでスキルの使い方も分かった。

 アイテムボックスの一覧の中から村人の服一式とローブを……タッチすればいいのだろうか?

 タッチすると、目の前にドサっと落ちてきた。

 慌ててそれらをキャッチし、着替える。


 代わりに今着ていた服を……どうやれば仕舞えるのだろう。


 数秒、服をどうアイテムボックスに四苦八苦した後、念じればいいのではと解決し、行動に移すと、あっさりとその通りになった。色々と試すことが大切なのだ。


「さて、最後に名前をシドウにして、と」


 キリハラかシドウかで言えば、まだシドウの方がマシだろう。切腹が由来の苗字よりは、だが。シドウ……死道を歩むことにならないとは限らない。


「……ん? いいのか。俺は死体を使うことになるのだから」


 ならまさに死道ならぬシドウでいいか。


「じゃあ行くか」


 村人の服を上下着てはいるが、その上に羽織った黒いローブはなぜか闇に紛れるような黒々しさである。怪しさ満点である。


「まずは現地人との会話から始めようかねぇ」

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