第13話 スリーステップ
「…………」
ふむ。
覚悟を決めてあの男との約一年に渡る記憶を遡ってみたけれど、怒り狂うほどの激情にかられることはなかったわね。当然、私の胸はひどく嫌な気持ちでいっぱいになったけれど。しかし、身体全体を燃え上がらせるような烈火の如き熱き感情は湧き立たない。
では、あの男が私をあれほどまでに怒り狂わせたのはもう少し先の出来事が原因ということになるわね。
感情の起伏が乏しい鉄女と言われる私を怒り狂わせたあの男。
あの男は如何にして私にあれほどの激情を抱かせたのか……。
ここまでくると何かしらのミステリー小説みたいね。
種明かしはもうすぐそこなのかしら?
先を急ぎましょう。
それは妊娠から約五ヶ月が過ぎた頃のことだった。その頃には私を苦しめた悪阻も終わり、本当の意味で平穏な日々を取り戻すことが出来ていた。
あれほどの地獄を味わった妊娠初期であったのだが、妊娠中期から後期までは驚くほど安定したものであった。
妊娠中期に入っての変化点を強いてあげるとしたら、食欲が増したことくらいだろうか。
妊娠初期に食べ損ねた分を取り戻さんとばかりにお腹が空いて仕方がなかった。
だから今までの二倍、三倍の量の食事を摂ることが多くなった。けれど妊娠初期は全くと言っていいほど食べられなかったから、二倍、三倍という量もいうほど大した量ではない。せいぜい妊娠前と同じか少し多いくらいだろう。
食事をまともに食べられるようになってからは、自身の体力の回復をひしひしと感じられた。
肌艶も戻り身体の奥底から力が湧いてくるのだ。
まるで枯れ果てた大地に清き水が満ち満ちたような感覚だ。
当然のことなのだろうが、お腹の子も食事を始めてから更に大きくなってきた。
私のお腹の中でどんどんと丸く、大きく、力強くなっていくのだ。
私は次第に大きく成長するお腹の子に頼もしささえ感じていた。
それからは特に何の問題もなく順調に成長し、出産予定日がだんだんと近づいていた。
この子と対面する日が何よりの楽しみではあるけれど、同時にその日は私にとって最大の難関になるはずなのだ。
妊娠という事象の最終地点ーーーー出産。
ミレニアさんから聞いた話では今までの人生においておよそ味わったことのない激痛が一斉に襲い掛かるのだとか。
想像の範疇を遥かに超えた痛みと苦しみが最後の試練とばかりに襲い掛かる。
それが、新たに生まれてくる尊い生命を得るための代償なのだとか。
だから、私はその日が楽しみでもあり不安なのだ。
どうしようもないほど不安で不安で仕方なく、これ以上ないくらいに楽しみで楽しみで仕方がないのだ。
そんな相反する感情を胸に抱き今現在非常に落ち着かない心持ちの私ではあるが、最後の試練がどれほど耐えがたい苦しみであろうとも私は必ず耐え抜いてみせる。
私は大きくなったお腹を撫で、そう決心した。
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