9話「少年達は先輩と共に初任務へと向かう」

「いよいよ今日から任務が始まるのか……。気合入れて頑張らないとな」

「そうだね。僕ともしても早く銅三級から銀二級に昇格したいよ。でないと例の悪霊の情報が入ってこないだろうから」 


 怒涛の筆記テストや実技テストを終えて数日が経過した土曜日の早朝。

 まだ他の生徒達が寝ているであろう時間帯に優司と幽香は起床して制服に身を包むと、二人の制服の胸元には鈍く輝く銅色の校章が付けられていた。

 

 この校章は前回のテストの結果で合格判定を貰った者にだけ与えられる徽章であり、一学年は全員がこの銅三級から始まって昇格を目指していく形になるのだ。


 そして不合格判定を受けた者達は篠本先生によるスパルタのような補修授業を乗り越えると貰えるらしい。一組の中でも数人が不合格判定を受けていて、その日の夜から補修が始まると一年校舎からは悲鳴にも似た泣き声が何度も響き渡っていたぐらいである。


 ――――と、優司はそんなテスト後の出来事を思い浮かべつつも今は任務の方に意識を集中させるべく頭を左右に振って払拭した。


「ああ、その為にも今日の初任務は何が何でも成功させねばならない」


 幽香の言葉を聞いて優司は例の悪霊に付けられた”痣”に手を当てながらはっきりとした口調で言い切る。だがそれと同時に漸く自分が悪霊を探せる土台に足を乗せる事が出来たと、彼は今も病院の床に伏せている親友達の事を思い浮かべて感情が少し高まった。


「……まあ色々と思う事はあるけど、今は待ち合わせ場所に向かおうか。遅刻したら元も子もないからね」


 幽香はそう言って机の上に置いてあった自分の除霊具とバッグを手に取ると、そのまま背負って準備を整えた。


「それもそうだな。だけどふと改めて思うと……なんで待ち合わせ場所が名古屋駅なんだろうな」


 彼と同じく昨日の夜の内に準備しておいた荷物を優司も背負うと、前々から気になっていた待ち合わせ場所についての疑問が溢れた。

 

「さあね? 僕にも聞かれても分かんないよ。篠本先生から言われた事は僕達の担当をしてくれる”先輩”がそう言っていたと言う事ぐらいだし。あとは……待ち合わせ場所に行けば分かるんじゃない?」

 

 優司が手を顎に当てて深く考えるような素振りを見せると、幽香は担任の篠本先生が言っていた事をそのまま伝えながら玄関へと向かって歩き出した。


 実はこの名古屋第一高等学園には古から続く伝統的な行事みたいなのが存在していて、三年の先輩が一年の初陣をサポートする事になっているのだ。


 無論だが昇格に関わる評価も先輩の判断次第で多少なりとも変わってくる。そして数回の任務をこなして最終的に先輩が何の問題もないと判断を下せば、晴れて個人で任務が受けられるようになるのだ。

 

「うーむ……もしかして俺達を担当してくれる先輩は意外と適当な人なのかも知れんな。なんせ裕馬の担当の先輩は、その日の行動を分刻みで決めて事前に計画表まで作るらしいからな」


 玄関へと向かっていく幽香の姿を見て彼も歩き出すと、自分達の担当の先輩は意外と適当な性格をしているのではないかと憶測からの不安が徐々に募り出した。何故なら先輩は同じ学園に在籍しているにも関わらず、待ち合わせ場所を学園の外に指定しているからだ。


「そ、それは……ただ単に几帳面なだけだと思うけどな……」

 

 彼から裕馬の担当である先輩の話を聞いて、幽香は靴を履きながら乾いた声でそう返してきた。

 ――それから二人は話を一旦終わらせると物音を立てないように一年の男子寮を出て、徒歩で名古屋駅まで向かうのであった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「まさか日も出ていない時間帯に外に出されて、挙句待たされる事になろうとはな」


 優司が待ち合わせの場所の金時計前に到着して周りを見渡しながら愚痴を吐くと、彼の視界には何処にも同じ学園の制服を着た人物は見当たらなかった。

 つまり一度も顔を合わせた事のない先輩は遅れているという事になる。


「しょうがないよ。先輩だって三年なんだから色々と忙しいんだよきっと。……あ、そうだ。どうせなら今のうちにコンビニで朝食買ってくるけど何かいる?」


 彼の隣で同じく待ちぼうけを食らっている幽香は特に愚痴を言う訳でもなく、優司の顔を覗き込むようにして首を傾げて聞いてくる。


 だがその仕草は少しだけ荒んだ彼の心を癒すのには充分であり、幽香の可愛らしい表情とポニーテールの髪型は本当に男性らしからぬ女性らしさが溢れているようで、優司的にはやはり彼には男状態の時にメイド服やチャイナ服を着させたいと思えた。

 

「ん、良いのか? だったら……ツナマヨおにぎりとお茶を頼むぜ!」


 そして思わず女装してくれと言いたくなる衝動を抑えつつ、彼は冷静に朝食としては丁度いい軽め物を頼む事にした。けれど不思議と幽香に視線を向けていると心が浄化されていくのを感じられる優司であった。

 

「はーい、ツナマヨとお茶だね。じゃぁ、ちょっと買ってくるから先輩が来たら待ってて貰うように言ってね」


 幽香が人差し指と中指を立てて頼まれた物を確認するような仕草をすると小走りで近くのコンビニへと向かっていく。


「おう、了解した」

 

 優司は親指を上げながら返事をすると彼のその後ろ姿を見て変な男達に声を掛けられないかと心配な部分があった。


 なんせ何処をどう見ても可憐な女子高生にしか見えなくて唯一男性っぽい部分は制服のみであるが、それも何故か幽香が着るとボーイッシュのような見た目になって似合ってしまうのだ。


「都会は変な人が多いって昔婆ちゃんに言われた気がするからな。うーん……幽香を一人にして大丈夫だろうか……」


 遠い昔に言われた事のあるような曖昧な記憶が蘇ると優司は自分も着いて行くべきだったかも知れないと、この場を一刻も早く動きたかったが一応待ち合わせをしている身ゆえに下手に動くことは出来なかった。


「ああ、頼むぜ先輩……早く来てくれ! とっくに待ち合わせ時間は過ぎてるんだよぉぉ!」


 一向に来る気配のない先輩に対して優司は小さく声を荒げると、若干周りからは変な視線を向けられた気がした。だがそうでもしないと気持ちが抑えられないのだ。


 ――――それから優司はこの待ちぼうけを食らっている時間を使って、実技テストの際に愛澄から言われたら意味深な言葉の数々について考え始めた。

 無論だがそのことに関しては幽香や裕馬、更には担任の篠本先生にすら話してはいない。

 

 何故なら彼女から脅されていると言うのもあるのだが、態々自分が裏の世界に飛ばすように細工を施したりという事を話してくるのは愛澄本人は相当な意志と何かしらの覚悟があるように優司には見えたからだ。でなければ簡単に自らを縛るような事は言わない筈だと。


「だがあのテストの日以来、特に変わった事は起きてないんだよなぁ……。本当に何を考えているか分からないが、一応の用心はしておかないとな」


 優司はそう言って愛澄の事についての考えを纏めようとしたが、彼女の目的や情報すら少ない状況だと言うことに気が付くと考えを纏めるというよりも整理するという方に近い状態であった。

 

「はぁ……。というか先輩は本当に――」


 未だに姿を見せない先輩に対して彼が溜息を吐くと、


「おーい! そこの腕に包帯を巻いた一年! 遅くなってすまないー!」


 なにやら奥の方から大声で手を振りながら近づいてくる制服姿の青年が見えた。

 するとその大きな声に周りに居る人達は何事かと思ったのか一斉に顔を青年へと向けていた。

 

「はぁはぁ……待たせてすまないね一年! ちょっと家庭の用事で色々とゴタゴタがあって……遅れてしまった……はぁ」


 息を荒げながら優司の目の前に来るとその青年はどうやら彼が待っていた先輩で間違いなさそうで、今は息苦しそうに両手を膝に当てながら肩で息をしている状態であった。


「そ、そうなんですか? だったら遅れてもしょうがないですね……。それよりも大丈夫ですか?」


 家庭の事情という言葉を聞いて深く追求できなくなると優司は目の前で顔を真っ白にさせて今にも倒れそうな雰囲気を出している先輩の身を心配して、肩を貸すと近くに設置されている長椅子まで連れて行くのだった。

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