10話「狙われる幼馴染と駆け込み乗車」
「本当に大丈夫ですか? 顔色がキョンシーみたいになってますけど……」
息苦しそうな先輩に肩を貸しながら長椅子まで運ぶと、優司は一向に良くならない彼の顔色を伺いながら中国の死体妖怪の風貌が脳裏に浮かんできた。
「ははっ……だ、大丈夫だとも。これぐらいでへばっていたら悪霊なんて払えないからね……!」
横腹を左手で押さえながら先輩は無理やり作ったような笑みを向けて言ってくると、そのまま顔を上に向けて深呼吸を何度か繰り返し始めた。
すると徐々に呼吸が楽になってきたのか漸く顔に血色が戻ってきているようである。
「はぁ……。肩まで貸してもらっちゃって本当にごめんね一年! 要らない心配までさせちゃったよね?」
深い溜息を吐いて呼吸を整え終えたのか先輩は勢い良く顔を彼の方へと向けると、両手を合わせた状態で謝罪の言葉を口にしていた。
そして優司は改めて先輩へと視線を向けて全体を収めると、彼は茶髪のツーブロックで顔は爽やか系であり俗に言うイケメンの部類であった。さらに身長は高めの百八十センチぐらいで、非の打ち所がない典型的なモテる男と言った印象である。
「い、いえ別に何の問題もないですよ。ただ任務前に倒れられると……学園に引き返す事になりそうだなぁと思っていただけなので」
彼からの突然の謝罪に優司は頭を掻きながら返事をすると、それは照れ隠しでも何でもなくて初任務が延期になることが単純に嫌なだけであった。
延期になるという事はつまり、そのぶん例の悪霊への手掛かりが遠のくと言う意味だからだ。
「あー……意外とキミは見かけによらずドライな対応をするんだね。……だけど良いよ! 俺はそんな一年も大歓迎さ!」
両手を広げながら先輩は誰でも受け入れるキリスト教の教えのような事を言う。
「そ、そうですか……。自分不器用なんで何かすみません」
優司はどう返すべきかと迷った挙句に時代劇で使われていそうな言葉を使って済ませた。
「ぷふっ! 意外と古風な一面もあるんだね! 面白いぞ一年!」
だがその返しは先輩にとって好評だったらしく顔を背けながら背中が小刻みに揺れていた。
それを見ながら優司はこの先輩のツボは意外と浅いのかと思いながらも、先程からずっと名前ではなく一年と言う学年で言われている事が気になった。
「あの先輩。俺は一年ですけど、名前は一年じゃなくて犬鳴――」
もしかしたら先輩は自分の名前を覚えていないのではないかと優司は自らの名前を言おうとしたのだが、
「おーい優司~! 朝食買ってきたぞー!」
それは突如として聞こえてきた幽香の声によって遮られてしまった。
そこで優司は言いかけた言葉を途中で止めると、
「おう、すまないな。色々と頼んでしまって」
そのまま彼の方へと振り返りながら声を掛けた。見れば幽香の右手には品物が入ったコンビニ袋が携えられていて外側からでも中身がうすっらと確認出来た。
「全然大丈夫だ。それよりも親切な店員さんが缶コーヒーを三本もおまけしてくれたぞ! 都会の人間は血が通っていない冷酷な人達だと思っていたが……意外と暖かい人達なのかも知れんな!」
そう言いながら幽香は彼の隣へと立つと片手を上げながらコンビニ袋の中身を主張して、都会の人達についての独自の考えを頷きながら改めている様子だった。
「そ、そうなのか? まあ何にせよ良かったな」
彼が都会に対しての偏見を解消させていくのを見て、優司は自分も多少は都会の人達という印象の考え方を改めねばならないと思った。
「うむ。……ただ気になる事があってその店員は僕に性別を訊ねてきたんだが、男と答えると妙に鼻息が荒くなっていたのが印象的だったな。恐らく花粉か何かでやられているだけだと思うが……」
だがしかし幽香が急に難しい表情を浮かべて何やら怪しい雰囲気のする言葉を口にしていくと、それを隣で聞いていた優司は直ぐにその店員は危ない人物なのではないかと彼の肩に手を乗せて口を開いた。
「……幽香よ。今度から一人で外のコンビニに行くの禁止だからな。あとそのコンビニには
二度と行くなよ」
このままでは無垢な幼馴染が汚されてしまうと思い多少強引ではあるが優司がそう告げる。
「えっ、な、なんでだよ!?」
するとやはり当然と言うべきか幽香は目を細めながら顔を近づけてきた。
「なんででもだ。これはお前を守る為であり、決して嫌がらせとかではないぞ」
理由を聞かれたとしても答えられるのはそれぐらいであり、優司は決して幽香が男の娘という特殊な属性を持っている事を口が裂けても言えなかった。
「……ふむぅ。よくわからないが優司が言うのであればそれに従う。……それと先程から瞬きもせずに真っ直ぐに視線を向けてくるこの人は一体?」
幽香は彼の言い分に未だに納得出来ていないのか表情は険しいが、優司が”守る為”と言った時に僅かに口元が緩んでいた。そして彼との話が終わると幽香は次に長椅子に座って熱い視線を向けてきている先輩の方へと顔を向けて疑問の声を出した。
「ああ、紹介が遅れたな。この人は「ん”ん”っ”」……どうしました?」
幽香に先輩の事を紹介しようと優司が口を開くと、突然横から先輩の大きめな咳払いの声が聞こえてきた。それに対して優司は何事かと困惑しだすと、
「大丈夫だとも優司君。ここは俺がしっかりと自分の口から言うからね。……では全員が揃った所で仲を深める為に自己紹介を――」
長椅子から勢い良く立ち上がって先輩は声を渋めに出すと自己紹介をしようと言い始めたが、確かに彼と一番に最初に出会った優司でさえ未だに名前を知らない状態であるのだ。
『ただいまの時間、豊橋行きが二番線から発車致します。ご乗車の際はお早めにお願い致します』
けれど先輩の言葉は駅のアナウンスによって掻き消されると、彼は段々と表情を焦りのものへと変えて慌ただしい口調で二人にこう言ってきた。
「し、しまったぁぁあ! 完全に乗車時間を忘れていた! すまないが自己紹介は後にしよう! 今はアナウンスにもあった通りに”豊橋行き”の列車に乗ることが先決だ!」
先輩はそれだけ二人に伝えるとそのまま駅のホームへと走り去っていき、優司と幽香は一体何事かと頭の回転が追いつかない様子でその場に立ち尽くしていたが、すぐさま彼の後を追いかけるべく走り出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
――それから優司達は電車に乗り遅れないようにと駅内を全力疾走して、息を切らしながらも切符を買ってなんとか豊橋行きの列車に乗車する事が出来た。
だがやはり駅内を走ったせいで駅員から軽い注意を受けたのは言うまでもないだろう。
「いやぁ~良かった良かった。この電車を乗り過ごすと依頼主との約束の時間に間に合わなくなっちゃってやばかったんだよ。ごめんね? 色々と話す前に走りだしちゃって」
電車の椅子に深く腰を掛けながら先輩が申し訳なさそうな表情を見せて謝り出す。
「い、いえそれは大丈夫ですけど……」
優司は色々と聞きたい事もあってか何処か含みのある返事の仕方になってしまう。
そして優司の隣の席では幽香がコンビニで買ってきたサンドイッチを開封して、リスのように小口で頬張り始めている。
「えーっと、それじゃあ改めて自己紹介といこうか! お互いに名前や使用する除霊具の情報を交換しておかないと作戦も練れないからねっ!」
彼の妙な含みある言い方に先輩は戸惑っているのか人差し指で自身の頬を掻き始めると、急に何かを思いついた様子で再び自己紹介をしようと言い出した。だが言われてみれば確かに除霊具とかの情報がなければ連携も取れないだろうと優司は思い頷く。
「そうですね。分かりました」
手を顎に当てながら優司が返事をする。
「んくっ……右に同じく分かりました!」
その隣ではサンドイッチを一気に食べ過ぎたのかお茶で無理やり流し込んでいる幽香の姿があった。
「よし、ではさっそく俺から自己紹介だ。学年はキミ達も知っている通り三年で銀二級保持者だ。そして名は――」
先輩は自らの学年を言ったあと制服の胸元に付いている校章に右手を添えながら主張してくると、それは外からの光を反射して眩くも銀色に輝く銀二級の証で間違いなかった。
優司はそれを目の当たりにすると何処か抜けていそうな性格をしている先輩が本当に銀二級を取得していることに内心凄い衝撃を受けたが、顔には出さないようにと必死に堪えるのであった。
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