8話「彼女は敵なのか」
「ギャパパパパ!」
「ぐっ……! やらせねえよ!」
優司が隙を見せると河童はそれを見逃さずに三叉槍を右脇腹へと突き刺そうとしてくるが、彼は咄嗟に左手に持っていたもう一つの拳銃を悪霊へと向けた。
そして一切の躊躇いもなく優司は引き金を引くと銃弾は真っ直ぐ河童の肩を打ち抜いた。
「ギャパアァァァア!」
河童は肩を打ち抜かれた事で悲鳴なような声を上げと三叉槍をその場に落として後ろに下がり、再び濃い霧の中へと姿を消した。恐らく予想外の反撃に一旦引いたのだろう。やはり妖怪と言えど知能はそこそこあるようで、そういう悪霊はなまじ厄介だと優司は思わざる得なかった。
「くそっ、滅茶苦茶危なかったな。あのままだったら俺は串刺しになって死んでいたぞ」
周囲の霧に警戒心を高めながら優司は愚痴のような言葉を呟くが、いざとなれば教員達が助けに入ってくれるという事を知っているからこそ、まだ冷静でいられた。
しかし先程の場面ですら結構危うい所だったと彼は思うが、教員が助けに入ってくる雰囲気は全く無かった。つまりあれぐらいなら危険ということにはならないのだろうと、優司は改めて実戦主義の名古屋第一高等学園の本気具合に恐れを抱いた。
「だがまあ……これぐらい容易くクリアしないとな。きっと任務ではこれの数十倍は危険だろうし」
彼は先の事を考えつつも今この状況をどう乗り切るか思案を巡らせると、床に落ちていた三叉槍が突如として震えだし霧の中へと吸い込まれていった。
「ッ……どうやら反撃の準備が整ったらしいな」
三叉槍が吸い込まれていった先を優司は見据えると河童が次の攻撃を仕掛けてくる事を悟った。
だがその攻撃は何処から来るのか、正面か背後か左右か。
色々と死角はあるがどれもこれもを全ての警戒するのは合理的ではないと、優司は冷や汗を頬に伝わせながら乱れた呼吸を整える。
――――そしてもはや聴き慣れたと言っていいほどの奇声が再び背後から聞こえると、
「はっ! やっぱり背後を狙ってくるよなぁ! 態々霧まで張って視界を制限した上に、横からの攻撃も封じられたんだ。そりゃぁ、ビビリのお前なら背後からしかこねえよな」
優司は口調が荒くなるが、それは少なからず彼が予想していた展開の一つに見事に河童が嵌ったからである。とどのつまり優司の緊張感が限界まで高まった結果が口調に現れたのだ。
そして彼は背後を狙ってくる展開に備えて事前に仕掛けておいた一枚の護符を発動する。
「悪りぃな河童、俺もビビリだからよ……。そう言う事に関しては俺の方が一枚上手って事だ」
そう言って手で印を結ぶと床に貼ってある護符が光だして、そこから鎖のようなものが現れると瞬く間に河童の体に巻き付くようにして縛り上げて拘束していく。
「ギャパッァ……!?」
その突然の出来事に河童からは困惑しているような声が聞こえてくる。
「まさに予想外って言った感じだよな。同情するぜ」
肩を竦めて煽るように優司は言うと、それは概ね全て予想通りの結果であった。
実は彼が不意打ちを食らいにそうになり銃弾を放って反撃した際に、制服の裏ポケットから数枚の護符が落ちていたのだ。
そして優司がそれに気が付くと河童に感づかれないようにと、冷や汗を流しながら呼吸を整えるついでに自身の足を使って護符を正面と背後、左右にと言った感じに四方に護符を床に貼り付けたのだ。
「どうだ? その拘束の鎖からは逃げられそうか? ……ああ、無理だろうな。それは幽香がもしもの為に俺専用に作ってくれた護符だからな。そこらの護符とは効力も思い入れも桁違いだ」
拘束されて床に転がる悪霊を見下ろしながら優司は護符の説明を行う。
「ギャパパパパアアアッ!」
だがそれは河童にとってどうでもいい事なのか声を荒らげて必死に拘束を解こうとしていた。
「まあ、このまま拘束しておくのも何だし終わらせるか。俺の後にもまだ数人ほどテストを控えているしな。……んじゃ、ばいばい」
優司はそう淡々とした声色で告げると河童は怒りからなのか目を充血させながら睨んでいた。
――それから旧校舎内に一つの発砲音が響き渡ると同時に霧が晴れていき、彼は制服に染み付いた河童の返り血をどうやって洗い落とすかと考えながらその場を後にした。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「あぁ~、やっぱり旧校舎の陰湿な場所と違って外は最高だな。まさに太陽光万歳だ」
腕を伸ばしながら悠々と旧校舎を出ると優司は眩い太陽の光をその身に浴びながら、やっと実技テストを終えた事を実感した。だがもしあの時、運良く護符が落ちてくれなければ負けていたかもしれないという事に彼は自分の経験不足の部分が否めなかった。
「さてーっと、護符も一杯使ったことだし幽香に報告しないとな」
照りつく太陽光から顔を背けると彼は幽香に護符を消費した事を報告しに行こうと歩き出した。
それは彼から護符を受け取った時に何度も言われた事であり、
『護符を一枚でも使ったら直ぐに僕の所に来てよ。じゃないと、もう護符あげないから』
という言葉を耳に胼胝が出来そうなほど聞かされているのだ。
その理由は優司とて分からないが、恐らく護符を作るのに時間が掛かるのではないかと予想している。なんせ札に文字を書いて霊力を付与する訳だからだ。
「えっと幽香は何処に……ああ、あそこか。なんか裕馬に絡まれているみたいだな。やれやれ、仲が良いのか悪いのか分からんな」
優司は目を凝らして彼の居場所を探すと何やら裕馬と共に話している様子であった。
普段は目を合わせるだけで露骨に嫌な顔を浮かべる幽香だが、今回は眉間にしわが寄っている程度で表情は比較的穏やかのようだ。
「うむ、中々に良い状況だな。あのまま幽香が裕馬と仲良くしてくれれば、俺が二次元好きだと言うことカミングアウト出来る機会が訪れるやも知れん。ならば是が非でも俺も話に加わるしか手はないだろう!」
彼は二人の微妙な距離感を縮めると同時に上手く裕馬を使って二次元好きであることを幽香に公表しようと企てると急いで二人の元へと駆け寄ろうと小走りの姿勢を整えた。
――――そして一目散に走り出そうとするが、
「今回は大丈夫だったみたいだね。ふふっ」
それは突然の出来事であり優司の背には意味深な言葉と共に何か尖ったものを当てられた。
「そ、その声は……俺の息子を切り落とす宣言をした胡蝶愛澄さんか……?」
彼の背後へと立って何かを当てながら声を掛けてきた人物は、何時ぞやに優司の例のアレを切り落とすと公言していた胡蝶愛澄であった。
「そうだよ。覚えていてくれたんだ。嬉しいよ」
彼女はそう言って軽い言葉を彼の背後で呟くが、何度も尖った何かを制服越しに押し付けてくる。
「あ、当たり前だろ。大事なマイサンが危機に晒されている訳だからな。……それよりも、お前がさっき言った”今回は大丈夫だった”とはどういう意味だ?」
背中に当たられている物を予想して優司は恐怖を覚えると声を若干震わせながら気になった事を質問した。そして彼が予想した物はずばりナイフやカッターと言った刃の付いた物である。
「ん~、お前じゃなくて愛澄って呼んでよね。それからその質問の答えは簡単だよ。キミと御巫を裏の世界に飛ばすように仕組んだのはこの私だからね。もっとも二人が無事に表の世界に戻ってきた事は私としても想定外だったけど……まあ色々と分かったこともあって無駄ではなかったよ」
彼女は相も変らず軽い口調で驚愕事実を語っていくと、愛澄こそが二人を裏の世界に飛ばした張本人であったらしいのだ。
優司はそのことを聞いて彼女が一体何を言っているのかと脳の処理が遅れるが、
「お前……ふざけ――」
なんとか内容理解すると幽香を危険な目に遭わせた事に腹が立ち振り返ろうとした。
「おっと、それ以上動くとキミの背中が真っ赤に染まる事になるよ? あと何回も言わせないで、私の事は愛澄って呼んでよね」
彼女が尖った先端を強めに押してきたことで、優司の背に針が刺さったような僅かな痛みが走ると行動を制限された。
しかも愛澄は自分の名前に拘りでもあるのか、やけに名前で言わせたがるようだ。
「チッ……くそッが」
動きを封じられたことで優司は舌打ちと文句を吐き捨てる。
「うんうん、大人しくしていた方が良いよ。あと次に私の事をお前呼ばわりしたら、手元が滑って少し刺しちゃうかもだからね」
彼の背で愛澄は脅しとも言える言葉を耳元で囁くと、優司は苛立ちが許容値を超えそうになり唇を噛み締めた。
「はぁ……。それで? なんで愛澄は今になってそんな情報を俺に話したんだ?」
唇を噛み締めた事で多少なりとも冷静さを取り戻すと、優司はなぜこの状況下でその事を話してきたのかと尋ねる。
それは自分の首を絞めているようなもので、何か別の目的がなければ無意味だからだ。
「ん~、それは秘密かな。ああ、でも……この事を他の人に話したら駄目だよ? もしそんな事をしたらキミの大事なお友達がどうなるか、わかるよね?」
愛澄は態々自分が犯人であることを言っておきながら肝心の部分に関しては伏せていた。
しかも彼女はこの事を優司が他の人に言おうとしているのを見越したのか、幽香や裕馬を人質に取ってきた。
「……分かったよ。誰にも言わないから、そのナイフを下げてくれ」
本当に彼女は一体何がしたいのかと、どうして自分にだけその情報を話すのか疑問が膨らんでいくと優司は一旦考えるのを辞めて愛澄の指示に従う事にした。
「んふっ、それで良いの。これからもキミにはもっと苦しんで貰わないと”割に合わない”からね。……それじゃ私は皆の所に戻るから、ここでの話は他言無用でね。……ふふっ」
愛澄は意味深な言葉を残すと彼の背から離れたのか砂を踏む足音が聞こえて、取り敢えず刺されなかった事に優司が安堵しようとすると、急に彼女が横から顔を覗かせてきて人差し指を自身の唇に当てながら濁った瞳を彼に向けてくるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます