5話「実技テストと先生の能力」
無事に筆記テストを終えると五分間の小休憩が全員に与えられて、優司と幽香は軽い雑談を交わしながらテストの内容を振り返っていた。
「うーむ。悪霊に関しても問題が殆どだと思っていたが、意外と一般的な素養問題も混ざっていたとは……」
優司が眉間を押さえながら先程のテストに関しての事を呟く。
「そりゃぁそうだよ。僕達は任務で学園外に出て仕事をするんだから一般常識は結構大事なんだぞ」
隣の席の幽香は涼しい顔をして一般常識は大事だと返してきた。
確かに言われてみれば自分達は外で任務をする訳で、言ってみれば出張みたいなものであると優司は思った。ならば相手先に不快な思いをさせては学園に依頼が来る事は二度と無くなってしまうだろうと言う事も。
「はぁ……意外とシビアだよな。この業界って」
溜息を吐きながら優司は思った事を口にする。
「ふっ、何を今更言っているんだ。それに他の人から見たら僕達は見えない相手に武器を振るうんだから、一般常識は身につけといて当然なんだよ。分かった? ちゃんと理解した?」
幽香は鼻で笑って反応するともっともな意見を放ってきた。しかも後半に関しては彼は顔を近づけながら覚えたかどうかの確認をしてくる。
「あ、ああ……分かってるって。ちゃんと理解したから、そんなに顔を近づけないでくれ……」
幽香が顔を近づけてきた際に優司は一瞬の焦りが生まれたが、なんとか感情を抑えて返事をする事が出来た。それは決して彼が可愛らしい女子の顔をしているから変に緊張したとかではない。
……優司は気が付いてしまったのだ。
幽香が顔を近づけた際に、ほのかに甘い匂いを香らせていた事を。
「本当かなぁ? まあでも優司には僕が居るし、全部任せてくれれば何も問題はないから」
彼が匂いを感じ取って思考が曖昧になっていると幽香は淡々とした口調でそう言って静かに微笑んだ。しかし優司は曖昧な思考の最中、同じシャンプーやボディーソープを使っているのも拘ず、なぜ幽香はあんなにも良い匂いがするのか不思議でならなかった。
それはまるで女子とすれ違った時にふわっと香る現象に近いものであり、まさか幽香は女体化という特性を持っている事から女子特有の甘い匂いを発する事が可能なのかと優司は色々な考察を刹那の間に考える。
――だが彼が考察を始めて直ぐに教室の扉が開かれると、
「全員着席して静かにしろ。今から旧校舎へと向かって実技テストの方を行う。各自は除霊具を持って外に並べ」
そこには威圧的な雰囲気を背後から滲み出している篠本先生の姿があった。
そして次のテストは実技らしく、優司は再びあの旧校舎へと向かう事に若干の躊躇いが生まれると自然と手に力が入った。
「優司、大丈夫だよ。きっと前みたいな事は起きないと思う。先生達も少なからず対策はしているだろうから」
だがそんな彼の思いを察したのか隣から幽香が声を掛けながら手をそっと肩へと乗せてきた。
優司は肩に乗った手から伝わる幽香の温もりに少しだけ気張った心が緩むと、
「そうだな。二度も同じことが起きなければいいんだがな」
もう裏の世界に足を踏み入れる事がなければ良いと願うばかりであった。
何故ならあの場での出来事は未だに優司にとって理解が追い付かないからである。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「全員、除霊具を持って整列しているな? よろしい。……では今から実技テストの方の説明を行う。一度しか言わないからしっかりと聞け」
一組の全員が準備を整えグラウンドへと出て列を作って待機していると、あとから篠本先生が歩いて来て列の先頭へと立つと腰に手を添えながら話し始めた。
「まず最初に一組のやるべき事は旧校舎へと入って、そこで予め放ってあるB級程度の悪霊を一人で払うことだ。前回は二人組で行ったが今回は任務中に、仲間とはぐれた場合の単独戦を意識することになる。それと一応言っておくが、例によって危険だと判断すれば教員が助けに入る手はずとなっている」
彼女が実技テストの内容を真面目な声色で説明していくと、それは何時ぞやの旧校舎で行った授業と酷似している事が優司には分かった。だが前回と違う箇所があるとするなら今回はテストであり、しかも一人でB級程度の悪霊を払わないといけないことだ。
「長々と話したが内容は理解出来たな? ならさっそく右側の列から順に旧校舎へと「なぁおい、ちょっと待ってくれよ」……なんだ質問か? 熱海隆之」
篠本先生は全員がテストの内容を把握出来たか確認するように周囲へと視線を向けるが、誰ひとりとして手を上げる者はいなかった。けれど突如として列の真ん中から、高校生にしては野太い声を発する者が彼女へと横やりを入れていた。
「質問じゃねぇよ、俺はただ知りたいだけだ。お前が本当に強いのかどうかをよ」
そう言って野太い声の隆之が列の波を掻き分けて前へと出て行くと優司は彼の姿に見覚えがあった。まるでヤンキーのような風貌にワックスで固めてあるのか赤髪はとげとげしていて、両手には大量の指輪が嵌めているその姿に。
「ほう? それは三大名家という家柄を除いた個人間での話か?」
睨みを効かせている隆之に対して篠本先生は冷静な口調で聞き返す。
「ああ、そうだ。三大名家抜きでお前個人の実力を俺は知りたい。理由としては弱い者の下で教えを請うのは俺のポリシーに反するからだ」
隆之は右手で拳を作ると左手のひらに当てる仕草を見せながら、威圧的な態度を見せて自身のプライド感の話をしていた。だがそれを見聞きして優司はアニメで見たようなヤンキーが本当に都会には実在するのだと改めて驚愕していた。
「なるほど、言いたい事は理解出来た。お前の目には私が家柄だけで評価されて、ちやほやされているだけの凡人教師に見えている訳だな? ……よし良いだろう。この際だ。お前達に私の力を見せてやろう」
隆之のプライド感の話が篠本先生には理解出来たらしく、不敵な笑みを浮かべながら”篠本家”の力を見せると言い切った。それは話では聞いた事のある力だが、実際に見るのは初めてなのか周りからは小声ながらも驚きの声が聞こえてくる。
「どうせ、少なからず熱海と同じ考えをもっている者は居るだろうからな」
矢継ぎ早に言葉を口にすると彼女は横目で数人の生徒達へと視線を向けていて、目が合ったのだろう生徒達は同時に顔を逸らしていた。
つまり熱海と同じ考えの者が一定数居たということだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
それから篠本先生が全員から見られる位置へと移動すると、親指を口元へと近づけて歯で噛み切った。一体何をしているのだろうかと優司は見ていて思う。
「いいか? 今から呼ぶ悪霊はAランク程度のヤツだ。絶対にその場から動くなよ?」
親指から血を流しながら篠本生徒は視線を全員へと向けて注意する。
「「「「……は、はいっ!」」」」
優司を含めてその場の居る者の殆どが返事をした。
すると篠本先生は口角を上げて笑みを見せたあと、なにやら呪言のような言葉を呟き始める。
「血を道筋として、主の元へと姿を現せ。いでよ悪霊、その名は輪入道!」
悪霊の名を強くはっきりと主張して言うと、彼女が立っている場所から三メートルほど先の地面が突如として黒く染まり出した。まるで影が一塊となって一切の光を通さないようである。
そのただならぬ様子を見て一人の女子生徒はこんな事を口走った。
「ま、まさか篠本先生は悪霊を呼び出すと事が出来る……”血約”が使えるの……?」
その血約という聞きなれない言葉に優司は首を傾げるが、今は篠本先生の方に意識を集中させるべく考えるのは一旦辞めておくことにした。
「ふっ、軽く力を見せるのであればこれぐらいで充分だろう」
そう言って篠本先生は白色のワイシャツの袖を捲ると、腕を伸ばして柔軟運動させながら黒く染まった地面を一点に見つめ続けているのであった。
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