4話「任務の為のテストと犬鳴の噂」
優司が思い切って自分についての噂を訊ねると、裕馬は渋々と言った様子で噂の内容を語り始めた。その話を黙って聞いていくと優司は自分が今置かれている状況や、それはもはや理不尽なのではと思えるほどの物であった。
そして同じく話を聞いている幽香は静かに苛立っているのか、机の上に乗せていた手が段々と握り拳へとなっていき、爪が食い込んで血が流れそうな勢いであった。
「――とまあ俺が知ってる範囲だとこれぐらいだな。……本当にこんな事知りたかったのか?」
話し終えたようで裕馬は机に置かれている紙コップを手に取ると一気に中身を飲み干した。
「なるほど、教えてくれてありがとうな。あと話した事に関して裕馬は何一つ気にする必要はないぞ。俺は噂の内容を知った事で後悔は一切ないからな」
噂の内容の大半を知ることが出来ると優司は感謝の言葉を向けると同時に、どこか気にしている様子の裕馬に軽い雰囲気で気にするなと念を押した。こういう人が良いタイプほど他人のことで気に病む傾向にある事を知っているから彼は念を押すのだ。
「そうか……ならいいんだが。何か思いつめる事があったら気軽に相談してくれよ? んじゃ、俺はそろそろ教室へと向かうわ。お前達も遅れないようにな~」
そんな事を言いながら裕馬が椅子を引きずりながら席を立つ。
「おう、また教室でな」
優司は右手を小さく上げて教室へと向かって歩いていく彼を見送った。
――そして優司は視線を幽香の方へと向けると、彼は裕馬の話を聞いてから表情がずっと険しいものとなっている。それはまるで自分のせいだと言わんばかりに。
「な、なあ幽香。お前まで気に病む必要はないぞ? もともと俺が”犬鳴”の苗字を持っているから嫌われている訳だし……」
優司は口元を歪ませて何かを悔いている様子の幽香に声を掛ける。
「いや、僕のせいだよ。僕はキミの守護者なのに……守らないといけないのに、それが
幽香はそう言って静かに肩を震わせて顔を右手で押さえると、自らの存在すら否定しかねない雰囲気であった。しかしそれは全て先程、裕馬が話していた噂の内容に既存するのだ。
裕馬曰く、優司の噂とは――
「気にする必要はない。なんせ幽香と
そう、彼が言っている通りに噂の内容とは”幽香と相部屋”なのが発端らしいのだ。
恐らく幽香という美少年と一緒の部屋で過ごしている事に不快に思った者達が、優司のあることないことを言って悪評を広めて敵を生み出していたのだろう。
「だけど、それじゃあずっと優司が……」
依然として暗い表情で幽香が視線を合わせてくる。
「問題ない。人の噂も七十五日って言うし大丈夫だ。まあ……ちっとばかし長い気もするけど」
優司は人差し指を立たせて噂なんて気にも留めていない感じで返した。
「それに俺としてはもう一つの噂の方が気になって胃がキリキリとして痛むがな」
そのまま矢継ぎ早に彼は”もう一つの噂”という言葉を口にすると、幽香は暗い表情から少しだけ真面目なものへと変えていた。しかし無理やり気持ちを切り替えたのか、幽香の表情と雰囲気が合っていないように優司は伺えた。
「優司、それこそ気にする必要なんてない。あれはただ三大名家に対して嫉妬している者達の戯言だッ!」
固く握り締めた拳を振り上げて机を叩くと、怒りを混ぜたような声を出す幽香。
「そ、そうか……。そう言ってくれると幾分か気持ちが楽になるな。……だけど俺が入学当初に感じていた嫌悪を孕んだ様な視線の意味を漸く理解出来た気がするよ」
幽香が見るからに怒りという感情を顕にしている姿を目の当たりにして優司は無理やり笑みを作って返すと、自分が学園に入学して今日まで感じていた視線の数々の意味を知ることが出来た。
これも先程、裕馬が言っていたことなのだが――
犬鳴家とは他の名家と違って
それは偏に犬鳴家が他の名家と違って突き出した能力がないからとのこと。
詰まるところ犬鳴家とは名ばかりの家系で、他から見れば面白くない事は明白である。
「さーってと、いつまでも考えていてもしょうがない。さっさと教室に行こうぜ」
優司は刹那の間に色々な事を考えたが打開策の一つも思い浮かぶ事はなかった。
「……わ、分かった。優司がそれで良いと言うなら僕は何も言わないよ」
幽香は彼が席を立つ同時に何処か寂しそうな顔を見せて言葉を口にしていた。
……それから二人は空になった食器を返却すると、その足で教室へと向かって歩き出す。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「全員席に付いてるな?」
一組の担任でもある篠本先生が無愛想な表情を見せながら教室へと入ってくると、優司の周りで雑談していた者達は一斉に口を閉じた。
「よろしい。では今からHRを始める」
彼女は教卓の前へと立つと出席簿を片手に視線を周囲へと向けて、全員が出席しているかどうかの確認を行っていた。
「よし、早速ではあるが今日の授業は殆どがテストだと思ってくれ」
篠本先生が出席簿に何かを記入し終えると、そのまま視線を向けずに全員へ”テスト”と言う学生にとって忌々しい言葉の一つを放ってきた。
「「「「ええぇっーー!?」」」」
それに関して事前情報すらなかったことに一組の全員が同じ声を上げて反応する。
「うるさい、静かにしろ」
「「「「…………」」」」
篠本先生はその数々の驚愕の声が不快だったのか、視線を尖らせて氷のように冷たい声色で教室内を静寂へと戻した。心なしか部屋の温度すら低くなったように優司には感じられる。
「ったく……お前達も分かってると思うが、来週の月曜日からいよいよ”任務”が始まる。それに伴い、お前達が現状どこまで悪霊に関して知識を持ってるか我々教員が知るためにテストを行うのだ。無論だがそのテストの点次第で割り振る任務も変わってくる。……ここまでで何か質問等はあるか?」
前髪をかきあげながら篠本先生がテストの意味を話し始めると、どうやらその話を聞く限りテストの結果次第で任務の難易度が変動して徽章のランクも変わってくるのだろうと優司は何となくだが分かった。
とどのつまりテストの結果が良ければ割り振られる任務の難易度が上がり、無事に任務をこなせば徽章のランクも上がり学園でも少数しか居ない金一級所持者へと近づくのだ。
さらに優司個人の考えでは金一級に近づけば必然的に本来の目的でもある”例の悪霊”に対抗出来る”力”を身に付けられる上に尚且つ”奴の居場所”に関する情報も容易に入ってくると思ったのだ。
「ふっ、何もないならそれで良い。私は従順な生徒は好きだぞ」
質問等を訊ねられた一組の生徒達は篠本先生を前にとてもじゃないが質問する気持ちが湧かなかったのか、静寂のまま過ぎていくと彼女は微笑みながら呟いた。
すると時を同じくして校内にチャイムの音が鳴り響き一時間目の開始を告げた。
「おっと、早速授業開始だな。まずは筆記テストから行う。机の上にはシャーペン数本と消しゴムだけ残して後はバッグにしまっておけ。余分な物が置いてあれば見つけ次第失格にするからな」
篠本先生がチャイムの音に反応して顔を時計へと向けて時刻を確認しながら言うと、唐突にも教室の扉が開かれてビジネススーツを着た女性が姿を現した。
そのまま女性は一言も喋らずに一組へと足を踏み入れると篠本先生へと近づいて、両手に抱えている分厚い茶色の封筒を手渡すと何事もなかったかのように教室を出て行く。
恐らくビジネススーツを着た女性はこの学園の事務員で、テストを篠本先生に渡しに来たのだろうと優司は筆記具を準備しながら思った。
そして全員の準備が整うと篠本先生は問題用紙と解答用紙を一枚ずつ配り始めた。
「全員テストは机の上にあるな? ……では最善を尽くすように、始めッ!」
プリントを配り終えた篠本先生は教卓の前へと戻ると、時計の秒針と合わせるようにしてテスト開始の合図を出す。
それと同時に優司の周りからは一斉に紙を捲る音が聞こえ、シャーペンを使って文字を書いていく音が教室内に木霊し始めていた。篠本先生はその様子を確認してから静かに職員用の席へと向かい、腰を下ろすと両腕を組みながら目を閉じた。
「……っといかんな。つい先生を目で追っていたが今はテストの時間だ。ここで良い結果を出して高ランク任務を貰えるように頑張らないとな」
優司は誰にも聞き取れないほどの小さな声で呟くとシャーペンを強く握り締めて問題用紙へと意識を向けた。全ては例の悪霊へと近づく為であり、この結果で親友達の命運が変わって来ることを自覚して彼はテストに挑むのだった。
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