6話「三大名家の一つ”篠本家”の能力とは」
「やっと現れたな。Aランク級の悪霊、輪入道」
手足の柔軟運動を終えて篠本先生が見据える先には、黒く染まった地面から輪入道と言われる悪霊が姿を現し、その禍々しい雰囲気に優司を含めて一組の全員が咄嗟に身構えるほどであった。
その輪入道の見た目は牛車の車輪の中央に年老いた男性の顔が付いた姿をしている。
「いい判断だ。一応、そのまま身構えておけ。実戦では常に何が起こるか分からないからな」
一瞬にして一組の各々が戦闘体制を整えると篠本先生が軽く振り返って微笑みながら言ってきた。どうやらこの判断は間違っていなかったらしく、それほどまでに実戦とは予測不可能な事らしい。
恐らくこの学園は実戦主義を重視している事から、各自が身を持って戦い方を学ぶというのは道理なのだろう。
「あ”ぁ”ぁ”っ”」
そして輪入道が言葉にならない奇声を発して場の緊張感を高めると、篠本先生は視線を悪霊へと向けて右手を自身の顔に近づけた。
「篠本流、憑依術【鬼神】! 憑依率三十パーセントッ!」
彼女はそのまま特徴的な単語をいくつも口にすると右手が徐々に青黒く染まり出し、手の甲には特徴的な印が浮かび上がっていた。
だが変化はそれだけで留まらず篠本先生の右半分の髪が水色に変わり出し、顔も半分だけ肌が黒く染まり瞳の色は血のように真紅へと変化を遂げていた。
それはまるで自らが悪霊へとなるかのような感じで優司はただ彼女の姿を見て固唾を呑む。
「あ、あれが三大名家の……篠本家の人間のみが使えるという”憑依術”なのか……」
優司が篠本先生に視線が釘付けとなっていると、唐突にも横から男子の震える声でそんな言葉が聞こえてきた。
「ああ、そうみたいだな……。噂では大昔に篠本家の人間が自らの体に悪霊を封印して道連れにしようとしたのが憑依術の生まれたきっかけだと聞いているが……生で見ると迫力が違うなっ!!」
するとその声に反応するかのように近くに居た、もう一人の男子が篠本先生の使う憑依術の事について興奮気味の様子で話していた。つまりその話が真実であれば篠本家の先祖は自己犠牲精神が凄く高かったのだろうと優司は聞いていて思った。
「さぁ、さっさとかかって来い。私には限られた時間で生徒達を使い物にしないといけない仕事が残っているのでな」
篠本先生はそう言いながら青黒染まった右手を突き出して輪入道を挑発する。
既に彼女の右手は人のような華奢なものではなく、それは本当に鬼神のように人外の手をしている。
「う”か”か”か”か”っ”!」
輪入道は挑発を間に受けたのか篠本先生を睨みながら車輪を回転させ始めると、その周りからは炎が突如として出現し一気にグラウンドの温度が上昇した。
そして車輪の回転数が一定に達したのか輪入道は炎を纏いながら一直線に彼女へと向かう。
「……まったく、喧しい車輪だな」
目の間に迫り来る炎の車輪を見ても篠本先生は声色一つ変えずに粛とした態度を維持すると、依然として右手を前に突き出したままそれ以上の動きは見せなかった。
そのまま輪入道が車輪の回転速度を維持したまま突っ込んでくると、篠本先生は僅かに不敵に笑みを零したあと右手でそれを受け止めた。
――刹那、輪入道と篠本先生が衝突した際に発生した衝撃波が風となって周囲に吹き荒れる。
「くっ、まさか衝撃波がここまでくるとは……!」
優司はその風に当てられると視界だけは守ろうと咄嗟に腕を使って守る。
暫くして衝撃波が収まると直ぐに状況がどうなったか確認する為に、彼は視線を篠本先生へと向けた。
「う”ぬ”あ”あ”あ”!?」
意図も簡単に片手で受け止められた事に輪入道は驚愕している様子。
「やれやれ、その炎はただの飾りだったか? ああ? この程度で私を轢き殺せると思うなよ下級の悪霊風情が」
だがそれに対して篠本先生は左手で眉間を抑えるとA級の悪霊を下級と言い放って鋭い眼光を浴びせていた。
「チッ、これ以上の時間を掛けるのは無駄だな。どうせなら色々と生徒達に見せてやりたかったのだが……これでは役者不足だ。散れ輪入道」
篠本先生がそう淡々と言葉を口にすると輪入道を受け止めている手に力を込めたのか青黒染まっている右手が悪霊へと徐々に食い込んでいく。
「あ”ぁ”ぁ”ぁ”ッ”」
すると輪入道は悲鳴にも似た奇声を上げるが彼女はそれを無視して右手を更に食い込ませると、ついに車輪の一部を引きちぎった。
しかし彼女は即座に右手で拳を握ると間髪入れずに相手の顔面へと叩き込んだ。
――その瞬間、輪入道は新たに悲鳴を上げるまもなく全体が黒い砂と化して消滅した。
「まあ……こんなものだな。さて、どうだお前達? これで大人しく私の教えを請う気になったか?」
輪入道を倒し終えたあと篠本先生は振り向きざまに一組の全員に向けて言うと、右手や顔の右半分の色が元の人肌へと戻っていき、捲った袖を下ろした後タイトスカートを数回手で叩いて土汚れを落としていた。
「「「「…………」」」」
彼女が全員の視線が集まっている中で輪入道を一方的に払うと、その光景は優司達にとって驚愕を越えた次元のものであったのか周囲からは一切の声が聞こえなかった。
「ふっ……ははっ! これでこそ俺達の担任と言った所だなッ! あのA級の悪霊をたったの一殴りで消滅させるとはなぁ! ……良いだろう、俺はお前を担任として認める。だから俺をお前みたいに強くしてくれ」
微かに聞こえるのは荒い呼吸のみであり、そんな静寂の中でも隆之は高笑いしながら篠本先生を自分の担任として”教えを請う”に値すると言っていた。周りが圧倒的な出来事を目の当たりにして尻込みしている最中でも、彼だけは一本筋が通っているように怯む様子はなかった。
「何を今更言っている若僧。お前達を一端な除霊師とするのが私の目標であり仕事だからな。言われなくともこの短い一年で望み通り強くしてやる。ゆえに泣き言や一切の妥協は許さん」
隆之の言葉を篠本先生は軽く鼻で笑って返すと、いつもの両腕を組んで凛とした佇まいへと姿勢を変えていた。恐らくだが最後の言葉は隆之だけではく一組の全員に向けた言葉だろうと優司は何となくだが分かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そして隆之と篠本先生のひと悶着が収まったあと、改めて優司達は実技テストの方が再開された。内容としては一人で旧校舎へと入って中に居るB級程度の悪霊を払う事である。
旧校舎へと入っていく順番は席順らしく、優司と幽香は暫く時間が空いている状態だ。
「なぁ幽香。三大名家の篠本先生があれだけの能力を持っていたら他の……天草家とかもやっぱり凄いのかな?」
優司はまだ自分の番が来るのが先だと分かると、隣で難しい顔をしている幽香に何の前触れもなく唐突に話し掛ける。すると幽香は難しい顔から少しだけ緩んだ顔へと変えて口を開いた。
「そりゃあ凄いだろうね。なんせ三大名家なんだから。それに僕が父さんから聞いた話だと天草家の能力は”六道の瞳”と言って特殊な
幽香は鳳二から聞いた受け売りの話を彼へと伝えると、その中には優司の心を揺るがしかねない単語の数々が存在した。
「瞳術? なんだ、その中二病精神を擽る響きは!?」
そう、優司は”瞳術”という言葉の響きに簡単に惹かれてしまったのだ。つまり未だに彼の中には中二病という概念が残って居る訳で、その能力は是非間近で見たいと思えるほどであるのだ。
「はぁ……優司ってば本当に……そういうとこだよ」
だが幽香はそんな浮かれている様子の彼を見て短く溜息を吐くと、そのまま肩を竦めながら何処か冷ややかな視線を浴びせてきた。
――そしてそんな会話をしながら時間を潰していると、やっとと言うべきか順番が回ってきた。
「随分と待たされたね。……んじゃ、先に行ってくるよ優司」
自身の除霊具でもある愛用の刀を腰に添えると、幽香は軽く手を上げて笑みを見せてから旧校舎へと足を進めて行った。
「ああ、頑張れよ! 幽香!」
彼の背に向けて優司は応援の言葉を投げ掛けると、その自信に満ち溢れた幽香の後ろ姿を生暖かい気持ちで見届けるのであった。
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