24話「少年の除霊具と別世界」

 やっと自分達の番が回ってくると優司は幽香と共に除霊具を携えて旧校舎へと足を踏み入れた。

 入ってすぐは至って普通の下駄箱であって特に悪霊の気配は感じられない。

 しかし周りを見渡せば至る所が朽ちかけていたいり、木が腐敗していたいりと長年使われていない事が伺えた。


「うーむ、どうやら入って直ぐに襲って来る訳ではなさそうだな」


 下駄箱を通り抜けてそのまま近くの階段へと向かって歩き出すと優司は周囲を警戒しながら呟く。


「そうだね。少なとくも一階には危険視するほどの悪霊が蔓延っている気配はなさそう」


 その隣では幽香がいつでも刀を抜けるように柄の部分に手を添えていた。


 二人は警戒しながら階建を使って二階へと向かおうとすると、優司が一段目に足を乗せた瞬間に旧校舎の雰囲気が先程までの誇りっぽ雰囲気から何処か灰ぐらいものへと変わって異様なものを漂わせ始めた。


 それを瞬時に優司は感じ取ると何事もなく、無事に終わればいいと思うしかなく足を進める。


「ここが二階か……やはり一階と比べると多少は悪霊の量が多く見えるな」


 二階へと到達して廊下を見渡すと優司の視界にはしっかりと悪霊の姿が映り認識できた。

 その悪霊の多くは黒い球体状のもやで形成されているようで、真ん中に人の目のようなものが付いている姿が特徴的だろう。


「あれは確か……ゲイザーって言われる悪霊だ。その多くは人に危害を与えるほどの霊力は持っていないらしいけど、僕達みたいに見える人には普通に干渉してこられるから気をつけてね」


 優司が悪霊をみてどんな種類の悪霊かと思案を巡らせていると、すかさず幽香が冷静な口調で目の間の悪霊についての情報を教えてくれた。


 それを聞くと流石は御巫家で修行していただけの事はあると優司は感服すると同時に、恐らくこれらの悪霊とは別に戦う必要はないのだと言う事を悟った。


 なぜなら札があるのは三階であり、襲ってきた場合のみ対処すればいいからだ。

 別に律儀に全部倒していく必要はなく向こうが気づいていないのなら無視すればいいと。

 

 ……がしかし。

 それではこの学園に入学した意味がないと優司は腰に装備している除霊具に両手を近づける。


『ぎぎっ!』


 だがその動きがゲイザー達に気づかれたようで、奇怪な音を出し始めると周りを彷徨っていた他のゲイザー達も一斉に優司達の方を向いて鳴き出した。


『ぎぎいぎぎぎ!』

『ぎぎぎぎ――――っ!』


 これでゲイザー達は自分達を敵として認識しただろうと優司は確信すると除霊具を両手に持ち戦闘態勢を整えた。隣ではしっかりと幽香も準備万端のようで既に鞘から刀を抜いて構えている。


「あっ、ごめん優司。僕の後ろを守ってくれるかな? どうやらさっきの音で二階に居るゲイザー達が集まってきたみたいだ」


 幽香が正面のゲイザー達に視線を向けていると急に何かを思い出したかのようにして口を開いてきた。言われて優司は多数の霊力を背後に感じ取り振り返ると……、


「えっ、後ろって……おいおい。あの大量の悪霊を俺が相手するのか?」


 ざっと見た限りでも四十近い数のゲイザー達が大群をなしてそこに浮いていた。


「一応先に言っとくが俺の除霊具って弾が切れたら一気に戦力ダウンするからな。例えナイフが銃口についていたとしても!」


 ゲイザーの大群を見て溜息混じりの声が出て行くと、優司は自身の除霊具でもある【CZ75 SP-Duch】を両手に持ちながら幽香に自身の欠点を教えた。

 そう、彼が今持っている除霊具は拳銃型の物であり対悪霊戦に特化した武器なのだ。

 

 さらに悪霊を祓うには除霊石と言われる物を加工して作られた武器を使わないといけないのだが、優司場合それを弾丸に加工して使うのだ。

 幽香の場合は刀身自体が除霊石で出来ている為に単純で尚且つ使いやすい武器だろう。


 だが銃火器の類では弾が無くなれば戦えなくなってしまう為に優司は銃口に除霊石で作った小型のナイフを装備する事にしたのだ。

 それは単純に見てその場凌ぎにしかならない程度のものだが、ないよりはましだと言える。


「僕は銃とかに興味ないから分からないけど、弾が切れるまで撃ち尽くしていいと思うよ。最悪の場合は僕が残りすべてを切り伏せるから」


 そう言ってくる幽香は真剣な顔付きになっていて、優司はもしかして彼は刀を握ると性格がイケメンになるのだろうかと言うどうでもいい考えが脳裏に過ぎっていった。

 

「……それに薄汚い悪霊なんかに優司は触れさせはしないよ。絶対に」


 幽香のその低くて冷たい感じの声を聞くと一つの間が空いて優司はどう反応すべきかと悩む。


「あ、ああ。期待しているぞ幽香!」


 しかしここで無視を決め込むには些か彼には度胸がなく、取り敢えず精一杯の笑顔を作って返した。すると心なしか幽香の表情が緩んだ気がしたが恐らく見間違いだろうと優司は改めて視線をゲイザー達へと向けた。


「んじゃ、早速倒していくか。早いとこ終わらせて札のとこまで行きたいしな」

「うん。こんなC級程度の悪霊なんかに時間を取らせはしない!」


 望六と幽香が互いに声を掛け合うと二人は目の前のゲイザー達を祓うために行動に移した。

 ――そして旧校舎の二階からは悪霊が発する奇怪な音と共に多数の発砲音が響き渡るのだった



◆◆◆◆◆◆◆◆



「……はぁ。これで二階の除霊は終ったな」


 望六が空になった弾倉を交換しながら話掛ける。


「そうだね。意外と数が多くて厄介だったけど、腕慣らしには丁度いいかも」


 幽香は付着した悪霊の血を振り払って刀を鞘に収めていた。


 既にこの除霊によって望六は弾倉を三個ほど交換している。念の為に制服の下には予備がいくつかあるが、一個あたりの値段が高いゆえに無駄撃ち厳禁である。

 

「あー。これだけで撃てると気分は良いが、あとで弾倉を購入するのが怖い……」


 弾倉の交換を終えると望六の頭にはこのあと諭吉が何枚消えるか気が気ではなかった。

 だがこれで二階は落ち着きを取り戻すと、二人は三階へと続く階段を静かに見据えた。

 

「さて、次はいよいよ本命の場所だ。恐らく学園側からしたら今のが練習で、こっから本場なんだろうけど」


 幽香が階段に向けていた視線を外すと優司の方を見ながら小言らしきことを言ってくる。


「多分そうだな。なんせここは座学よりも実践に力を入れている学園だ」


 それに連れられて優司も階段から顔を背けて幽香へと向けると軽口を叩いた。

 そのまま二人は互いに顔を見合わせたまま頷く仕草をすると、一歩と、また一歩と、三階へと続く階段をゆっくりと確実に上がって行った。


「こ、ここが例の三階か……。一階や二階と違って凄く雰囲気が湿っぽくて気持ち悪いな」 


 やがて優司が階段を上がりきるとそこは先程同様で見た限りでは特に変わった様子はなく、木が朽ちかけているぐらいと何処となく雰囲気が気持ち悪いと感じられるぐらいであった。


「確かにここはさっきと違って異質に感じられるね。……ん? こ、これは……」


 彼と同じく階段を上がりきると急に幽香はその場でしゃがみ込んで廊下の壁や床を触り始めて何かを調べるような行動に出た。

 一体何をしているのかと優司は思ったが邪魔をする訳にはいかないと傍観する。

 

 ――だが暫くすると幽香は額に汗を流しながら口元に手を当て目を見張っていた。


「ど、どうした……?」


 明らかに先程と違って様子がおかしい幽香を見て優司は咄嗟に声を掛ける。


「優司……お前は気付かないのか? この場所の違和感に……」


 すると幽香は冷静な声色でそう言いつつ瞳を真っ直ぐ彼に向けて訊ねてきた。

 しかし口元に添えられている手は少し震えているようにも見える。


「い、違和感? いや特にはないけど……強いてうなら雰囲気が変わった事ぐらい?」


 最初に足を踏み入れた時に感じた事ぐらいしか特になく、優司は周りを見渡しながら彼は一体何の事を言っているのだろうと頭を悩ませた。


「……確かにそれもある。だけど考えてみてよ。僕達の前には何人ものクラスメイト達が先に入って悪霊と戦った筈だ。そして二階にはそれを確たる証拠とするもの、斬撃の跡や燃えたような跡がしっかりと残っていた。だけど……この廊下にはそんな跡が一つもないんだよ」


 幽香は自身が思っているであろうことを淡々と話していくと、それは鈍感な優司でさえも何となくだが意味が分かってきてしまった。

 けれどそれを体験するのは優司にとって初めてであり、それが本当かどうか確認する為に喉から声を捻り出す。


「つ、つまり……何が言いたいんだよ……」

「まだ分からないのかい? 僕達は三階に足を踏み入れた瞬間にに入ってしまったんだよ」


 幽香が両腕を組みながらそう口を開くと最悪の事態であることを告げてきた。

 そこで優司はやはり自分が少なからず思っていた事が当たってしまったことを理解する。


 ――ここが悪霊の住まう本来の場所。通称【裏の世界幽界】と言われる異界だと言う事を。

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