23話「少年は少女の言葉に戦慄す」
篠本先生の座学を終えて一組の全員は急いでグラウンドへと向かい、各々が除霊具の入ったケースを背負ったり抱えたりして席順で並んで待っていると暫くして一つの人影が近寄ってきた。
優司は目を凝らしてその人影を捉えようとすると、その正体は全身ジャージ姿の篠本先生であった。
「ほほう。やはりジャージという薄着だと、あの胸はより一層強調されてもはや兵――ぐはっ!?」
ジャージ姿の篠本先生を視界に収めてじっと見ていると優司が気になったのは胸部に聳える豊満な双璧であった。
しかしそれは口に出ていたらしく横から脇腹になにかめり込むような衝撃を彼は受けて悶えた。
「優司はいきなり何を言い出しているんだ。そういう独り言は口に出さずに心の中で呟いてくれ。本当にまったく……」
両手を腰に添えて幽香は呆れた口調で言ってくると、今の彼には脇腹にほとばしる痛みによって唸り声しか出せなかった。
けれど優司は痛みに犯されながらも考えた。最近の幽香は口より先に手足が出るようになってしまい、青森に居た時に優しく特訓に付き合ってくれていたのが夢のようだと。
まだ入学して日も浅いというのに既に彼は都会と言う雰囲気によって性格を変えられてしまったのではないかと優司は脇腹を抑えつつ本気で心配になった。
「よし、全員集合したな。では今から悪霊退治の基礎的な戦い方を教えるが……まあ、あれだな。この学園は実践を重視している事から、全員にはこれから悪霊を倒して貰う。もちろんお前たちに拒否権なんぞない。黙って従え」
そのあっさりとした言い方に優司の周囲からは、どよめきの声がちらほらと聞こえてきた。
だけど誰ひとりとして篠本先生に質問する者はいなかった。
その理由としては恐らく先生が苛立っているように見えるからだろう。
一見普通な感じで教師として振舞っているように見えるが問題は表情にあるのだ。
それは先程まで座学の時に見せていた柔らかいものではなく、移動している僅かな間に一体何があったと言わんばかりに今は眼力で人を殺れそうな程の威圧感は放ちつつ両腕を組みながら仁王立ちしているのだ。
「あ、あの……。その悪霊を倒すって具体的にどうやってですか……?」
がしかし、ここでメガネを掛けた大人しそうな女子がおどおどしながら小さく手を上げて篠本先生に質問していた。優司は咄嗟に質問していた彼女に視線を向けると、この状況でしかも人を睨み殺せそうな篠本先生に声を掛けられる者がいるのか……と賞賛の眼差しを送った。
「あ、ああ説明不足だったな、すまない。少しばかり苛立っていて説明が疎かになってしまったようだ。……ったく、本当にあの男のせいで……くそがッ」
メガネ女子の質問によって冷静を取り戻したのか篠本先生の表情が少しだけ柔らかくなったよに見えたが、後半の声は重低音が効いているような声色に優司には聞こえた。
そして先生は矢継ぎ早に今からの授業内容を話し始めた。
「まず最初にお前達の実力を私が知るために、とある課題を行なってもらう。それは今は使われてない旧校舎の三階に置かれている
篠本先生は両腕を組む姿勢を崩して人差し指を旧校舎が建っている方角へと向けて説明していた。どうやら目的は単純らしいがC級の悪霊が放たれている事から用心深く事を進めなければならないと優司は考えた。
「そして札を取りに行く時は一人ではなく”二人一組のペア”を作ってからにするように。いきなり一人で挑んで怪我をされるのは馬鹿らしいからな。……ではペアが出来た順で構わない。順次旧校舎へと入って札を回収するように!」
篠本先生が全員を見渡してから強めな口調で指示を出す。
「「「「はいっ!」」」」
それに続いて一組の全員は声を大にして返した。
それから優司の周りでは次々と二人一組のペアが作られていくと、その中には裕馬が一人でうろうろしている男子に話しかけてペアを作っているようだった。
「ふむ……やはり裕馬はお人好しな性格か?」
その光景を眺めながら優司は呟くと隣から急に制服の袖を引っ張られる感覚を受けた。
「ねえ優司。僕たちも早く旧校舎に向かおうよ。なんかさっきから視線が凄く集まって嫌なんだ……」
彼が引っ張られて反射的に顔を向けると、幽香が戸惑った表情をして視線が気になると言い出した。そこで彼は周囲に意識を向けると確かに自分達の周りには視線らしきものが向けられていると優司は察知した。
だがしかし、その視線の数々にはどうにも幽香だけに向けられているものではなく、
「奇遇だな。俺も何処からか視線を向けられている気がしてならない……」
優司は自身もその視線の数々を多少なりとも受けている事に気が付いた。
まるで気分は動物園のパンダのようだと彼は思うと、この場から離れる為に幽香の手を引いて旧校舎の方へと向かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
そして二人が視線が逃げるようにして旧校舎の前へとたどり着くと、そこには既にペアを作った一組の生徒達が列を作って順番を待っている状態であった。
よく見るとその列の真ん中には裕馬の姿が見受けられる。
「俺達がもたもたしてる間に結構な順番待ちになってしまったな」
「そ、そうだね。でもあの視線の数々に晒されるよりかは断然ましだよ」
二人が最後尾に並んで優司が様子を伺うと自分達の番が回ってくるにはまだ少し時間が掛かりそうだと分かると、幽香はそれに対してあの場で視線を受けるよりかは良いと冷たい声色で言っていた。彼には順番待ちよりも視線の方がよほど苦になるのだろう。
「はぁ……。暫くぼーっとしながら待つしかないな」
そう呟いて意識をまばらにしていると不意にこんな声が優司の耳に入ってきた。
「流石に三大名家の犬鳴だな。随分と余裕そうだぞ」
「まあ仮にも三大名家だからな。たとえ悪名高くとも実力はあるのだろう」
「そんなことよりも! なぜアイツの隣にはいつも幽香ちゃんが居るんだ! ずるいぞ! きっと何か弱みを握られているに違いないッ!」
その声は全員が男子のものであったが、後半に喋っていた人物は完全に何かを勘違いを起こしていると優司は顔を背けながら思った。
……だがここではっきりしたことも彼にはあった。
それは自分がやはりクラスから良い印象を持たれていないことだ。
薄々だがそんな雰囲気があることは分かってたいたのだ。自己紹介の時にも異様に敵意のようなものを出して質問責めしてくる女子が居たぐらいだからだ。
「勘弁してくれよ。俺が一体何をしたって言うんだ……」
頭を掻きながらそんな弱々しい言葉が彼の口から漏れ出していくと、運命とは分からないもので自己紹介の時に質問責めしてきた女子と不意に目が合った。
彼女は短い髪型でガラス細工で作られているような蝶の形の髪飾りを付けていて、その表情を見るに何処となく感情が薄いように伺える。そして身長は優司より低く体型的には幼児系だろう。
さらに優司が裕馬に聞いた限りでは彼女の名は【
愛澄の並んでいる場所は先頭の方だがなんで自分を見ていたのかは分からない、しかし偶然であって欲しいと優司は願う。
「んっ……? な、なにを言ってるんだ?」
優司は愛澄と視線が合うと不思議と逸らせなくなってしまい、じっと見ていると口が動いて何かを言っているように見えた。
そして何を言っているのか確認する為に彼女と同じように優司も口を動かすと、
「えーっと、お・ま・え・の・あ・れ・を・き・り・お・と・す……だと!?」
その言葉の意味が瞬時に理解出来てしまい彼は全身を震えさせた。
しかも愛澄は不敵な笑みを浮かべつつ手でピースサインを作って見せてきたが、今の優司にはそれがハサミを使って切り落とすジェスチャーにしか見えなかった。
「ちょ……。ほ、本当に俺が一体何をしたっていうんだよ……」
意味も分からずに同級生の女子に息子を切り落とされる宣言をされて優司は気分がどん底に落ちると、そのあとは無気力となってただ列に並んでいるだけの存在であった。
たまに幽香が話しかけてきたが、彼が生返事だけしていると怒ったのか途中から何も喋らなくなってしまった。
けれど順調に列は進んで行くとそれに比例するように旧校舎から札を持ち帰った生徒達が出てきて、皆一様に服に切り傷や焦げた跡さらには破れて肌が露出している女子達が多数いた。
特に制服が破れて女子が戻ってくると男子陣が歓喜のような声を上げていたので優司はその時だけ気力を取り戻していた。
よく見れば瑞々しい肌の他にも希に下着が薄らと見えたりとラッキーな事があったからだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
あれから三十分ぐらいか経過すると最後尾にいた優司達がいよいよ旧校舎へと足を踏み入れる番となった。今のところ途中離脱者は三ペアだけとなっているらしく、ほとんどのペアがクリアしているらしいとクラスメイト達の会話を盗み聞いて知った優司。
「っしゃあ! 誰よりも早く札を回収して俺の周りに立ち込める陰湿な雰囲気を取り払ってやる!」
気合を入れるようして自身の頬を数回叩くと優司は最速で札を回収して戻ってクラスメイト達に自分の存在をアピールして変な風潮を取り払おうと考えたのだ。
今現在で最速で札を持って帰ってきたペアは何時ぞやの入学当初に寮で見かけた髪型がトゲトゲしていて大量の指輪を嵌めているヤンキーのような見た目の男子と、その相方の眠そうな顔をしている男子なのだ。
彼らはまるでコンビニに立ち寄るが如く様子で旧校舎に入って即行で戻ってきたのだ。
しっかりとその手には札を握りしめて。
「さあ準備は整ったよ優司。僕たちも札を取りに行くよっ!」
幽香が除霊具ケースから自身の除霊具である日本刀を取り出すと、そのまま腰に携えて彼の方に顔を向けてきた。
「ああ、行くぞ幽香!」
優司も自分の除霊具をケースから取り出して腰に装備すると、二人は旧校舎の中へと入るべく足を進めるのだった。
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