25話「幼馴染を助けるべく少年は走る」
優司と幽香が旧校舎の三階へと足を踏み入れると、そこは悪霊達が住まうとされている【裏の世界】であった。一体何が引き金となってこの世界に入ってしまったのかと優司は頭を悩ませる。
通常この世界に入るには、ある一定の条件を満たさないといけないのだ。
それは優司が御巫家で霊力の開放を特訓している時に鳳二が話していた事のなのだが、それは丑三つ時に川に入ったり越えたりする行為、もしくは一人でトンネルや公衆電話にいる時に悪霊達に引っ張られてこの世界に連れてこられる事が多いらしいのだ。
所謂、神隠しなどと言われているものの多くはこの裏の世界に連れてこられて行方不明となっている場合が多いのだ。そしてこの世界に入ってしまったら、ある種の悪霊を祓わないと出れないのだ。ゆえに神隠しに遭遇してしまった者の多くが帰ってこない理由はこれにある。
「ど、どうするよ幽香……。俺は裏の世界なんて初めてで何も分からんぞ……」
優司は周りに悪霊達が寄ってきていないか視線をくまなく動かして声を掛ける。
「どうするって言われても、取り敢えず札が置かれている筈の部屋を目指して歩くしかないよ」
幽香は冷静に現状を分析したのか本来の目的でもある札の回収を優先して歩き始める。
「そ、そうか……」
そのあとを優司も付いて歩いていく。だがこんな裏の世界だとしても札はちゃんと置かれているのだろうかと優司は疑問が頭の中を過ぎっていく。
確かにここは旧校舎ではるがそれは裏の世界での旧校舎であり、表の旧校舎にある物がちゃんと置いてあるかどうかは初見である優司には判断がつかないのだ。
しかし幽香がそこを目指して歩くと言ったのら、可能性としてはあるのだろうと優司は思うしかなかった。
「さて、この3-Bクラスってとこに置いてある筈だけど……」
色々と優司が思案をしているといつの間にか目的の場所に着いていたらしく、幽香がクラスの標識を見ながら立ち止まると朽ちかけている木製の扉に手を掛けていた。
「ここに札がなければ……詰だな」
幽香が扉を開けようとしたところで優司が思ったことを口にすると、彼は目を細めて呆れたような表情を見せて返してくる。
「……はぁ。確かにそうだけど、それはフラグとも言えるからあまり言わないで欲しい」
「だ、だよな……。すまない」
幽香曰くフラグとも言える言葉はこの裏の世界にとっては良くないことらしく、優司は直ぐに謝ると自らの口を左手で塞いでこれ以上余計な事は言わないという事を主張した。
そして改めて幽香が手に力を込めた様子で勢いよく扉を開け放つと――――
「な、なんだ!? あれは……!?」
開け放たれた扉の先に優司は顔を向けると、そこに居たものを見てしまい驚愕の声が出て行く。
「チッ、やはり居たか。優司、恐らくあの悪霊が僕達をこの世界に引き入れた張本人だ」
隣では既に幽香が刀を抜く体制に入っていて咄嗟に優司も両手に拳銃を構えた。
二人の目の前に佇んでいる悪霊の姿は人の形をした黒い物体であったが、それは例の廃墟で優司が呼び起こした悪霊とは違うものであった。
その証拠に優司の腕に刻まれた呪印が反応していないのだ。仮にこの場所に例の人肉食らいの悪霊が居たとしたら、彼の呪印がたちまち熱を発して痛みを与えてくるのだ。
逆に言えばそれがなければここには居なくて、反応があれば近くに居るという事が容易に分かる。この情報は鳳二からのもので呪印にはそういった特性があるらしいのだ。
「ま、まてよ幽香……。あれって”影”ってヤツなのか?」
優司は震える声で隣で相手の様子を伺っている彼に声を掛ける。
「そうだね。あれは影が自立して動いている悪霊の一種さ。その多くは死んだ人の影らしいけど、たまに生きてる人の影が何らかの意思を持って自立してこの世界を徘徊することもあるらしい」
それに対して幽香は少しだけ刀を抜いてから返事をすると、二人の前に佇んでる人型の悪霊は”影”と言いランクはB級となっている悪霊だった。
「なるほどな。……ってことはあの影さえ倒したら俺達は無事に、表の世界に戻れる可能性がある訳だな」
優司が両手に構えた拳銃を影に向けて照準を合わせていく。
「うむ。だけど気をつけて優司。影自体の攻撃はそんなに驚異じゃないけど、ヤツは闇の中を自由に移動して攻撃してくるからね」
横からは幽香が影の攻撃パターンについての情報を伝えてきた。
そもそも優司にとってこれらは全て初見であり何もかもが警戒対象となりうるのだ。
「よっし、んじゃ俺達が先制して一気に終わらせてやるぜ!」
そう意気揚々に優司が叫びながら両手に持っている拳銃の引き金を同時に引くと、弾が二発同時に影に向かって飛んでいく。
幽香は彼が放った発砲音を合図としてか刀を引き抜くと影に向かって走りだした。
「莠コ莠コ髢」
優司が放った弾丸が影の両肩を撃ち抜くと影は何か音のようなものを出して彼らの方に顔の部分を向けてきた。だがその僅かな間にも幽香が影に接近していて、彼が横一直線に刀を振るうと影は上半身と下半身が真っ二つとなり床に転がった。
「……なんだよ。B級の悪霊っつてもゲイザー以下じゃないか。これなら的が小さいゲイザーの方がよっぽど厄介だぜ」
幽香の攻撃によって真っ二つになった影を見ながら優司は肩を竦めて言葉を呟く。
「そう決めつけるのは早計だよ優司。……現に見てよ。僕の両足はヤツの手によって掴まれて動けない状態さ……」
ゆっくりと幽香が振り返ってくると額には少量の汗を流している。
「なっ……!?」
優司は彼の足元へと視線を向けると体が固まった。確かに幽香が立っている床からは何本もの黒い腕が生えて、がっしりと彼の両足を掴んでいるのだ。
「くッ! 急いでその腕を切れ幽香! 俺の攻撃では下手したら足を撃ち抜いてしまう!」
体は硬直してしまったが何とか現状を把握すると幽香に動くように声を掛ける。
「言われるまでもない。とっくにやってるさ。でも……この腕は無限に生えてくるのか、何度切り落としてもキリがないんだ!」
幽香は刀を持ち直して刃先を黒い腕の方へと向けて振り下ろしているが、一本腕を切り落としても直ぐに次の腕が足に絡みついてきて埓が明かない状況なのだ。
「だから……っ! 優司にはこれの本体を探してきて欲しい! そうすれば何とかなる筈だから!」
幽香は尚も自身の足に絡んでいる黒い腕達を切りながら言ってくると、その様子は何処か焦りからなのか乱雑なものに優司は思えた。
しかし優司が幽香の足元を注視していると、
「お、おい待てよ……。俺の見間違いか? 幽香の足が床の中へと引きずり込まれてないか……?」
彼の足元が徐々に下に向かって引っ張られ始めていて踝辺りは完全に床へと沈んで見えなくなっていた。けれど状況は酷く、気づけば先程まで真っ二つになって横たわっていた影すら居なくなっている状態だ。
「そうだよ……。だからそれも踏まえて本体を探してきて欲しいんだ。差し詰めタイムリミットは僕が完全にこの影に飲まれるまでかな……」
幽香が引きつった笑みのような顔を見せてくると、優司はこのままでは彼が影の中へと落とされて永遠に戻ってこられない事を悟った。
「……ああ、分かった! 直ぐに本体を見つけて祓ってくる。だからそれまで何とか耐えてくれ!」
その言葉は幽香にとっては気休め程度のものにしかならないだろうが優司はそう言い切ると、先程真っ二つになった影の本体を探すべく走り出した。
まず最初に優司が目を付けたのは三階に残っている別の教室である。
「待ってろよ幽香! 必ず俺が助けてやるからなっ!」
優司は息を荒げながら廊下を走っては次々に教室の扉を空けていくが何処にも影の姿は確認出来ず、居たとしてもゲイザーや
「チッ、くそ悪霊共が! 俺の邪魔をするんじゃね――ッ!」
怒りに身を任せて優司が小物の悪霊達に向けて銃弾を乱射し始めると、彼が冷静な思考を取り戻したのは目の前の悪霊を一匹残らず祓ったあとであった。
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