第26話 カフェ

早足で私は約束していた喫茶店に入る。レトロな店内に入るとジャズが流れていた。1番奥のソファ席に座ると、ホットカフェオレを頼んだ。十分ほど、ジャズを聴きながら携帯をいじっていると、入店を知らせるベルの音が聞こえ、私は待ち人が来たことを悟った。その人はこちらに気づくと真っ直ぐ向かってくる。

「尼崎さんですよね?」と黒髪の女性は綺麗な声でそう聞いてきた。ゆったり存在感のある黒いロングコートはインナーに白いニットを合わせているため、顔まわりが明るく見えた。さらに単色デニムパンツで足元が引き締まり、元々良いスタイルが更に良く見えた。胸元には変わった形のネックレスをしている。女の私から見ても、その人は綺麗だと思った。

「はい、しょうこ先輩」と私は軽く会釈をした。

店員がメニューと水を持ってきて、しょうこ先輩はアイスティーを頼んだ。

「それで…何かお話しがあると聞いたのですが」としょうこ先輩は、上着を畳むと膝の上に置いた。

「はい、しょうこ先輩に謝りたいことがあります」と私は緊張しながら答える。

「そうですか、実は私からもお話があるんです」としょうこ先輩はどこか悲しそうに外を見つめた。

「あの…尼崎さん、私からお話ししてもよろしいですか?あなたが言おうとしていることも大体は理解しているつもりです」としょうこ先輩は言った。全体的に落ち着いて見えるのは年上だからというよりは、何かを諦めて期待していないようだった。

「どうぞ」と私は了承する。

「私は以前、古池連歌君とお付き合いをしていたことがあります。その時に、ちゃんと振られなかったので、今まで勘違いをしてストーカーの様な付き纏う行為をしてしまいました。尼崎さんは大変不快な思いをされたと思います。本当にすみませんでした。ですが、それも今日までです。私は今後一切関わらないようにします」としょうこ先輩は綺麗な謝罪をした。


その時、私は唖然とした。やはり先手を譲るべきではなかったのだ。私は涙が溢れてきた。

「先輩!しょうこ先輩!顔を上げてください。謝るべきは私なんです!古池先輩が記憶を失ったのは、私を庇ったせいで車に轢かれたからなんです」と私は悲鳴をあげるように言った。狡い私を卒業しなければいけない時が来たのだ。私は次々と自分の罪を打ち明けた。

「それに、私は先輩が轢かれた後に、怖くなってその場から逃げ出しました。救急車を呼んだのは近所の人だそうです。発見が遅かったら、先輩は植物人間だったかもしれません。それから、先輩が記憶を失った事をいいことに、私は何食わぬ顔で近づいて、お見舞いすることで、勝手に罪を償ったような気分になりました。ですが、今、気づけば私がしていたことは罪を重ねていたに過ぎません。その上、先輩と付き合って、自分だけいい思いをしました。大学で何度かしょうこ先輩の姿を見かけました、その時は見たことがあるな程度だったんですが、次第に同じ高校の先輩だと思い出しました。ですが古池先輩にその事を黙ってました。全ての元凶は私にあって、しょうこ先輩は何も悪くありません。今日、古池先輩とは別れて来ました」と謝りながら、怖くて目を背けそうになった。しょうこ先輩は私の懺悔を静かに聞いていた。


「………そうだったんですか。……少し、私の話をしますね。連歌君と…。あの、言い慣れないので、連ちゃんでもいいですか?」

「はい」と私は頷く。

「連ちゃんと出会ったのは、私が高校2年の時です。連ちゃんが『一目惚れした』と私に告白してくれたんです。ですが学年が違うため、私は連ちゃんのことを全く知らなくて、びっくりして断ったんです。そうしたら諦めて帰ったんですが、次の日また告白されて、私が断って、それを繰り返して…結局根負けして付き合うことになりました。段々と仲良くなって、一緒にお昼を食べるようになりました。連ちゃんは毎日売店でパンを買って食べていたので、私は連ちゃんにお弁当を作ることにしたんです。そうしたら、私の生姜焼きをとても褒めてくれて、私は嬉しくて何回も作りました」と楽しそうにしょうこ先輩は話した。

私はその話を黙って聞いていた。私がまだ入学すらしていない時の話だ。古池先輩がそこまで、1人の女性に猛アタックする姿を想像できなかった。

「すみません、話が逸れてしまいました」としょうこ先輩は軽く頭を下げた。それが、嫌味に聞こえないほどに彼女は優しい。

「いえ、続けてください」と私もつられて頭を下げた。

「つまり、何が言いたかったかというと、私は大学で初めて連ちゃんに会った時、本人だと確証が持てませんでした。名字が池田から古池になっていたこともありますが、性格がとても明るかったんです。事故に遭い大変だったはずなのに、私が知っている連ちゃんよりも無邪気で楽しそうで笑顔が溢れていました。それは、尼崎さんとぴょん吉さんのおかげだと思います」としょうこ先輩は笑った。

「私を責めないんですか?」と私はまた泣きそうになる。

「…尼崎さん、私も褒められないようなことをしました」としょうこ先輩は顔を下げる。

「大学で初めて連ちゃんに会った時、私は本人か確かめるためにすぐに電話をかけました。ですが、着信拒否されているようで繋がなかったんです。その時、私は我慢できず拾った鍵を使って家に侵入しました。暗くて電気のスイッチの場所が分からず、玄関の靴に躓いてしまって、綺麗に並べて中に入りました。連ちゃんと同じ服を持っているかどうか見た後に、不意にソファに座ったら、テレビがいきなりついてびっくりしちゃって。実はリモコンを踏んでしまっていたみたいで、電源を切って机の上に戻した時、ぴょん吉さんの大きな声が聞こえて、私は慌てて鍵を閉めて帰ったんです。また少し脱線しちゃいましたね」と言い、しょうこ先輩はアイスティーを少し飲んだ。

「そうだったんですね」と私は頷いた。

「でも、家に入っても確信を得られませんでした。その後も、好きな食べ物が一緒かどうか確認したくて、学食のゴミ箱を漁ったり、跡をつけたりしました。本人には結構気付かれていたらしくて、私自身の行いが自分の首を絞める結果になりましたね」としょうこ先輩はぎこちなく笑った。

「しょうこ先輩がそんなことをする羽目になったのは私のせいです。本当にすみませんでした」と私は深く謝る。沈黙ができて、ジャズの音が頭の中に響いた。

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