第25話 回想

「お前、その顔、冗談だろ……」と先輩は嫌悪感を顔に出してそう言った。

 その時の私の顔は酷かったと思う。目から涙が流れ、顔が歪んだ。耳が痛くなるほどの静寂の後、先輩は慌ててナースコールを押した。次の日から私は病室に行かなくなった。


それから、私はせんぱいが1番可愛いと言った尼崎えるになろうと努力した。私の容姿を馬鹿にしたせんぱいを、綺麗になって見返してやろうと思った。そして最高の瞬間に私から別れを切り出してやるのだ。


だけど、仲良くなると、意外にも先輩が恋愛に奥手ということが分かり、警戒心を解くためにかなり時間がかかった。そして計画は少しずつ狂っていった。こんなにも覚悟を決めて頑張ってきたのに、私はせんぱいやぴょん吉と過ごすうちに、尼崎であることが楽しくなってしまった。友達でいたいと思ってしまった。そんな油断からか、本当の尼崎ならば絶対にしないような、合コンに行くことを怒ってしまったり、以前のように太らないためにあまり食べないようにしていたのに、大盛りのパスタを食べてしまったりした。


「トイレに行く」と言って2人が消えたとき、私はすぐに合コンに行くのだと分かった。私はすぐに、後を追ってせんぱいをつけた。だが、せんぱいは私の尾行に気づいたのか、駅で撒かれてしまった。


その後、せんぱいの様子を見て焦った。どうやら合コンで知り合った女性とデートに行くことになったらしい。ぴょん吉を誘い、さりげなく近くのファミレスに行った。ドリンクバーで耳を立てて2人の話を聞いていたが、どうやら、せんぱいはデートに失敗したらしい。私はつい喜んでしまった。私は性格がどんどん悪くなっているように感じる。いつの間にか、他の女性の名前が上がり、興味が出た私は席に戻ることにした。

「尼崎、何か奢るよ。お腹がいっぱいなら今度にするけど」と先輩はまた奢ってくれるらしい。

「いいの!?せんぱいありがとう!える、スペシャルパフェが食べたい」と私はメニューを指さした。

「おい、ずりーぞ、尼崎に奢るなんて!俺にも奢ってくれよ」とぴょん吉は子どものように訴えていた。

「えーでも、ぴょん吉は可愛くないじゃん」とせんぱいはさっきのパターンをやり返した。ぴょん吉は笑っていたが、私は固まってしまった。ぴょん吉は可愛くないということは、私を可愛いと言っているのと同じように思えたからだ。ぴょん吉は「トイレに行く」と言って席を立った。気を遣ってくれたのかもしれない。友達を長いことしていて気づいたが、ぴょん吉はいい奴だと私は知っている。


注文した巨大なパフェがテーブルに届く。

「そういえば何でストーカーの話になったの?」と私はパフェを食べながら聞いた。「4日ほど前にストーカーされたんだよ」とせんぱいは答えた。

「え…………あはは。そーなんだ」と私は反応に困った。駅まで尾行してしたことがやはりバレていたのだ。

「しばらくは誰とも付き合う気ないから、その人にも伝えておきたいんだけどな」と食べ終えたプレートに残った粒コーンをせんぱいは食べている。

「えぇ!何で?ストーカーされたから?」と私は振り向きカップを倒した。

せんぱいは紙ナプキンで拭きながら「そうだな」と軽く相槌を打った。私は計画がまた遠ざかったことに嬉しような焦るような微妙な気持ちになった。誰が尾行していたかバレていないあたり私は相当運がいい。

「そっか……。でも、絶対なんてことはないでしょ?」と私はせんぱいを見上げた。

「どうだろう」とせんぱいは首を傾げていた。

「せんぱいにもきっと運命の人が見つかるはずだよ!」と私はせんぱいの背中を軽く叩いた。願わくばその人が自分よりも早く現れないように祈りながら。


ある日、私は大学で全速力で走るせんぱいを見つけた。後を追うと人気のない階段にせんぱいは腰をかけている。私はチャンスだと思った。元気のない時に優しくされると人は弱い。


「せんぱいどうしたの?」と私は背後から声をかける。せんぱい驚いていた。

「なんだよ、尼崎か」

「なんか元気ないねぇ」と私は横に座った。

「尼崎この後授業だろ、行かなくていいのか?」

「うーん、いいや。今日はサボっちゃお」と私は階段を降りて「せんぱい、今からえると遊び行こうよ」と勇気を出して誘った。だが、鈍いせんぱいは「いいよ、ぴょん吉も誘う?」という返事をしてきた。

「えぇっと、ぴょん吉は今日用事があるらしいから」と思わず私は嘘をついてしまった。


「あぁ!こんなところに病弱くんシリーズがある!」と私は中に入るとガチャガチャコーナーに走った。

「なにこれ?」というせんぱいの質問に油断してオタク”薬師寺珠緒”が出てしまった。

せんぱいはせっかく取ったシークレットを私にくれると言った。私は「せんぱいは本当に優しいな」とそう思った。その瞬間、せんぱいはキーホルダーを落とした。私は肝を冷やした。せんぱいはあの時、病院で見た表情と同じだったからだ。嫌悪感と恐怖が同時に顔に出ていた。本当に正体がバレたのだと覚悟した。

「大丈夫?」と私は首を傾げる。

「ごめん尼崎、ちょっと体調が悪くなったから帰ることにする。これ、本当にあげるから」とせんぱいはキーホルダーを渡すと軽く走って帰ってしまった。

次の日せんぱいは体調を崩して大学を休んだ。本当に体調が悪かっただけらしい。私は安心しながら、体調を心配するメッセージを送った。


その後、計画通りに付き合って、私は思い知ることになった。やっぱり私は先輩のことが大好きだった。3回告白してようやく付き合えた先輩と別れたくなかった。いつも一緒にいると楽しくて、その度にクリスマスになればこの関係は終わることを考えた。いっそのこと、このままカミングアウトせずに付き合ってしまおうと、邪な考えもあった。だが、そんな私の考えを分かっているかのように、また天罰が当たった。せんぱいは私の顔をあからさまに見ないようになっていった。クリスマスに向かうに連れてどんどん会話も減っていった。こんなにも狡い私はせんぱいに相応しくないと分かっていた。相応しい相手は他にいるのだ。

「……もう十分復讐したから、別にいいよ。この観覧車が終われば私たちは他人。もう顔も合わせることもないようにするから」とさっき先輩に言ったことを思い出した。私は上手く演技を出来ていただろうか。出来るだけ冷たくしたつもりだが、ちょっと未練を残して欲しいと思ってしまう私だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る