第24話 罪の告白3

先輩と別れたあと私は駅まで振り返らずに走った。そうしなければ、尼崎に戻ってしまいそうだった。今日、尼崎えるは死んだのだ。そして走馬灯のように今までのことが思い出された。

 私が初めて先輩に会ったのは、高校1年の時だ。最初はただ顔がかっこいいという理由で興味を持った。その時の私は、正直言ってオタク剥き出しの冴えないやつだった。一重だったし、食べることが好きなため、ぽっちゃりしていた。今と違って、黒縁のメガネと前髪で他人の視線から自分を守っていた。それでも少女漫画やアニメが私の世界を広げてくれた。遠くから先輩を見ているだけでよかった。だが、2年生になり、尼崎えるというぽっちゃりした女の子が先輩に告白して成功している漫画を読んだ。その漫画に影響を受け、何を血迷ったのか先輩に告白してしまった。先輩が卒業する前に一度告白したかったというのもあった。

「薬師寺さんごめんなさい、今は好きな人がいるので」その時の先輩の反応は確かこんな感じだ。

振られるのは当然だったと思う。漫画のぽっちゃりした女子は可愛くなる努力していたし、先輩も尼崎えるの性格が好きな設定だった。何より、漫画の話を真に受けた私が悪いのだ。だが、今まで告白なんてしたことがなかった私は、分かっていてもひどく落ち込んだ。涙が滲んで、視界が霞む。その日の帰り道、私は前をよく見ないで歩いていた。いつも、人の視線から守ってくれたメガネと前髪は、信号が赤に変わったことを私に気が付かせなかった。

 

「あぶない」という声が聞こえて、先輩は入れ替わるように車に轢かれた。


 私は怖くて堪らなかった。頭から血を流す先輩はぐったりと動かない。先輩を轢いた車は田んぼに落ちて、ボンネットがひしゃげていた。私にはどうすればいいのか分からなかった。パニックになり、私はすぐにその場から逃げ出してしまった。  


次の日から私は不登校になった。元から出かけることが少なかった私は、家に一度でも篭ってしまえば出ることは不可能に近い。ただ、今の自分の部屋で怯えていた。先輩はどうなったのだろうか。あの運転手は助かったのか、私は訴えられるのか。そういった悩みが頭の中でぐるぐると歪んで不気味に大きくなっていた。耐えきれなくなった私は恐る恐るニュースを見た。

「熊本県、阿蘇市の57号線で、タクシーが横断歩道に突っ込み、歩行者の池田連歌さん(18)が重体となる事故で、運転手の男性(65)が事故直前にくも膜下出血などの脳卒中を起こした疑いがあることが分かりました。警視庁は男性が運転中に意識を失い、横断歩道に突っ込んだとみて詳しい経緯を調べています。

 事故は午後6時ごろ発生。通りかかった住民により消防に通報がありました。運転手は病院に搬送され、心肺停止となっています。

 警視庁によると、タクシーは横断歩道で歩行者を轢いた後、10メートル先の田んぼに落ち、停車しました」と淡々と情報が流れて、事件当初のCG映像が始まった。


その映像を見て、母は「怖いわね〜。田舎道だから監視カメラもないし」と呑気に朝食を食べている。私は久しぶり携帯を見た。オタク友達から「大丈夫か」とメッセージが来ている。私が先輩のことを好きだと知っているためか、先輩が事故にあったことがショックで休んでいると思っているようだった。大丈夫だと返信して私はまた部屋に籠った。私があの時、赤信号に気づいて渡らなかったら、先輩は事故に遭わないで済んだ。その事実はどんなに考えても無くならなかった。


その後、オタク友達から先輩の入院先と記憶喪失について教えてもらった。記憶喪失について聞いた時、私はつい安心してしまったのだ。運転手が持病で亡くなって、先輩は記憶喪失になった。そんな都合の良い展開に、ホッとしてしまった自分が最低で醜くかった。まるで自分から自白しろと言われてるような気分だ。その日から、私は変わろうと決めた。醜い自分から、本気で変わりたいと願った。学校に行き、その後に先輩がいる病院に向かった。


恐る恐る病室に入ると、下を向いて先輩の前で固まってしまった。本当に先輩は記憶を失っているのか分からない。しばらくの間、先輩は外の景色を儚げに眺めていた。

「あの……何か?」と先輩は私の顔を見てそう言った。

「本当に……記憶を無くしてる」と私は小さな声でつぶやくと果物ゼリーを渡して、自己紹介をして帰った。次の日には暖色系のガーベラという花を持っていった。その次の日は、暇潰せるようにと恋愛漫画を持っていくと、どれほど面白いのかおすすめして帰った。そうして少しずつ先輩と打ち解け始めた。先輩は私のおすすめした恋愛漫画に出てくるヒロインの中で尼崎えるが1番可愛いと言っていた。先輩との話題は季節の話や、スイーツ、漫画、猫、昨日見た夢の話など、どれも当たり障りのない内容だったが、そんな気を使わなくていい会話が楽しかった。懺悔のつもりで、毎日通っていた私だが、次第に邪な気持ちが出てきた。“また告白できる”とそう思ってしまったのだ。


そんな生活が1ヶ月程、続いた時、私はいつものように病室に訪れた。だが、その日はいつもの制服ではなく、私服を着ていた。白いセーターに紺色の大きめのダッフルコート。ジーパンにブーツを履き、少し髪型を変えていた。縁の太いメガネを外して、耳にはお気に入りのイヤリングをつけていた。

私は言った「古池先輩のことが、前から好きでした。私と付き合ってくれませんか?」と。それが正しくない事だと分かっていた。だからこそ天罰が当たったのかもしれない。先輩の口から出たのは、告白の返事などではなく“大量のゲロ”だった。

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