第19話 デート2

だが、次の日になってもぴょん吉から、その事が出てくる気配はない。隠し事はお互い様だと思い、言ってなかったが、僕は尼崎と付き合い始めたことを打ち明けた。ぴょん吉の反応は微妙なものだった。

「………そうか。………よかったな。俺は今まで通りに2人に接するけどいいか?」と何か別のことを考えているようなそんな返事だった。

「あぁ、その方が嬉しいよ」と僕は笑う。いつもなら気にならないような微妙な沈黙が出来た。ぴょん吉も普段なら、聞いていないような授業に、集中しているようだった。それは僕に話しかけるな、と言っているようで僕はこの前の事を聞く気になれなかった。


「せんぱい!聞いてる?」と尼崎の声で僕は考え事をやめた。ここ1ヶ月ほど、ぴょん吉とぎこちなくなってしまったのは、尼崎と付き合うようになってからだ。分かってはいたが、尼崎と付き合って更に、3人の関係も続けたいというのは僕の我儘なのかもしれない。

「あぁ、えっと何の話だっけ?」と僕は会話の内容を思い出そうとする。

「ポケベルが鳴るまで、あっち向いてホイしようよ」と尼崎は右手を出してきた。周りを見渡すとフードコートはかなり空いている。少しくらい声を出しても注意されないだろう。

「いいよ、ついでに負けた方が水取ってこよう」と僕も強気で右手を構えた。

「最初はグー、ジャンケンポンッ」と同時に出し、尼崎が勝った。そして尼崎に手につられるように、右を向いてしまった。ストレートで負けた。

「なぁ、3回勝負にしよう」と僕は悪あがきをする。

「別にいいよ、そもそも、せんぱいが水なんて条件を付け足したんじゃん」と尼崎は笑いながら再び手を出した。そしてジャンケンに負けると、僕はまたストレートで負けた。

「ちょっと待ってくれ、尼崎。次は紙でも携帯のメモでもいいけど、どっちに指を差すかあらかじめ書いておいてくれないか!」と僕はまた悪あがきをした。

「えー、あっち向いてホイってそんなゲームじゃないよ?」と尼崎は再び笑った。

「あー、やらないってことは、尼崎は僕の首の動きに合わせて、指を動かしていることになる。つまりは動体視力のゲームになってしまっているんだよ!」と僕は大袈裟にいちゃもんをつけた。

「何でそうなるの、せんぱい弱すぎでしょ」と尼崎は笑っている。

「いいのかよ!尼崎は今疑われてるんだぞ?悔しくないのかよ」と僕は尼崎を煽った。疑っているのも僕だし、いちゃもんをつけているのも僕だった。

「分かったよ、じゃあメモに書くから」と携帯を出したところで、この条件で負けたら流石にまずいと思い、別のゲームを提案した。

「そもそも、尼崎が用意したゲームは僕に不利だ」と僕はデタラメを言う。

「あっち向いてホイって1972年からあるらしいけど」と尼崎は笑いながら携帯を見せてきた。

「そうだな、いっせーのーせ、で勝負だ」と僕は尼崎の携帯を無視して話を進める。

「分かった」と尼崎は手を出した。先行を決めるジャンケンで尼崎に当たり前のように負けると僕は渋々両手を出した。

「いっせーのせっ1」と言う尼崎の掛け声で僕だけが指を1本あげていた。尼崎は出していた腕を引く。

「尼崎やるな、そういえば料理遅くないか、まだ鳴ってないよな?いっせーのせっ1」と僕はほぼ反則のような手を使い、腕を引く。

「ずるーい!」と尼崎は抗議していたが、僕は済ました顔で取り合わない。

「いっせーのせっ0」と尼崎は早口で言った。その瞬間、僕は反応できずにいつのまにか負けていた。

「僕に追いつかれる事をビビったな。0であがるのはずるいわ。そもそも先行を取ったら勝率は55%らしい。結局、尼崎がジャンケン強いだけじゃないか!」と僕はそれでもいちゃもんをつけた。

「勝率55%だったら割とフェアなんじゃない?」と尼崎は笑う。たしかにそうだなと僕は心の中で納得してしまった。僕も本気でいちゃもんをつけているわけではない。こんなくだらないことでも付き合ってくれることに僕は嬉しかった。


その瞬間、尼崎がまた一瞬”カエル”に見えた。僕はその場で凍りついたように動けなくなった。

「どうしたの?せんぱい大丈夫?」と尼崎はこちらを心配するように見てくる。最近は、ふとした瞬間に尼崎がカエルに見える事が多くなった。最初は気のせいだと考えていたが、無視できないほどの頻度になっている。このままいけばいつか、尼崎は完全にカエルになってしまうのではないかという不安で僕は眠れないほどだ。

「いや、なんでもない。約束通り水とってくる」と僕は席を立った。今こそ試されているのではないだろうか。付き合おうと決めた時に、カエルになっても構わないと思っていたじゃないかと自分を鼓舞した。だが、現実に尼崎がカエルになる瞬間が目の前に来ると、堪らないほどに苦しいのだった。

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