第15話 ガチャ
大学近くにある、ゲームセンターに僕と尼崎は来ていた。
人気はほとんどなく、店員すら見当たらない。ゲーム機は日を浴び続けたせいで色褪せており、蜘蛛の巣が貼っている。ゲームの景品は魅力的なものがなく、直接買った方が安いものばかりだった。
「あぁ!こんなところに病弱くんシリーズがある!」と尼崎は中に入るとガチャガチャコーナーに走っていく。埃が溜まった台には「病弱くん3」と大きくパッケージされている。見た目は、頼りないひょろひょろの線がかろうじてキャラクターの輪郭を作り、顔はどの種類でも全く同じ困り顔だった。輪郭と顔以外は基本白い。
「なにこれ?」と僕は尼崎と同じ目線までしゃがみながら聞いた。
その質問を待っていたかのように尼崎は目を輝かせながら教えてくれる。
「せんぱい知らないんですか?これは今女子高生人気の病弱くんシリーズですよ!色々なタイプがあって、1番王道なのはノーマルタイプなんですけど。他には人間タイプ、細菌タイプ、植物タイプとかがあって、私はこの困っている顔が可愛いなぁと思うんです」
「へー、というか何で敬語?」と僕は尼崎の圧に驚きつつ聞いた。
「あはは、病弱くんへの敬意が出ちゃった」と尼崎は照れた。
全く知らないキャラだがシリーズが3まで出ているということは、尼崎が言った通りそれなりに人気があるのだろう。
「じゃあ、1回やってみようかな」と僕は財布を出す。
「せんぱいがんばれ、シークレットもあるから」と尼崎はガッツポーズをしている。財布を覗くと、百千玉がないことに気づいた。周りを見渡し、両替機を見つけると歩き出す。途中何となく見ていた、クレーンゲームの1つに僕は釘付けになった。乱雑に置かれた景品のウサギのぬいぐるみに見覚えがあったからだ。先程、嘉元しょうこが手に持っていたものと同じものだ。気分展開のためゲームセンターに来たようなものなのに、結果的に嫌なことを思い出してしまった。
「せんぱい!早くー」という尼崎の声で僕は再び歩き出した。病弱くんのガチャガチャは1回300円と良心的だ。ノーマルタイプは第一弾にしか入っていないらしく、ネットでは値段が高騰しているんだとか。尼崎からノーマルタイプの画像を見せてもらったが、ナメクジのような見た目だった。僕はお金を入れてガリガリと回す。カプセルを開けるとラバーのキーホルダーが出てきた。
「それは細菌タイプのアメーバだね」と尼崎が解説してくれる。
「これはレアなの?」と僕は病弱くんを吊るして、疑わしい目で眺めた。
「それは、普通のやつ。でも細菌タイプは同じやつでも微妙に形が違うから被っても大丈夫だよ」と微笑んでいる。尼崎が楽しそうで何よりだった。
「シークレットが欲しいな」と僕はもう1度、お金を入れて回した。出てきたのは、機械タイプの飛行機だ。それにしても果てしなく種類を作れそうなシリーズだなと感心する。
「頼りなさそうで可愛いよね」と尼崎は反応したが「絶対乗りたくないなこの飛行機」と僕は心に中でそう思った。最後にもう1回だけ回すことにした。欲しくなくてもノリで回してしまうことが、ガチャガチャの魅力でもある。カプセルを開けると、すぐに今までと違うことに気づいた。白黒ではなく、オレンジと茶色の色が付いている。
「せんぱいすごい!それシークレットだよ!太陽系タイプの土星」と尼崎は軽くジャンプしていた。
「まじか!」と僕も嬉しい気持ちになる。第三弾で土星ということは、第九弾でようやく太陽にたどり着くことができるのだろう。
「私も持ってないのに、3回で当てちゃうなんて!」と尼崎は自分のことのように喜んでいる。
「これあげるよ」と僕はキーホルダーを尼崎に差し出した。
「え、でも。悪いよ」と尼崎はやんわりと断った。
「良いって、僕が持っているより尼崎が持っていた方がいい。宇宙のことは頼んだ、太陽系を完成させてくれ」
「何それ重いって」と尼崎が笑う。その時、僕は幸せだなと感じた。こんなにも仲の良い友達がいて、大学をサボって遊んでいるこの状況に僕は完全に浮かれていた。だからだろうか、その瞬間に尼崎の顔は”カエル”になった。いや、カエルになったように見えた。瞬きと瞬きの間、その僅かな幸せの隙間に、切り込むように彼女は一瞬カエルになり、そしていつもの尼崎に戻った。
何が起こったのか分からず、僕はその場で固まるとキーホルダーを落とした。そこでようやく僕の意識が戻ってくる。
「あぁ!はいこれ」と尼崎はキーホルダーを拾い、僕に持たせてくれた。
「……ありがとう」と僕は気のない返事をした。尼崎の顔は確かに人間に戻っていた。今までこんなにも早く戻ったことはない。そう考えると、さっき見たことが嘘のように現実味がなかった。見間違えたのかもしれない、そう僕は自分に言い聞かせた。
「大丈夫?」と尼崎は僕の様子を見て首を傾げる。
「ごめん尼崎、ちょっと体調が悪くなったから帰ることにする。これ、本当にあげるから」と僕は尼崎にキーホルダーを渡すと軽く走って帰った。
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