第13話 ストーカー

「古池〜こっちこっち!」とぴょん吉は奥の席から手を挙げた。店内は勉強する大学生で混み合っていた。その騒がしさが先程の車の騒音とは違い胸の奥があったかくなった。

席に座るとメニューに目を通す、全部吐いたせいか何か食べたかった。生姜焼きもあったが今は違うものが食べたい気分だった。チーズインハンバーグを注文する。

「あれ、尼崎は?」と僕は上着を脱ぎながらぴょん吉に聞いた。

「ドリンクバーに行ってる」とぴょん吉は食後のデザートを食べつつ、視線でドリンクバーを示した。尼崎が、ジュースが出てくるのをそわそわしながら待っているのが見えた。

「それより、何をやらかしたんだ?」とぴょん吉は小声で聞いてきた。

「ぴょん吉が言った通りだよ。肝心なところで自分からブレーキを踏んだ」と僕は一口水を飲んだ。

「ブレーキ?古池、運転免許持ってるのか」と、とぼけるぴょん吉。

「いや、例え話だから。アドバイスしたことが、今になって恥ずかしいからって無かったことにするなよ」と僕は段々と自分のペースを取り戻していた。

「悪かったよ」とぴょん吉は笑った後、僕の話を促す様にじっと黙った。

「キスされそうになって逃げてきた」と僕は正直に話した。周りの話し声や、食器にスプーンやホークがぶつかる音がやけに大きく聞こえた。

「何が嫌だったんだ?」とぴょん吉はふざけないで聞いてくる。

「真希さんは良い人だと思う。僕がダメなんだ、全部僕に原因がある」と僕はあえて何でもなさそうに明るい声で言った。

「……あんまり思い詰めるなよ。恋愛がうまくいかない時、どっちかが完全に悪いなんてことはないだろうしな」とぴょん吉はデザートをひと口食べた。

「お前って良いやつだよな」と僕は感心する。

「そうか?古池って妹いたよな、今度紹介してくれよ」とぴょん吉は悪ぶりながら言った。僕には、照れ隠しで言っていることがすぐに分かった。

「別にいいけど、熊本まで行かないと会えないよ」と真面目に返す。

「冗談だって」とぴょん吉は呆れ顔で水を飲んだ。


少しの沈黙の後、ぴょん吉は何か思い出した様に話を切り出した。

「そういえば、あの鍵を拾ってくれた子いたじゃん。この前、学食でゴミ箱を漁ってたのを見たぞ」

その言葉に僕は一気に寒気がした。そういえば、その問題が解決していないのだった。恋は盲目とは良く言うが、こんな重要なことを忘れているとは、僕は意外と真希さんに夢中になっていたのかもしれない。いや、真希さんが好きというよりは恋愛が出来るようになりたかっただけだろうか。

あの子がなんて名前だったか僕は記憶を探る。1回しか聞いたことがないが、すんなりと名前が出てきた。

「嘉元しょうこ……さん」

「そんな名前なんだ、あの人」とぴょん吉はスプーンを咥えながら喋る。


僕は4日前の家に帰った時の話を思い出しながら出来るだけ詳細にぴょん吉に相談した。

「気のせいって可能性はないのかよ」とぴょん吉はにわかには信じがたそうに言った。

「う〜ん、いや多分」と僕も4日前の記憶が薄れていた。だが、記憶にはあの時の恐怖は確かに残っている。

「イケメンにはイケメンの悩みがあるんだな」とぴょん吉は納得したように腕を組んだ。

「やめて欲しいけど、今のところ接触もしてこないから、こっちから行くのも変だしな」

するとぴょん吉は携帯を出してストーカーの対処法を調べてくれる。

「1番大切なことは、ストーカーを刺激しないことらしい」と画面をこちらに向けてきた。やはり、そっとしておく方がいいかもしれない。遅めに届いた熱々のチーズインハンバーグを食べながら、僕は問題を先送りにした。


「俺はストーカーでも可愛いならありだけどなー」とぴょん吉はさらりと言う。

「他人事だから言えるんだろ。僕が追いかけ回してやろうか?」と僕は不敵に笑った。

「え、古池可愛くないじゃん」というぴょん吉の返しに、僕は思わず笑うとまたハンバーグを口に放り込む。そこでようやく尼崎がドリンバーから帰ってきた。手にドリンクバーのジュースを大量に持っている。

「何ー?何の話?」とカラフルな飲み物をテーブルに並べて、尼崎は僕の隣にちょこんと座った。

「ストーカーでも可愛いならありかって話。ありだよな?」とぴょん吉は尼崎に聞く。

「ストーカー何て怖いじゃん。一人暮らしだったら危険だよ」とアセロラジュースをストローで少しずつ飲みながら尼崎は答えた。

「ジュースありがと」とぴょん吉はグラスを引き寄せた。

「ちょっと!ぴょん吉の分ないよ」と尼崎は頬を膨らませた。

「え。全部1人で飲む気なの?」と僕は思わずツッコミを入れる。やはり、この3人で集まると和む。先程の不安も嘘のように消えていった。


尼崎を見て思い出したが、合コンに行くために「トイレに行く」と嘘をついて撒いたのだった。

「尼崎、何か奢るよ。お腹がいっぱいなら今度にするけど」

「いいの!?せんぱいありがとう!える、スペシャルパフェが食べたい」と尼崎はメニューを指さした。

「おい、ずりーぞ、尼崎に奢るなんて!俺にも奢ってくれよ」とぴょん吉は子どものように訴えてくる。

「えーでも、ぴょん吉は可愛くないじゃん」と僕はさっきのパターンをやり返した。ぴょん吉は笑っていたが、尼崎にはいまいちだったらしい。ドリンクバーに行っていたから、このノリは通じないのはしょうがない。ぴょん吉は「トイレに行く」と言って席を立った。


注文した巨大なパフェがテーブルに届く。

「そういえば何でストーカーの話になったの?」と尼崎は美味しそうにパフェを食べながら聞いてくる。よく食べるなぁと感心しつつ「4日ほど前にストーカーされたんだよ」と僕はさきほどより、思い詰めずに答えた。

「え…………あはは。そーなんだ」と尼崎から聞いてきた割に、ぎこちない反応だった。

「しばらくは誰とも付き合う気ないから、その人にも伝えておきたいんだけどな」と食べ終えたプレートに残った粒コーンを暇潰しに食べる。

「えぇ!何で?ストーカーされたから?」と尼崎は振り向きカップを倒した。

僕は紙ナプキンで拭きながら「そうだな」と軽く相槌を打った。どちらかというとストーカーのせいではないが、相手がカエルに見えるなど今まで誰にも相談したことはない。

「そっか……。でも、絶対なんてことはないでしょ?」と尼崎はこちらを見上げてきた。

「どうだろう」と僕は願うように小さな声で言った。

「せんぱいにもきっと運命の人が見つかるはずだよ!」と尼崎は背中を軽く叩いてくれた。

だが、そんな希望は2週間ほどですぐに打ち砕かれた。元々砕けていた心は、更に細かく砕かれ原型がどんな形だったのかすら分からなくなっていくのだ。

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