第12話 デート

僕は学食で、家から持ってきた生姜焼き味のカップラーメンを食べながら真希さんとメッセージをやりとりしていた。家で食べるだけでは消費しきれないため、ここ最近は学食にあるポッドからお湯を注いで食べていた。

不意に視線を上げると、学食の丸テーブルで食べている別々のグループ2、3人と目が合い、それら全てが瞬時にカエルになった。何度か目があっているなとは思っていたが、意識した途端にこうなる。僕はメッセージの返信へと戻ることでカエル気持ち悪さを打ち消した。カラオケの後、会話はとんとん拍子に進み。僕は真希さんと3日後にデートすることになった。顔を合わせないメッセージでの会話は僕に向いていた。

そもそも何故真希さんは僕なんかを好きになってくれたのだろうか。女性の顔もまともに見れない、うぶな奴とでも思ったのかもしれない。麺を食べ終えると1口スープを飲む。次の授業までは時間があるため、デートの計画を立てることにした。今までの経験から分かっていることがある。今までは、意気込みでどうにかしようとしていた。今回はアプローチを変える。そうして、試行錯誤して3日が経った。


作戦1・デート当日までに、諸悪の根源、本物のカエルになれることでトラウマを無くそう。

結果 <失敗>本物のカエルは飛ぶから恐ろしい。


作戦2・サングラスをかけることに相手の顔を見えにくくする。また自分が顔を見ていないことを相手に気づかせない様にできる。

結果 <成功>良いサングラスですねと言われた。


作戦3・映画に行くことで、顔を見ないままデートできる。

結果 <成功>サングラスをかけたまま見ようとして、真希さんに笑われた。


作戦4・カウンター席があるお店に行く。

結果 <成功>あまり視線を合わせないで済んだが、注意された。


作戦5・夜景が見える広い公園なら、暗くて顔が見えない、景色で顔を見なくてすむ。

結果 <失敗>どんなに頑張って見ないように背けても、常にカエルは嘲笑うかの様に隣にいた。食事中は更に過酷だった。レストランで食事中にサングラスをつけるのはマナーが良くないですよと真希さんに注意され、僕は渋々外した。育ちの良さそうな真希さんはマナーには厳しかった。僕は、吐き気を堪えながらパスタを無理やり胃に収めると、トイレで全部吐いた。真希さんの性格は良い人だと分かっていても視界に映ると嫌悪感が止まらない。こんなにも努力しているのに。

最後に真希さんは綺麗な景色を見ながら僕にキスをしようとした。その時、僕は自らこれまでの努力を全てぶち壊して逃げ出した。


僕は薄暗い公園のトイレに駆け込んだ。壁には落書きが多く、トイレットペーパーは水をかけられてホールが歪んでいる。鏡は割れて、蛇口は錆で回りそうもなかった。タイルの上は砂だらけで歩く度にザリザリと音がなり、小さなトイレに響いた。

鏡に映る自分の顔を見た。我ながらひどい顔をしている。

恋人になるならキスぐらい誰だってするだろう。それが出来ない恋人は果たして恋人と呼べるのか。カエルに触れないのにキスをするなんて無理だ。

それとも、あの醜いカエルにキスすることができたら、この地獄の様な呪いも解けて幸せになれるのだろうか。いや、結局のところ御伽噺にすぎないと、自分の馬鹿らしい考えを否定した。そもそもグリム童話のカエルの王子様はキスで人間に戻るのではなく、プリンセスがカエルを壁に叩きつけると王子に戻ったらしい。”叩きつける”と戻ったということに僕は嫌な想像をした。もう一度、僕が車に轢かれればこの地獄から解放されて、自由に恋愛ができる様になるのではないか。鏡の中の僕は笑っていた。重い足を引きずるようにトイレから出る。公園から車通りが多い道に向かった。かなりのスピードで目の前を通り過ぎていく車を虚な目で眺め、僕は歩道から少しはみ出すように歩く。すると白いトラックが威嚇するようにクラクションを鳴らした。激しい音と共に風が目の前を走り去り、今まで自分は寝ていたのではないかと思う程に、呼吸が乱れて心臓は鼓動した。しばらく縁石に腰掛けていると、右ポケットに入れていた携帯が震えているのに気がついた。

「デートうまくいったか?」とぴょん吉からメッセージだ。僕は気が抜ける様に笑った。

「最悪、やらかした。もう多分会わないと思う」と返信する。

「まじかよ、今ファミレスで尼崎と飯食ってるけど来る?」とすぐにメッセージが来た。僕はすぐに向かった。

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