第11話 激励

二次会のカラオケは僕とぴょん吉だけで行くことになった。暗い個室にはドリンクバーの飲みかけのコップがずらりと並んでいる。ソファのカバーは剥がれ中の黄色いスポンジが見えている。ソフトクリームの機械はいつ来てもメンテナンス中だった。

僕は無駄に上手いぴょん吉の歌を聴きながら、画面に映る俳優が砂浜を走っているのを見ていた。

「俺がぁ!彼女出来ないのはぁああ、高木と実家暮らしのせいだぁああ」とマイクに不満をぶつけるぴょん吉。

「実家暮らしでも彼女いる人はいるよ」と僕は野暮だがツッコミを入れた。

「確かにな、でも一人暮らしの『俺の家くる?』は強すぎるって」とぴょん吉はマイクをソファに放り投げると、寝っ転がった。

そこで、僕の携帯が振動した。「今日はありがとうございました。連歌くんとお話ができてとても楽しかったです。またお話ししたいので、時々連絡してもいいですか?」と真希さんからメッセージが来ていた。すると、ぴょん吉が何かを察したのかすぐに携帯の画面を見てきた。

「なぁ、古池。お前ってイケメンだし一人暮らしだよな」

「一人暮らしなのは認めるけど、結構ボロいよ?」と僕は誤魔化した。

「そんなことはどうでもいいんだよっ!」とぴょん吉は再び、マイクを取る。そして「結局は顔じゃねぇか!顔、金、家族、大切な物は全部”か”で始まるんだぁ!!!」とぴょん吉は男泣きしていた。まるで本物のラッパーの様だった。大切な物の中に家族が含まれている点が、ぴょん吉にまだ優しさが残っている証拠だ。ぴょん吉の謎理論でいくと”カエル”も僕にとって何か大切な物なのだろうか。

「すまん、取り乱したな。で、どうするんだ?」とぴょん吉はマイクを僕の方に向けてくる。

「会話を続けることはできるけど、その先までは考えられない。結局別れることになるのに、付き合う意味はあるのかって思う時もある。」

あの地獄の様な、合コンを思い出して僕は俯いた。ぴょん吉はマイクをテーブルに置くとじっと僕の話を聞いていた。

「それに顔も写真で見る分には大丈夫だけど、会ってみたらタイプの顔じゃなかった」と僕はカエルの要素には触れず、ぴょん吉に今の心境を話す。

「さっき、顔が大事だって言ったけどあれは嘘だ。良い条件の男を優良物件って言う女の人がいるだろ?もし物件で例えるなら、顔が外装で性格は内装だと俺は思うんだ。外装は綺麗だけど内装はボロボロで住みにくい物件と、外装はイマイチだけど、いざ住んでみたら内装は綺麗で快適な物件だったら古池はどっちに住みたい?」

「……それは、内装が綺麗な方が良いな」

「だろ?中には外装も内装も綺麗な人だっているだろうけど、住むってなったらファッションや髪型に気をつけたり、デートを良い店で食事したり、自分磨きにもお金がかかる。つまりは家賃が高い。そうなると、マンションはどうなるんだ?家の中に複数人いるってことは浮気しているやつに………」

「なぁ、家の話長くないか」と僕は笑いながらツッコミを入れる。

「話が逸れたな。つまりはあれだ、友達をしていて気づいたけど、古池は考えすぎる傾向がある。あと1歩のところでいつも自分からブレーキをかけちゃうんだ。未来のことなんて誰にも分からないんだから、何も考えずに突き進んでみろよ。それに、どうせ別れるんだから付き合う意味がないなんて言うなよ。それが正しいなら、人間なんてみんな結局死ぬんだから、これからやること全部無駄になっちゃうだろ」とぴょん吉はそう言って直ぐに、だいぶ前にドリンバーから取ってきた炭酸の抜けたコーラを飲み干した。きっと照れくさくなったのだろう。だが、僕には十分に響いていた。

「俺はお前が羨ましいよ」と最後に言い残すとぴょん吉はジュースを取りに個室を出て行った。


僕もジュースを取りに行きたかったが、ぴょん吉が出て行った理由を考えるとまだ少しこの場にいなければならなかった。

ぴょん吉に言われて十分なほどに気付かされた。僕はトラウマから逃げるばかりで努力が足りていなかった。結局は自分が傷つくのが怖くて、自分が一番可愛かっただけなのだ。この勇気も時間の経過で消えていくことは分かっていた。何も考えずに僕は真希さんに返信をすることにした。

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