第10話 合コン失敗

僕は真希さんに視線を向けた。意外にも、大人しそうな真希さんは酒豪だった。大量のお酒をジョッキに手を添えて次々と飲んでいた。大量のレモンサワーが彼女の細い体の一体どこに入っているのか不思議なくらいだ。真希さんは、全体的に口数は少なく、話を聞くタイプだ。こちらが何か話すと毎回、丁寧な相槌を打ってくれる。口元に料理を運ぶ仕草が丁寧で、一口も小さかった。本来なら僕からぐいぐい真希さんに話しかけなければいけないのだが、大きな問題があった。

僕は、普段から女性の顔を見ない様にしている。理由は、相手がいつカエルになるか予測がつかないからだ。それは今回も例外ではなく、相手の顔から自然と視線が下がっていくのだ。問題は真希さんの胸が大きく、その結果、僕は話に集中できず胸をガン見しているやつになっていることだった。そうして、その事実に気づくたびに僕は顔を上げる努力をしなければならない。


だが、それも途中で諦めた。何度目か忘れたが、不意に顔を上げた時に彼女の顔はカエルになっていたからだ。やはり、料理をあまり食べなくて正解だった。お腹がいっぱいだったら確実にその場で吐いていただろう。油断した僕を現実が引き戻してくる。

こうして、僕も真希さんも話さなくなったテーブルで、活発そうな美咲ちゃんが話を盛り上げてくれ、僕と真希さんはほぼ聞き役となっていた。だが、最後の砦の美咲ちゃんもカエルになった時、僕は耐えきれなくなりトイレに立った。


「おえぇえええぇえ。おえぇ。くそ……完全に浮かれて調子に乗ってた。僕なんかにはまだ合コンは早かったんだ」と鏡を見ながら、自分の酷い顔を眺めた。一生このままなのかも知れない。そう思ったら、今ここにいることさえバカらしく思えてくる。結局こんな結末になるのに、恋愛の面倒くさい駆け引きをすることにうんざりしてくるのだ。このまま帰ってしまおうか。そう思った時、トイレのドアをぴょん吉がノックした。


「大丈夫か古池?あんまり無理するなよ、水いるか?」

「大丈夫…ちょっとだけ飲みすぎただけだ」と僕は理性を取り戻した。さっきまでのドロドロした気持ちが沈んでいく。この合コンはぴょん吉が計画を立ててくれたんだ。自分が上手くいかないからといって、ぴょん吉の方を邪魔することは出来ない。

「気分悪いなら俺のこと気にしないで今日はお開きにするか」

「いや、本当にもう大丈夫だから」と僕はトイレを出た。


席に戻ると「せっかくだから席替えしたよー」と多分、美咲ちゃんが言った。見た目がみんなカエルになり、席を変えられると誰が話しているか一瞬で判断しずらい。そして完全に、興味と集中力が無くなっていた。日本語が次第にただの音になり、何も意味を拾わなくなっていく。ただ相打ちを打つロボットになった僕だが、その中で確実に耳に残った言葉があった。

「ゲコ」と、目の前に座っているカエルが言ったその言葉は、僕の耳を抉る様だった。

「え?」と料理を眺めていた僕は不意に前を向いた。それは、あれだけ頑なに見ないようにしていた僕の顔を上げさせるほどのインパクトだった。ギョロとしたカエルの目と目が合う。

「ゲコ、ゲコ?」と目の前のカエルは首を傾げた。僕はすぐに逃げ出したくなった。ついに人間ではなくなったのだ。目の前のカエルはピンク色の舌をべろりと出した。横目でぴょん吉を見ても普通に楽しそうに会話している。あれは偽物だと何度言い聞かせても僕の胸の内側から、モヤモヤとした嫌悪感が溢れていた。心臓は警告するかのように鼓動を早めていく。長いように感じる数秒の沈黙があり、目の前のカエルは「あれ、イントネーション分かんないや!とにかく私”下戸”なんだよね」と再び舌を出した。

「…………あぁ、意外ですね」とギャルの澪ちゃんに、完全に壊された相打ちロボットはそう呟いた。


もう、合コンが失敗したことは言うまでもない。だが、更にここから酷いことになるとは思わなかった。その後、落研の高木ブリザードが本当に遅れてやってきた。ぴょん吉が教えた違う合コンの場所から、いつも合コンやる場所をしらみ潰しに回ったそうだ。その時、ぴょん吉の計画には大きな穴が空いた。

落研の高木ブリザードが何故そう呼ばれているのか、ようやく僕にもわかった。落研のくせに、オチのない話を永遠に話し続けるのだ。そして大抵の合コンは凍りついたような空気になり、誰も何も目的を達成出来ずに、帰っていくことになる。彼の参加した合コンは嵐の後のように何も残らない。故にブリザードだ。彼の話を抜粋するとこんな感じだ。

「この前、家の前に見たことのないでかいダンゴムシがいてさ、家って言ってもマンションなんだけど、しかも3階にいたんだ。で、穴の空いた使わないゴミ袋をちょうど持ってたから。それで捕まえようとした。前にも〜〜〜〜。でさ捕まえてみたらダンゴムシじゃなかったんだよね」と言っていた。それが本当はなんだったのか聞いたが、本人にも分からないらしい。長い割に、何も中身がない話だ。

 高木ブリザードは僕にとってカエルじゃないだけマシな存在だったため、後半のほとんどを無駄話に注ぎ込んだ。

その後、高木ブリザード抜きの割り勘で会計を済ませると「私たち用事があるから」と彼女達が帰っていくのを僕たちは見送った。

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