第9話 合コン開始

合コンに乗り気ではなくなったことは言うまでもないが、僕が行かなければぴょん吉が1人で3人を相手することになる。ぴょん吉は女の子に囲まれるならそれでも構わないと言いそうだが、相手は気まずいだろう。それに、この家にいたくない気持ちもあった。ぴょん吉の服から着替えると、髪型を整えて、髭を剃る。

多分誰にも見せることはないだろうが、一応新品の勝負パンツを履いた。

僕は後ろに注意しつつ、早歩きで駅へと向かった。約束した6時半には間に合いそうだ。「大学は遅刻してもいいけど、合コンは遅刻すんなよ」とぴょん吉からメッセージが来ていた。もう駅に着くため僕はあえて返信せずに、先を急いだ。周りの人が、どうしても怪しく思えてしまう。

先ほどから後ろの女性がずっと付いてきている様に感じた。だが、駅に向かう道は大体同じため自意識過剰なだけかもしれない。逃げる様に改札を通り、あえていつもと違うホームまで歩き電車に乗った。


最寄り駅の周辺はそこそこ栄えているが、その分大学生も多い。知り合いに会う気まずさを考え、ぴょん吉はあえて少し距離のある都心の駅から、徒歩5分にある居酒屋を選んだ様だ。盛り上がらなくても、わいわいとした雰囲気があり、照明の色合いが暖かく、相手の顔が見える大きなテーブル席がある。そして何よりお酒が飲める。ということが決め手らしい。また近くにカラオケがあり、二次会でそっちに向かう予定だという。時間も計算してあるそうで、7時から飲み始め、2時間ほど飲んだのち、カラオケで3時間歌う。すると、不思議なことに自然と終電間近になるという。どれだけの挫折を味わえばここまで綿密な計画を立てられるのだろうか。正直、合コンの仲間として頼もしいが、友達としてはちょっと引いた。


「女の子より、後に来るようなやつになるなよ古池」とぴょん吉は、店の前で振り返って言う。黒いキャップをかぶり、赤いエアジョーダンに緩めのダボっとしたジーパン、白いTシャツの上に黒いジャケットを着ていた。指には太いリングをしており、全体的に休日のラッパーの様な見た目だ。休日のラッパーなど1度も見たことはないが。

「はい。今日は学ばせてもらいます。師匠」と僕はふざけながら、ぴょん吉に続いて店に入った。女性の店員が1人出てきて、大袈裟に「いらっしゃいませ」というと厨房から大きな声が返ってくる。僕とぴょん吉は奥の座敷に通された。


しばらく店内で待つと、相手が3人同時で入ってきた。

「あれ?後1人はどうしたのー?」と1番手間にいる活発そうな黒髪ショートの子が聞いていた。

その問いに対して「あぁ。高木は遅れてるみたいで」とぴょん吉は平然と嘘をつく。僕は少し呆れながら、ぴょん吉に全部任せた。そもそも僕は、落研の高木ブリザードがどういう奴なのかわからない。

「事故とかじゃないならいいけど……」と隣にいた巻き髪の上品そうな人が言った。僕が写真で選んだ人だ。服装も落ち着いていて、教養のありそうな顔立ちをしていた。

「まっ、とりあえず席に着いて乾杯しよ!」とギャルが毛皮のコートを脱いで、ハンガーにかける。全員が席に着くと軽い自己紹介をして乾杯した。ぴょん吉が率先して「はじめまして、よろしくー」と音頭を取ってくれる。ジョッキがぶつかる音がして、ようやく合コンに参加している実感がしてきた。

活発そうなショートカットの子は美咲ちゃんという名前で、忙しい看護学科でありながら陸上サークルに所属しているらしい。常に良いエネルギーが体から溢れている様な、健康的な美人だった。古着と韓国のアイドルが好きということは分かった。

ギャルの子は、澪ちゃん。ノリが良く、話しやすい感じは尼崎と似たものを感じる。見た目は派手だが話してみると案外親しみやすく、男兄弟が3人もいるらしい。

巻き髪の上品そうな人は真希さんといい。趣味はピアノを弾くことや、1人で海外に旅行することだとか。あとシンプルに胸が大きい。

僕とぴょん吉も軽い自己紹介をした。何が好きか、どんなことを学んでいるか、どこ出身かを言い終えた時、視界の端でいつの間にかギャルの澪ちゃんは“カエル”になっていた。僕の前は美咲ちゃんと真希さんが座っているため、あまり見なくて済むのは助かった。


「じゃあ、えだまめと唐揚げください」とぴょん吉が最初に注文した後、それぞれが食べたいものを1品ずつ頼んでいく。ぴょん吉が1人いれば、合コンは成り立つ気がした。テーブルに頼んだものが一気に並ぶ。イカ明太子パスタ、えだまめ、唐揚げ、シーザーサラダ、焼き鳥、海老チリ。どれも美味しそうだ。

「看護学科の人って、金髪にしてもいいんすか?全然イメージないから」とぴょん吉は作戦通りギャルの澪ちゃんに話しかけている。

「実習ない時は基本オッケーなの。来月また黒髪に戻さなきゃだけど〜」

「えーそうなんだ。黒髪の時も見てみたいなぁ」と、ぴょん吉は、上手いことやっている様だ。


しばらく、料理を食べながら話が進んでいく。

「連歌くん。何か食べる?私たちに遠慮しないで食べていいんだよ」とショートカットの美咲ちゃんが、注文するタブレットを見せてきた。

「そうですね……これうまそう。これにします、ウーロン茶で」

「それ、飲み物じゃんか!」と美咲ちゃんは笑っている。だいぶお酒が回っている様で、美咲ちゃんはかなり笑いのツボが浅かった。そしてウーロン茶と言ったのに、美咲ちゃんは間違えてウーロンハイを頼んでいた。こんな簡単な伝語ゲームで失敗する人がいるとは思わなかった。

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