第8話 迷推理

その後、尼崎に「3人で一緒に帰ろう」と誘われたが「トイレに行く」と言い残して、僕らは尼崎を撒いた。尼崎には後日また何か奢ってあげることにしようと僕は心の中で謝っておいた。ぴょん吉と6時半に駅に集合と約束をして、各々の家路につく。初めての合コンがもう目前まで近ついてきていた。胸が自然と高鳴り無意識のうちに早足になる。だが、その高揚感もすぐに鎮火されることになった。


アパートの階段を1段飛ばしで登り、鍵を使って中に入った僕はすぐに異変に気づいた。ゆっくりと玄関の電気をつける。普段から遅刻すること多い僕は、靴は出しっぱなしのため乱雑に置いている。だが、全ての靴が僕の方を向いて綺麗に並べてあった。最初は小さな違和感だったものが次第に確信に変わっていく。タンスを開けると服がいつもとは違う畳み方をされていた。テレビのリモコンも普段ならソファの上にあるが、机の上に置いてあった。落ち着くために僕は、冷蔵庫から飲みかけのジンジャーエールを取り出すと一気に飲み干す。だが、逆効果だった。ぶくぶくとお腹の中で、炭酸が弾けているような感覚に僕の不安を煽った。僕は廊下を行ったり来たりしながら考える。

親には合鍵を渡している。熊本から来て、僕に会わずに帰る可能性は低いが、あり得ないとは言い切れない。だが、そんなことはここで推察してなくても、直接聞けば済む話だ。僕は心臓の鼓動を沈めながら、母に電話をかけた。

「もしもし、母さん。ちょっと聞きたいんだけど、昨日家に来た?……うん、うん。いや、別になんとなく。……うん、ありがとう。じゃあ」

電話を切ると、まだ家の中に誰かいるのではないかと常に不安になり、僕は不規則に突然後ろを見たり、少し声を出して牽制した。だが、僕の部屋は恐ろしいほどに静かだった。

次に僕は、出来るだけ最悪なパターンを想像することで、これからの起きることを自分の想定内にしようとした。


まずは、強盗が入った場合だ。部屋を軽く見たところ盗まれたものは特に無いためこの線は低い気がした。次に、大家さんが勝手に入った可能性を考えた。大家さんはアパートのマスターキーを持っているはずだから、いつでも入って来れる。僕が大学に行っていることも知っているため、いない時間帯も想像つくだろう。もし大家さんが犯人だとして、目的はなんだろうか。大家さんは60歳ほどのおじさんだ、そんな人が、男の一人暮らしの部屋に興味があるとは思えなかった。先程と同じように、物も盗まれていないため金品が目的でもないだろう。この線もなんとなく違う気がした。そこまで5分程考え、犯人についていくら考えても意味がないことに気がついた。このボロいアパートに入りこむ方法などいくらでもあるのだ。つまり誰でも入れた。僕は空気の入れ替えのために、ベランダを網戸のまま出かけることもあったし、湯船に浸かる時、浴室の窓を開けて歌を熱唱することもある。

そして、その後閉め忘れていることがよくあった。壁が薄いせいで音が伝わり、何回か注意されため最近はやっていないが。そもそも、僕は玄関の鍵をよく”開けっ放し”に………。その時、僕の脳みそに電撃が走ったように感じた。昨日家を出る時に鍵を閉め忘れたのは勘違いで、実はちゃんと鍵を閉めていたのか、と思っていたがもし本当に鍵を閉め忘れていたのだとしたら。…………で、それだと一体どうなるんだ?僕はまだパニックになっていた。もう一度冷静になり、簡単に考え直した。僕は鍵を落としていたのだから、拾った人が怪しいということだ。玄関の鍵がかかっていないという仮定なら本当に誰でも入れるが、鍵を閉めて帰ることは不可能だ。 1番怪しいのは鍵を拾った人。という単純なことを思いつくまでかなり遠回りをしてしまった。そう考えると、こじつけの様に色々な根拠が思い浮かんだ。大家さんとは違い、鍵を拾ったのは女性だし、強盗が目的でないと考えると、僕に興味があったと考えることができる。ただ純粋に気持ちが悪かった。カエルとは全く別の種類の気持ち悪さだ。何者か分からない、得体の知れない存在が自分のパーソナルスペースに勝手に入ってきていたことが恐怖だった。背筋を無数の毛が撫でたように、僕は身震いをした。合鍵を作ったかも知れない。合鍵がどれくらいの期間で作れるのか分からないが、僕はすぐに大家さんに連絡して鍵穴ごと変えてもらうことにした。

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