第5話 生姜焼きラーメン
2限が終わり次第に人が増え始めた。1人で大きなテーブル席を占領するのは抵抗があったため、急いでご飯を胃袋に収めると、トレーを返す。学食を出ようとしたところで声をかけられた。
「おい、池田じゃんか!久しぶり、元気にしてたか?」と馴れ馴れしくその男はいきなり肩を組んできた。顔を見ても、全くもって記憶になかった。強いて言えば、必修のフィットネスの授業で無理やり2人組を作らされた時の相方だろうか。僕の名字を間違えて覚えているあたり、その程度の関係に違いなかった。
男なのに、鼻につく甘い香水を漂わせ。かなり日焼けしていた。夏休み明けでこうなったのか、サロンに通っているのか分からなかったが、すぐに興味がなくなった。
「おぉ、久しぶり」と当たり障りのない返事をして、できるだけ名前を呼ばず会話を進行する。
しばらくすると、授業があるのか「また今度、飲もうな」と言い残しその男は去っていった。一方的に言いたいことを言って帰るとは台風のような男だ。
「誰だか知らないけどまだ飲めないだろ……。僕は1浪してるから12月25日で飲めるけど」とツッコミ…というよりは独り言を呟いた。軽く頭をさする。事故で怪我した傷は髪の毛で隠れているが、凹凸が少し感じられた。その後、帰りに学内にある本屋で新しい漫画や小説を何冊か買い。カフェでお茶をしながら読む。頼んだホットコーヒーが完全に冷えた頃、お会計をして帰路についた。
来た時とは違い、帰り道を静かにゆっくりと歩いていた。日が沈み始め、夕焼けが目を閉じるたびに瞼の裏に感じる。尼崎はテニスサークルで、ぴょん吉はスーパーでバイトのため1人で帰っていた。鬱陶しい坂も上から見下ろすとなかなかいい眺めだった。
10分ほどで住んでいるアパートが見えてきた、錆びた階段を甲高い音を立てながら上がっている時に、バイト中のぴょん吉からメッセージが来た。
「今日、カップラーメンの在庫が大量に余ってるから安いぞ」
1人暮らしの僕にとって、カップラーメンは米よりも身近だった。もはや主食と言ってもいい。ぴょん吉のスーパーは家から歩いて5分弱とかなり近いため、家に帰らずその足で向かうことにした。1度でも家に入ってしまえば出かけるのが億劫なるのは目に見えている。
「今から向かう」と僕は返信した。
しばらく歩くと緑色の看板が見えてきた。気の抜けるような入店の音が鳴り、見知った顔が出迎えてくれる。くしゃくしゃの茶色いエプロンに斜めについた名札、スカーフはポッケに突っ込んだままだ。
「来たか古池」
売り場まで行くと、乱雑に積み上げられたカップ麺は驚くほど安く売られている。
「これこれ。絶対お前好きだと思うわ」とぴょん吉が手に持ってきたのは、生姜焼き味と書いてあるカップラーメンだった。さまざまな味に挑戦する企業の探究心は認めるが、味が明らかに迷走している。そもそも他の料理をラーメンにする必要があるのだろうか。
「ぴょん吉、これ食べたことあるのか?」と僕はカゴにカップ麺を放り込みながら聞く。
「ないけど、生姜焼き味といえば古池じゃんか」と完全に思考停止している発言をしていた。
「うまくなかったら、ぴょん吉に着払いで10日分送ってやるよ」
「いやそれ、送料の方が絶対高いだろ」とその後もぴょん吉とくだらない会話をして、僕はスーパーを後にした。日が完全に沈み、スーパーの光以外の人工的な灯りは自販機ぐらいしかない。駅や大学から少し離れると熊本と変わらないくらいに田舎だった。
数十メートル歩いたところで、後ろから「おぉぉい!古池ー!待ってくれー」とぴょん吉のかなり大きな声が聞こえてきた。携帯で呼べばいいのに、いかにもぴょん吉らしい。
「どうした?まだバイト中だろ」と僕はあきれ顔をした。
「いやーあのカップ麺。2個買ったら1個おまけがついてくるらしくて」と袋に生姜焼き味のラーメンが沢山入っていた。
「ぴょん吉、流石にもう要らないわ」と僕は両手の袋を掲げた。
「だろうな、俺もそう思った。でも追いかけたら、バイト少しサボれるからさ」とぴょん吉は笑った。
「それに、夜にあんま大きな声出すと怒られるぞ、近所の人から何回か苦情もらったから」と僕は周りの暗い家に目を向けた。
「そん時は、これ配って解決だろ」とぴょん吉は手に持った袋を1回転させた。
「天才か、そんなところで役に立つとは」と、また少し雑談をして、結局ぴょん吉はカップ麺を持って帰っていった。
僕は再びアパートの階段を上がり、自分の部屋の前まで来ると冷たいドアノブを回した。しかし、いくら押しても開かない、部屋の数を数えてもう一度試した。
「ガチャガチャ、ガチャガチャ」と音だけが返ってくる。
「あれ?ちゃんと鍵閉めてたのか」と僕はカバンから家の鍵を探す。そこで自分がかなり追い詰められていることに気づいた。チャックが壊れている。朝急いでいた時に、チャックを無理矢理こじ開けたせいだろう。
「……最悪だ」と無気力な声が漏れた。いくら探しても鍵が見つからない。どうやら、ぶつかった時に落としてしまったらしい。
僕は急いで大学の坂まで戻り、鍵を探し始めた。だが、結局1時間ほど探しても無く、その日は一人暮らしのぴょん吉の家に泊まることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます