18. 泡になって

ハルキとパルの魔法の鎖で動きを封じられた悪魔はギリギリと、少し離れた場所にいるミオの耳にも聞こえるぐらいの歯ぎしりをした。

そして、呪いの言葉を吐く。

「めちゃくちゃにしてやる。この庭園を、妖精たちを、人間を……全てを!」


ミオはぎゅうっと指輪がはまっている方の手を握る。

「ミオちゃん、大丈夫だよ。私がそばにいるから」

ロロンの方を振り向くミオ。

「ありがとう、ロロン。私、思いついた。私が考える、悪魔の浄化のやり方!」

ミオのその言葉にロロンは瞳をキラキラさせて、口角を上げた。

「教えて、ミオちゃん!私と一緒に悪魔を確実に浄化しよう!」

ミオは頷く。そして、ミオの片手にロロンの小さな手がそっと触れた。


ふわっとミオとロロンを淡いひまわり色の光りの粒が囲う。

ミオは内緒話をするように、ロロンに顔を寄せる。

「あのね、ロロン。私、人魚姫の短剣が欲しい」

「人魚姫の?あぁ、物語の最後の方で出てくるアレ?」

「そう。人魚姫のお姉さん達が渡してくれた魔法の短剣。でも人魚姫は、結婚を前に幸せそうな王子を殺すことはできず、泡になることを決めた」

ロロンはくるんっと杖を回す。

「オッケー!さぁ、ミオちゃん、想像して。短剣の大きさ、デザインとかもしっかり考えてね!」

「うんっ!」

ミオは目を閉じて想像する。

人魚姫と言ったら、海のイメージだ。

貝殻や真珠の飾り。海を思わす青い宝石。きっと金も使われている。でも、華やかすぎない方がいい。だって物語の最後、人魚姫は泡になってしまう。だから、儚い雰囲気の短剣がいい。


ズシッと右手に重い物が乗せられる。

ミオが目を開けると、そこにはミオが想像した通りの美しい短剣があった。

「ミオちゃん、いけそう?」

ロロンの問にミオは頷く。

「うん。いける!」


ミオはしっかりと短剣を両手で握り、迷うことなく悪魔に向かって走った。

そして、胸部に勢いよく突き刺した。

血は出ない。かわりに、泡がポコポコ音を立てて短剣を刺したところから溢れ出し、空に昇っていく。

悪魔は笑った。

「ハハハハッ!痛くない!痛くないぞ、人間!そんな短剣でこの私を滅することなどできない!」

声高らかに叫ぶ悪魔。しかし、ミオは取り乱す様子はなく、今も短剣を握り、深々と悪魔の胸部に沈める。

悪魔は片腕をギチギチと鎖を軋ませながらミオの右腕へと伸ばす。

「妖精もお前も、この庭園のように頭の中に壮大なお花畑があるようだな」

悪魔はそう言って鋭く長い爪の生えた片手でミオの右腕を掴む。

ミオが短剣で悪魔を突き刺すように、悪魔もその長い爪をミオの右腕に突き刺した。

「うっ……!」

ミオは顔を歪めた。制服に血が滲む。ジクジクと腕が疼く。

「なっ!ミオちゃん!ちょっと悪魔、なんてことしてくれるの!?さっさとその腕を離してっ!」

ロロンがミオと悪魔の前に割り込み、杖をくるりと回す。バチッと小さな稲妻を生み出して悪魔の腕に攻撃した。

しかし悪魔は腕を離すどころか、より一層、爪をミオの腕に沈めた。

「っ……!!」

ミオは歯を食いしばって痛みに耐える。

悪魔はククク……と笑う。

ロロンは涙目になり、突然、悪魔の腕にしがみついた。

「わぁああ!バカバカバカーー!!悪魔のバカッ!と・に・か・く!その腕を離せぇえ!」

ポカポカと悪魔の腕を叩くロロン。

悪魔はロロンの行動に大笑いをする。

「アッハハハハ!!バカなのはお前だろう。この雑魚妖精が!」

「ロロンのことを悪く言うのはやめて」

ミオが静かにそう言うと、悪魔は笑うのをやめる。

「ほぉ?自分の腕の心配より、妖精の心配をするなんてずいぶん余裕だな?この俺を浄化することなんてできないのになぁ?」

ニタニタと笑みを浮かべる悪魔。今すぐにでも声を上げて笑いたくてしょうがないといった様子だ。

しかし、ミオは悔しそうな表情をするでもなく、ジッと悪魔の顔を見ていた。

そして、ぽつりと言う。

「気づいていないんですね」

「……は?」

悪魔は間抜けな声を出した。


そんな時、鎖で悪魔の動きを封じ続けていたハルキが笑い声を上げた。

「くく……あははっ!アンタ、本当に気づいていないんすね?自分の足元をよく見たらどうっすか?」

ハルキに言われ、悪魔は自分の足元を見た。

「!?な、なんで……!」

ついさっきまで余裕たっぷりの表情をしていた悪魔は一瞬のうちに驚愕の表情を浮かべる。

悪魔の下半身は、消えていた。

ポコポコと、音をたてて悪魔の体はゆっくりと泡へと変わっていく。

悪魔はミオの腕を掴んでいた手を離し、泡をかき集める。

しかし、泡は触れるとぱちんと割れて消えてしまう。

「クソッ……!なんで、なんでだ!!」

悪魔は悪態をつきながら、泡をかき集めることをやめない。

段々、泡をかき集める片腕も泡へと変わっていく。

ぽこぽこ、しゅわしゅわ。

泡は空へと昇っていく。


めちゃくちゃにしてやる。道連れにしてやる。許さない……悪魔の叫び声は、次第に小さくなっていく。

そして、最後の泡が空に昇って、ぱちんと弾けた。


「終わった……」

ミオがそう呟くと、手にしていた短剣も泡となって消えた。


「ミオちゃん!」

ピタッとミオの頬に張り付くロロン。

「音木さん!」

「ミオちゃん〜!」

ハルキとヒナタ、パルにフェルもミオのそばに駆け寄る。

「ミオちゃんごめんねぇえ!腕、痛かったよね?すぐにアイツの手を引っ剥がそうとしたけど、無理だったぁ……」

ロロンはダバダバと涙を流しながらそう言う。

「ちょっとちょっと泣いてる暇はないよ、ロロン!ミオちゃんの腕の怪我を一緒に治そう?」

フェルが杖を取り出す。パルも眠たい目をこすって杖を構えなおしている。

ロロンも涙を止めて頷く。

「ミオちゃん、怪我したところを見せてもらっていい?」

「わかった」

ミオは制服の袖をめくり、傷口を見せる。

ロロン達は杖をくるん、くるりと回す。

「痛いの痛いの、飛んでけ〜!」

温かな光がミオの腕を包む。

ジクジクと疼き熱を持っていた傷口があっという間に消える。

さらに、穴が空き、血が滲んだ制服もキレイにしてくれた。


すうっと光が差す。

灰色の雲から青空が顔を覗かせる。


こうしてミオ達は、悪魔の浄化を無事に終わらせ、庭園を守った。

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