第9話 休息
語り:赤毛
「ほら、立てるか?」
「...うん、大丈夫」
敵に蹴られてうずくまったままの吹雪に手を貸したが、吹雪は俺の手を借りずに立ち上がった。
「皆神さん、でしたっけ? 本当に何てお礼を言っていいか...」
俺達が窮地を脱することができたのは、この人のおかげだ。会ったばかりだけど、見ず知らずの俺達を力づくで助けてくれたから、間違いなく良い人だ。
「あー、俺が不快に思ったから介入しただけだ。気にするな。あとこそばゆいから敬語やめて」
「...分かった。でもアンタがいなかったらヤバかったし... 本当に助かった」
「...」
吹雪は皆神の方を向き、無言のまま軽く頭を下げた。
俺の幼馴染、吹雪は今朝からずっとこの調子だ。昨日まではよく笑ったり怒ったりしていたけど、今はずっと塞ぎ込んで、心ここに在らずといった様子だ。でも、これは仕方がないことなんだ。
俺達は昨日、かけがえのない人を失ったのだから。
とにかくマイペース、大胆かつ冷静で、周囲の人をどんどん巻き込んでいく。揚羽はそんな女の子だった。既に冷たくなった彼女を見つけてしまったあの時、俺は足に力が入らなくなって、その場にへたり込んで、声を絞り出すようにして泣いた。どれだけの時間そうしていたのかは正直覚えていない。
一晩で立ち直れるはずもなく、今でも時々喪失感で立てなくなりそうになる。それでも俺が絶望に呑まれなかったのは、吹雪がいたからだ。アイツの為にも、俺は立ち止まってちゃいけないと己を奮い立たせることができたんだ。俺達3人のまとめ役だった揚羽の代わり、とまではいかなくても、今吹雪を支え守れるのは俺だけなんだ。そう意気込んだはいいものの、土壇場で俺は何もできなかった。
(何やってんだ、俺...)
俺は俯いて、無力感に顔を歪ませた。まさにその時だった。
「...クソ...」
微かに、だが確実に背後からそう聞こえた。振り返ってみると背が高いほうの敵、俺を地面に抑えつけていた奴が、割れた頭を手で押さえたまま立ち上がっていた。
「なっ...!」
ソイツはそのまま俺達に襲いかかってくる...ことはなく、気絶したもう1人を抱えて、俺達に背を向けた。まさか...
「待て! お前には聞きたいことが―――――」
俺の言葉に耳を貸すことなく、ソイツはそそくさと逃げようとしていた。当然見逃すつもりはない。俺は奴を止めようと前に出ようとした。しかし、
「いや、止めておいた方がいい」
皆神に制止されてしまった。何故止めるんだ、と声を発そうとしたと同時、皆神はドサッと音を立てて後ろに倒れた。
「...ど、どうしたの!?」
「おい、大丈夫か!?」
心配する俺達に対し、皆神は肩で息をしながら言った。
「ああ... 異能の反動が来ただけ...だから大丈夫だ」
後で聞いたことだが、彼の能力『
「なあ、合ったばっかの奴に頼むのも何だけど、肩貸してほしい...」
「...ああ...」
「助かる... ...さて、取り敢えずウチ来るか?」
「...ん?」
皆神は俺に体を預け立ち上がる。突然の招待に驚きを隠せなかったが、行く当ても無かったのでお言葉に甘えることにした。
「...ここだ」
着いたのは小さなアパート。言い方は悪いがボロアパートというやつだ。皆神は1階の1番奥の一室を指差した。ここへ来るまでに自力で歩ける程度には体力が戻ったらしく、肩を借りずにドア前まで歩き、ズボンのポケットをまさぐって鍵を取り出し、振り返って一言
「入れ」
と、俺達に声をかけた。
「おかえり~... ...顔ボコボコじゃん、どしたの?」
俺達を出迎えたのは、暗い茶髪をなびかせ、両耳に大量のピアスをつけた、おそらく年上の女性だった。彼女は皆神の所々腫れ上がった顔を一目見るなり、半笑いでそう言った。口ぶりからして、あまり心配してなさそうだ。
「...後で説明するから、まずコイツらにシャワーと着替え貸してやってくれ」
「ん~? OK!」
「...えっ!?」
「流石に...」
遠慮する俺達に対し、皆神は
「...お前ら昨日から風呂入ってないだろ? 肩貸してもらってこんなこと言うのもアレだけど、正直ずっと臭いの我慢してたんだよ」
と、全くためらわずに言い放った。さっきまで静かだった吹雪も、何か言いたそうに皆神を睨んでいる。俺達、そんなに臭かったか...?
「こらこら、もっと言い方ってもんがあるでしょーが! てかアンタも、その傷治すからこっち来て!」
その女性は皆神の腕を乱暴に掴み、奥の部屋へ向かおうとしたが、皆神は
「隠さなくていい。コイツらも『異能者』だ」
と首を横に振った。
「そーなの!? じゃ、キミ達もちょっと見てな~」
彼女が皆神の頬に優しく触れたその瞬間、皆神の顔の傷がみるみるうちに消えていった。驚いた、彼女も能力者だったのか。
「傷が一瞬で...!」
「凄い...」
「アタシは
「キミ、名前は?」
「吹雪、です」
「吹雪ちゃんか~、ちょっと失礼するね~」
「んっ...」
巳影さんは次に、吹雪の体に触れた。吹雪は思わず声を漏らしてしまい、顔を赤くして目を閉じた。皆神のときと同じく、吹雪の体の傷もたちどころに治った。
「あ、ありがとうございます...」
「いいってことよ! それから、そっちのキミは...」
「俺ですか? 赤毛って言います!」
「赤毛!? 見たまんまの名前じゃん、覚えやすっ!」
「赤毛...」
巳影さんは俺の赤髪を軽く撫でながら笑いかけてくれた。隣で何とも言えない視線を送ってくる皆神とは正反対だ。
「キミもどっか怪我してんの?」
「あ、俺は特に...」
「そっかそっか、んじゃ、ひとっ風呂浴びてきな~」
彼女に背中を押され、俺はシャワーをお借りした。1日風呂に入ってなかっただけなのに、久々に心身共に休めたような気分になれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます