第7話 会敵
語り:吹雪
「ほら、とりあえずこれ食べろ」
「...ありがと」
私は赤毛から1つのパンを手渡された。どうやら私が寝てる間に、赤毛が近くのコンビニまで買いに行ってくれたらしい。けど正直、今は何かを食べる気分になれない。パンを一口かじり、喉奥にねじ込むように無理やり呑み込んだが、それが限界だった。
「...ごちそうさま」
思えば、昨日の夜から何も口にしていなかった。その上、さっきは盛大に胃の中のものを吐き戻したところだ。にもかかわらず、もうこれ以上食べられそうもなかった。
それから暫く後、私達はあの場所からなるべく遠くへ移動することにした。メカネの言ったことが本当なら、追っ手が私達を始末しに来るかもしれないからだ。あの男もその仲間も憎くてしょうがないが、先のことを考えると今は身を隠す必要がある。
「...とはいえ、どうしたもんかな...」
移動するにしても、私達は制服のままだ。赤毛はともかく、私は血だらけでとても人前に出られる格好ではない。そう、この血は...
「ゔぅっ...」
「...急ぐ必要はあるけど、今はとにかく休もう」
また思い出してしまい、私はその場に崩れ落ちそうになった。その様子を察したのか、赤毛が優しく声をかけてくれた。
(赤毛だって私と同じくらい辛いはずなのに、私のことばっかり...)
本当に自分が情けない。赤毛の善意が、今は苦しい...
「...もう大丈夫。行こうか」
私は無理やり笑顔を作り、辛い記憶に蓋をして誤魔化した。今は落ち込んでる場合じゃない。一刻も早く移動しなければならないんだ。そう己を奮い立たせ、差し出された赤毛の手を握ろうとした、その時だった。
「見ぃつけた」
何者かの声が聞こえたその直後、その「何者か」が私と赤毛の間に割って入るように着地した。髪は茶色、中性的な顔立ちの小柄な少年?に見えた。突然のことに、赤毛はその場で尻餅をついてしまった。
「うわぁっ!?」
「何!?」
彼? は一体誰なのか。そんなことを考える間もなく、赤毛の背後から長身の青年が現れ、手慣れた様子で赤毛を組み伏せた。
「...いきなり何だよ! 放せ!」
あの状態では赤毛は能力を使えない。その青年は狼狽する赤毛とは全く対照的な、極めて冷静な様子で言い放った言葉で、私達は確信した。
「赤髪と空色頭、あの人から聞いた特徴と合致する。無力化して捕らえるぞ」
この2人は揚羽を殺したアイツの仲間、私達の敵だということを。
「...何だよ。それじゃあ呆気ないじゃんか... どうせならボクに殺らせてよ♪」
この時、私を支配していたのは強い憎悪。友達を理不尽に奪われ、今は自分達が訳も分からず危険に晒されている。こんな仕打ち、到底納得できない。
「アンタ達、アイツの仲間か... 絶対に許さない...!」
「ハハッ、許さないだって! 面白ーい! ボクをどうするつもり?」
怒りに震える私のことを嘲笑い、馬鹿にするように少年は言葉を返す。それは私の神経を逆撫でするような行為だ。私は怒りに任せ、躊躇なく能力を発動した。
私の能力は『温度変化』。掌で触れたものの温度を変えることができる。体を掴むことさえできれば、相手に大火傷を負わせることも可能だ。
「ほらほらどうしたの? 許さないんじゃなかったの? 何する気か知らないけどさぁ、これじゃあ異能使う必要もないよ」
相手はその小柄な身体を活かし、この狭い路地裏で機敏に動き回る。私の目から見ても無駄な動きが多いことが分かるくらい余裕に満ちているというのに、私は少年の動きに全く追いつけない。
「ちょこまかと...!」
躱され挑発されるたび、焦りが大きくなっていく。
「今度はボクの番だね、えーい!」
「がはぁっ...!?」
少年は笑みを浮かべたまま、私に蹴りを浴びせた。奴の爪先が私の腹部に深く突き刺さる。昨日の一件で肉体的にも精神的にも疲弊しきっていた私には、その一撃だけで十分だった。
私は声にならない呻き声をあげ、その場にへたりこみ悶え苦しんだ。その有様を冷ややかな目つきで見下すようにして、奴は言った。
「こんなので終わりかよ... 雑魚すぎて話になんないや」
「吹雪!」
「気は済んだか」
「全然... でももう折れちゃったみたいだから、これ以上楽しめないよ」
赤毛の声が、憎い敵達の声が、遠く聞こえる。それでも、苦しい体に鞭打って私は立ち上がった。
「...へぇ~、心はまだ折れてないみたいだね、良かった!」
「許さない......!」
私は蹴られた部位を手で押さえながら、再度奴に立ち向かう。
「それじゃもう一発...!」
しかし、奴の攻撃を躱すだけの余力は、最早残ってはいなかった。今度は
「ほら立てよ! ボクのこと許さないんだろ!?」
うずくまったまま動けないでいる私に対して、奴は容赦なく何度も蹴りを入れる。
「許さない」 うわ言のようにそう繰り返し、ただひたすら痛みに耐える。今の私にできる精一杯の抵抗だった。
「...うゔぅっ...」
奴の蹴りが収まったタイミングで、私は必死に立ち上がる。全身に痛みが走り、背後の壁に身を任せて立つのがやっとの状態。それでも私の心は折れていなかった。目の前の敵への怒り、憎しみ。それが私の体を突き動かす原動力となっていた。
「頼む... もう止めてくれ...」
「...まだやる気? お仲間もああ言ってるし、もう諦めたらどうかな~?」
「こんなの...... 揚羽がされたことに...比べたら...なんてこと...」
「揚羽...? ...もしかして! うちのボスと戦って死んだっていう女の子のこと?」
私をいたぶり飽きて退屈していた奴の表情が、一気に明るくなった。
「いやぁホント、馬鹿だよね~ 自分が強いって勘違いしてさ。碌に戦ったこともない癖に、ボスに勝てる訳ないじゃん」
「...は...?」
自分が何かされるならともかく、揚羽を馬鹿にされるのは耐えられない。それが表情に出ていたのか、奴は嬉々として続けた。
「そうそう! ボスから訊いたんだけどさ、その子の最期、傑作だったんだよね!」
...止めろ
「無謀にも戦おうとしたみたいなんだけど、力の差を悟った途端何もできなくなったって!」
...止めろ
「生意気な女の子が何もできず死ぬ。こんなに面白い話なかなか無いと思わない?」
「...止めろ。それ以上、揚羽を侮辱しないで...!」
大粒の涙を流しながら絞り出した一言。それに対し奴が向けたのは、嘲笑うと同時に蔑むような視線だった。
「何怒ってんのさ? 元はと言えば君達があの子を置いて逃げたのが悪いんじゃないか」
...そうだ。あの時、揚羽から離れなければ... 私のせいで...!
絶望して膝から崩れ落ちる私に、奴は追い打ちをかけるように続ける。
「あの子だってきっとそう思ってるよ。あの世で君のこと、凄く恨んでるだろうね」
「...ああぁぁ......」
今朝に見た悪夢、そこで揚羽が発した無念に満ちた言葉が脳内で何度も繰り返される。
「吹雪...... どうして......来てくれなかったの......?」
「ねぇ...... どうして......?」
「痛いよ...... 死にたくないよ......」
「君が弱いから、あの子は絶望して死んでいったんだよ。可哀想だね」
奴が私の耳元でそう囁いたとき、私の心は完全に折れた。
「ああああああああああああああああああああ!!!」
私に許されたのは、頭を掻きむしりながらただ泣き叫ぶことだけだった。
「クソッ... 畜生...!」
「...相変わらず胸糞悪い奴だな、全く...」
仲間ですら嫌悪感を露わにするほどの醜悪な笑みを貼りつけて、少年は私を言葉の刃で傷つける。その一言一言全てが、私の心根に深く、深く突き刺さっていった。
「アハッ! ハイ、お終い!」
少年は満たされたような表情で、仲間の青年に言った。
「そうか。じゃあさっさと連れて―――――」
青年の返答は、鈍い音と共に不自然に途切れた。青年は力なくその場に倒れ込む。一体何が起こったのか。私は顔を上げた。
そこに居たのは、私達と同じくらいの年の、青髪の男の子だった。手には血が付いたコンクリートブロックを持っており、それを青年の頭部目がけて振り下ろしたらしい。
(...誰...なの?)
「許せないよな、こんな仕打ち」
怒りと悲しみが混ざり合ったような表情で、彼はそうつぶやいた。
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