第4話 離別

語り:揚羽


「オイオイ... 逃げなくてよかったのか?」

 何て破壊力... 男の攻撃によって、私と吹雪たちは見事に分断され、私だけが倉庫内に残ってしまった。

「何も問題ないけど? それに、生首さんを見捨てて帰っても、寝覚めが悪いからね」

「何故逃げなかった...! このままじゃ君は...」

 私はメカネに視線を送ったけど... ...まあ当然の反応だ。この男もそうだが、私が『能力者』であることを知らないのだから無理もない。


「随分と強気だなぁ。頭打っておかしくなっちまったか?」

 さっき吹き飛ばされたとき、私は壁に頭を打ってしまった。少量だが額からの出血もある。でもこれくらいなら問題はない。むしろ好都合だ。

 見たところ、この男の能力は『身体強化』のようなものだろう。コンクリートを薄氷みたいに砕いてしまうのだから、かなり手ごわい相手だ。であれば、吹雪の『能力』も赤毛の『能力』も、少々分が悪い。ここは私が最も適任だ。そう考えれば、意図せずこの状況に持ち込めたのはかなり運がいい。


「それより、私を始末するんじゃなかったの?」

「ハッ、じゃあ望み通り秒で片付けてやる!」

 私が軽く挑発すると、相手は乗ってきた。

「無茶だ...! ただの子どもが『異能者』に立ち向かうなんて...!」

 確かにメカネの言う通りだ。私がだったなら...




 私は額の血を右手で拭う。すると、当然手には血がべっとりと付着した。私はその手を男にかざした。手に着いた私の血は、向かってくる男目がけてビームのように射出された。

「...! おっと...」

 男は直前で気づき、即座に後ろへ飛び回避した。


 これが私の能力、『血液操作』だ。


「これは...!」

「驚いた... ガキ、お前も『異能者』か!」

 手の内を晒したというのに、あっさり躱されてしまった。不意打ちは失敗か...


「となると、逃げたガキ共も『異能者』か? まあいい。まずはお前から殺る...」

 男は再び私に向かってくる。けど、さっきから動きが単調すぎる。今度は手数を増やしてみよう。

「さっきから直線的すぎない? もうちょっと工夫したらどう?」


「それはさっき見た...!」

 男は血のビームを全て躱し、私との距離を着々と縮めてきた。振り上げられた拳は、確実に私目がけて飛んでくる。

 あれを直接食らえばひとたまりもない。私は右手についた血を地面に向かって勢いよく飛ばし、その反動で男の拳を躱した。


 しかし驚いた、私の攻撃を全て躱すとは。フィジカルだけでなく、動体視力も並外れているらしい。

「あの男を相手になんて戦いだ... 君は一体...?」

 躱した先にはメカネが転がっていた。

「別に。ただの女子高生だよ」

 私は額の血を拭いながら答えた。


 どうしたものか... 私の攻撃はことごとく見切られる。であれば...

「お前の能力、そんな使い方もできるのか...! だが、気休めにしかならねぇぞ!」

 男はまた真っ直ぐ向かってくる。全く芸がない。けど、私はその単調な動きを望んでいた。


 タイミングを間違えばただでは済まない。一か八かの賭けになる...

「もう楽になれよ...な!」

 男が私の懐に飛び込んできた。...今だ!


「これは... 躱せないでしょ!?」


 瞬間、私の血がその場で爆発するように四方に弾け飛んだ。少しでも早ければ躱され、少しでも遅ければ男の拳を食らっていた。ギリギリだったが、これほどの至近距離であれば流石に回避も間に合わないはずだ。




「少量の血でこの威力か... 正直舐めてたぞ...」

「そんな...!」

 壁際にいたこともあって、背後の壁を突き破るほどの威力だった。ましてや躱せるはずもない。それなのに、男は無傷でそこに立っていた。

「発想はいいが、最初に俺のパンチ見ただろ? あんな力任せの攻撃なんざ簡単に弾き返せる」

「フッ... 確かにそうだね...」

 少しくらいは効いてほしかったが、まさか無傷とは。でも、まだ予防線は張ってある。問題は無い。


 アイツは血のビームを弾き返さなかった。いや、弾き返せないんだ。あの攻撃は、いわば大量の針が飛んでくるようなものだ。無理に弾き返そうとしたら確実にただでは済まない。それはアイツも理解している。だから回避に徹していたんだ。ならば私にできることは1つ。それは...


「じゃあこれはどうかな!? 血の雨だよ!」


 私は傷口に手をあて、傷口から直接、男へ血を飛ばした。ただ、今回は少し違う。操る血の量が先ほどまでの比ではない。だから弾速も飛躍的に増す!


「マジか! 殺すには惜しいガキだ!」

 男は一瞬驚いた様子を見せたが、即座に私の攻撃に対応してみせた。

「とか言って、何で全弾躱せるの!?」

 ここまでやっても当たらないのか。心が挫けそうだが、全く収穫が無かったわけではない。先ほどまでとは違い、アイツは躱すことに精一杯で、私に近づけないでいる。

 アイツの動体視力にも限界がある。今の内に次の手を考えよう...




「お前、何か勘違いしてないか?」

 男が何か囁き、不敵な笑みを浮かべた。その時だった。




「...え...」

 突然、腕に力が入らなくなった。何が起こったのか分からず、ふと視線を下に移すと、




 私の両肩と胸元に、大きな切り傷ができていた。


「何... ...が...」

 かなり深く斬られた。痛い。凄く痛い。

 自然に涙が溢れだし、目元が熱くなる。呼吸も荒くなり、満足に呻くこともできない。


「ガキ、俺に言ったよな? 『もっと工夫しろ』って」

 勝ちを確信した男が、少しずつ歩み寄ってくる。

「俺が直線的な動きしかしなかったのはな、お前の力量を測るためだ」


 一体何が起こったんだ...? ...ダメだ、頭が回らない。

「ゴホォッ...」

 特に胸の傷は深く、消化器官に届いていたらしい。私は込み上げてくる血を、堪えきれず吐き出した。


「たった今、お前ができることは何も無くなったわけだ。相手が悪かったな」

 この男の言う通りだ。私が操れるのは、手で直接触れた血液のみ。それが私の能力の限界だった。私では、この男に傷1つつけることもできなかった。




「まあ、俺相手に頑張った方だ... じゃあな...!」




 男の拳が、私の腹部に深く突き刺さった。

 私は何の抵抗もできず吹き飛ばされ、壁に全身を強く打った。衝撃で左足が折れ、傷という傷から血が止め処なく溢れだす。




 辛うじて意識はある...けど、完全に致命傷だ。

「まだ意識あんのか... ...まあ、『異能者』...特に『二世』の体はかなり頑丈だからな。ただ、内臓はグチャグチャだ。もう助からねえ。即死できないのも辛いだろ」

 私の完敗だ... 悔しいな... 


「さて、次はお前の番だ。頭だけでよくもまあここまで逃げ延び――――― 

...あ?」

 男は困惑した。何故なら、当初の目的だったメカネは、既に姿を消していたのだから。

「アイツ、いつの間に...!」


「...フフ...」

「...! ガキ...!」

 そう、私の仕業だ。血を爆発させたとき、同時に倉庫の壁を突き破り、メカネを吹き飛ばしておいた。この男の蹴りを耐えたんだから、あの程度では何ともないだろう。

「...まあいい、無駄な足掻きだ。それはそうと、最期の言葉くらいは聞いてやる」




 最期の言葉、か...

「...てやる...」

「あ? 何だって?」


「...いつか... ...化けて出てやる...から...」


 心が死の恐怖に呑まれる前に、啖呵を切ることができて良かった。けど、せめて一矢報いてやりたい...

「ハッ、最期まで生意気なガキだ―――――」


 今、私の左手は、血だまりに触れている...


 最期の力を振り絞り、男の額の真ん中目がけて血を発射した。こんな状態だから狙いはまるで定まらないが、アイツの反応が完全に遅れたおかげで、頬を薄く裂くことができた。

「...!」

 傷をつけてやった... ざまあみろ...




「...クソが! ガキが俺に傷を...!」

 ようやくつけた傷を手で抑えながら、男は何やら喚いているが、言ってることはよく分からない... 意識が... 混濁してきた...


(ああムシャクシャする...! 残りのガキとクソ野郎の処理は... ...アイツらに押し付けて...!)




 倉庫を立ち去る男の背中の輪郭が、だんだんと不明瞭になっていく。




 ...いよいよかな...


 吹雪... ...赤毛... 2人と友達になれてよかった...


 ...巻き込んで...ごめんね... どうか... 無事で...




 ああ... 死にたく... ないよ...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る