第一章

第1話 失踪

語り:吹雪フブキ


 退屈な授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、待ちに待った放課後が訪れる。さて、今日は何をしようかと思考を巡らせていたその時、視界の外から綺麗な黒髪が現れた。


「ねえ2人とも、今日は暇かな?」

 ...出た。今までの経験からおおよそ察しはつく。この黒髪の持ち主の名前は揚羽アゲハ。この子がこう声をかけてきたときは大抵厄介事に巻き込まれるんだ。

「...今度は何?」

 私は露骨に面倒臭そうな態度を示したものの、取り敢えず話を聞くことにした。


「それが...」

「ちょっと待って。...赤毛アカゲ! 1人で帰ろうとしない!」

 興奮しながら話し始めようとする揚羽を一旦制止し、私はこっそり立ち去ろうとする赤毛を呼び止めた。

「ええ~、俺今日用事あるんだけどな~...」

 名前の通りの赤い髪を掻きながら言い訳してるけど、赤毛は決してこちらと目を合わせようとはしない。昔からの癖だから私にはわかる。コイツは面倒事が嫌で嘘をついている。

「嘘つかない! 私だけ巻き込まれるなんて可哀想だと思わないの?」

「わ、分かったよ...」

 赤毛は渋々私の隣の席に腰掛けた。1人だけ逃げようったってそうはいかない。






「...それで、今日はどんな面倒事を持ってきたの?」

 前は何だったかな。確か、立て続けに起こってた放火の犯人を捜し回ったんだっけ。あの時は大変だった。足が棒になるまで歩き回ったのに、結局何も分からず終いだったのだから。犯人だとか真相だとか、正直そこまで興味無かったけど、それまでの苦労を考えると徒労に終わるのは流石に悔しかった。まあ、一番悔しがってたのは揚羽だったけど。

「俺としては、手短に済ませてくれると嬉しいな~...」

 赤毛も笑って茶化してはいるが、気持ちは私と同じだろう。

「露骨に嫌そうな反応... ...まあいいか。それじゃあ改めて...」


「この辺で起こってる『連続失踪事件』、知ってる?」


 揚羽は神妙な面持ちで話を切り出した。『連続失踪事件』か... 噂なら小耳に挟んだことがある。どうやらここ数日で立て続けに、男女問わず20代くらいの人が何の前触れもなく姿を消しているらしい。行方不明者の私物や貴重品には一切手が付けられていないことから、夜逃げの線は薄い、と、私が話に聞いたのはそこまでだ。

「う~ん... 俺はちょっと知らないな...」

 学校から注意喚起もされているというのに、赤毛はどうやら初耳らしい。


「...まあ文字通りなんだけど、この2週間で4人も失踪してるらしいんだよね。いなくなった人達は皆10代後半~20代前半。予兆も手がかりも一切無いから、『神隠し』なんて呼ぶ人もいるみたい」

 10代の行方不明者もいたのは私も初耳だ。

「そんな事が... で、それがどうしたんだ?」

「うん、ここからが本題なんだけど、つい昨日5回目の失踪事件が起こったらしいんだ... しかも...




 ...いなくなったの、この学校の生徒なんだって」




「マジかよ...!」

「えっ... ヤバくない...?」

 私も思わず食いついてしまった。ちょっとした噂としか考えていなかったが、揚羽のこの発言で一気に現実味を帯びたような気がする。


「いやちょっと待てよ... そんな大事なら、何で大騒ぎになってないんだ...?」

 今日の赤毛は珍しく冴えているようで、鋭い質問を揚羽に投げかけた。

「実は、この情報はまだ限られた人しか知らないんだ。変に広めるとパニックになっちゃう人もいるだろうから」


「何でそんな情報持ってんのさ?」

 「もしかして事件に関わってたりするんじゃない?」と喉元まで出かかったが、揚羽の話が本当ならそんな軽口を叩いている場合ではない。私はぐっと堪えた。

「いつも通り信頼できる情報筋から手に入れた情報だからね。まあ明日にでも会わせてあげる。心配しなくても私が黒幕なんてことはないよ」

 頭をよぎったことを言い当てられたようで、私は内心少し驚いた。でも揚羽の言う『信頼できる情報筋』って一体...?




「それでね、今日は『調査』のために寄るところがあるから、2人にもついて来てほしいな~... なんて...」

 揚羽は笑みを浮かべながら、私達に上目遣いですり寄って来る。...まあ放っておくと危なっかしいからな...

「...しょうがないなぁ... 今日は暇だから付き合ってあげる」

「お、俺も!」

 私達は揚羽の頼みを渋々引き受けた。


「ありがとう! 何だかんだ優しい吹雪、大好きだよ!」

「ちょ... 暑い暑い! 離れて!」

 揚羽は満面の笑みで私に抱きついてきた。...悪くないな。私は案外チョロいのかもしれない。

「あの、俺は...?」






 私達3人は同じ孤児院で育った、いわゆる『幼馴染』というヤツだ。

 幼い頃の私は、1人でいるのが好きだった。というより、他人と接するのが苦手だった。誰からも話しかけられず、かといって自分から他人に関わることもなく、孤独な幼少期を過ごしていた。

 いつものように部屋の隅で1人遊びをしている私に、揚羽は声をかけてきた。彼女は半泣きの赤毛の手首を左手で強く握りしめたまま、私に右手を差し伸べ言った。

「ねえ、アナタも来て!」

 いきなり話しかけられて、私は困惑していた...と思う。「この子は誰?」「何で私に話しかけてきたの?」という疑問もあったが、私は既に出会ったばかりの揚羽に惹かれていた。

 揚羽の手をとったその時、私の退屈な日常は終わりを告げた。

 あの後は確か、夕暮れまで色んなところを連れ回されたんだっけ。凄く疲れたし、赤毛も最終的には大泣きしていた、けど凄く楽しかったことも憶えている。

 それからも私達3人はずっと一緒に過ごし、今もこうして同じ高校に通っている。マイペースな揚羽と腰巾着気質な赤毛、そんな2人を放っておけない私は、何だかんだ相性が良かったのだろう。


 それと、私達には1つ、他の誰にも教えていない秘密がある。それは、3人それぞれが特別な『能力』を生まれもっていることだ。ちなみに私は、触れたものの温度をある程度自在に操ることができる。






「ねぇ、何処まで行くの~?」

「もう俺、足パンパンなんだけど~...」

 学校を出てからかれこれ1時間、ずっと歩きっぱなしだ。揚羽は

「着いてからのお楽しみ!」

と言って目的地すら教えてくれない。私も赤毛ももうヘトヘトだ。

 グイグイ突き進む揚羽に必死について行くこの感じ、昔から変わらないな...


「やっと着いた...」

「オエェェッ...」

 ここは何だろう? 学校からかなり離れた、人気のない埠頭の倉庫らしき場所だ。

「失踪した子が最後に目撃された場所らしいんだ。ここ」

 これも『信頼できる情報筋』からの情報なのだろうか。誰だか知らないけど、あまりにも詳しすぎてかなり怪しい...

「ここに何か手がかりが残ってる可能性が高いと思うんだ。調べてみよう!」

 私達と同じ距離も歩いていたはずなのに、揚羽は全く疲れを感じさせない。「調べてみよう!」とは言っても、こんな所に何があるというのだろう。

「お、俺ちょっと休憩...」

 赤毛は立つこともできないようなので、私と揚羽の2人であるかも分からない手がかりを捜すことにした。


 私もかなり疲れている。適当に奥にあるコンテナの裏でも調べてみようか...




 何も無かったらいいな... とか考えながら壁との隙間を覗いてみる。


(ん...? 何かある...)

 暗くてよく分からないが、隙間にボールのようなものが転がっていた。念のため手に取って何なのか確かめてみよう。えっ... これって... ...生首!?


「...ヒッ!」

 な、何でこんなものが...!? ...って、よく見たらマネキンじゃないか。断面も全然グロテスクじゃない。

「何何!? どうした?」

 つい声が出てしまったので、揚羽が急いで駆けつけてきた。

「いや何でもない。マネキンの頭に驚いちゃって...」

 手に持ったマネキンを揚羽に見せて、私は説明した。


「マネキンか... それにしてもよく出来てるね...」

 観察してみると、髪型が短く整えられているうえ、顔のパーツもかなり精巧に作られている。頭部だけとはいえ、かなりリアルなマネキンだ。




 このマネキンが手がかりになるとは到底思えない。見なかったことにして元の場所に戻しておこう。そうしてそれを置こうとしたその時だった。


「メ... メガネ...」


 マネキンが言葉を発した。

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