第5話
「聞きたいことって、なんですか? 」
私は少し警戒した声で聞いた。相手に危機感と緊張感を覚えさせる。これは組織から教わった、対人で会話する時の常識。
「まあまあ、そんなに警戒しないで。こういう話は私が得意じゃないから他に代わってもらうよ」
少し焦ったような顔をしたマツさんは、頭をかきながらドアを開けてどこかへ歩いていった。
(聞きたいことか…)
聞きたいこととか、助けてくれた恩とか。今の私にはそんなことを思う余裕は無に等しかった。
しばらくしてまたドアが開いた。
マツさんが連れてきたのは、長く美しい黒髪をした、花のような女性だった。
「こんにちわ。
カノンさんは深々と頭を下げた。頭の右上についている花の髪飾りが美しく輝いていた。
「はぁ…私は…」
私はそのまま自分の名前を名乗ろうとした。
私の名前はクロハだと。それを言おうとして気づいた。
花里カノンその名前は、情報にあったヴィンデの生き残りの名前だ。
そう思い周りを見回すと、マツさんの見た目もカノンさんの容姿も見覚えがあった。
マツさんと初めて顔を合わせた時、何故か懐かしくて知っている感じがしたのはこれが原因だったようだ。
(私はここでクロハと名乗っていいのか…? )
ここで名乗ってしまうと、誤解を生むと考えたからだ。
しかもこの人たちの思い出の中の黒花さんを壊すわけにはいかないのだ。
「…………」
私は少し考えて言った。
「私の名前は、サオです。こちらこそ、よろしくお願いします」
出来るだけ今できる精一杯の笑顔で頭を下げた。
まだ傷が痛むのか、立ち上がったりする事はできなかったからベットの上からのお辞儀だったのだが。
「サオさん…ですね」
カノンさんは優しい笑みを浮かべる。
きっと私が人造人間ではなければこの笑顔が100%優しく見えたのだろう。
少しだけ、怒りが混じっている。
こんな微細になるまで怒りを鎮めることができる。対人会話のスペシャリストといったところだろうか。
ただ単に感情が小さいだけか?
「聞きたいことって、なんですか? 」
すぐには心を開かない。私は性格上人見知りというのもあり、こういう会話はあまり得意ではない。
最低限のことは教えられていても、あまりこの気まずい会話を長引かせたくなかった。
「あぁ、そのことならあなたもなんとなく予想がついているのでは? 」
今度は誰が見れも狂気じみて見える笑顔で語りかけてきた。
「さあ。全く身に覚えがないのですが? 」
(私は何を…? 予想ならついている。さっさと話を…)
「そちらの勘違いでは? 助けてくれたことには感謝していますが…」
口が勝手に動く。
言ってはいけないこと、言いたくもないことを勝手に発する。
(なんで? どうして…)
悩みながらもわかっていた。
組織から、制御されているのだ。プライバシーとして体の動きや心情の監視は禁止されている。だが、口は別だった。
口は言葉を発する唯一の手段。表情はどんなものだったとしても、所詮は人に作られた物だ。言葉だけで全てを解決できるだろうというのが組織の解釈のようだ。
「そちらの解釈で巻き込まれても困ります」
(口以外は自由だな…。…他に伝える手段はいくらでもある)
私は全く自由の効かない口を出来るだけ動かさないように心がけながら、ベッドから立ち上がった。
「? サオさん、怪我はまだ治っていません。じっとしててください」
(ごめんなさい、少しだけ待ってください)
本部の時の癖で、つい心の中で返事をしてしまう。
そこに置いてあった私のカバンからペンを取り、綺麗な花が置いてあった棚を勝手に開ける。
「あ、ちょっと」
中からメモを取り出すと、重要なことを先に走り書きする。
『すみません。私は人造人間なんです』
「「え? 」」
2人は目を丸くして驚いているような様子だった。
『組織に口だけ支配されています。黒花さんのことですよね。お話しします』
私はそのことだけを走り書きすると、カバンからさらに物を取り出した。
VRに時に使うようなゴーグルを取り出すと、それを被り、目を見開いた。
周りに夜空のような綺麗な景色がひろがり、後に声が聞こえてくる。
[セツゾクカンリョウ
ナンバーSA-0121。コードネームクロハ。
マスターオカエリナサイ。マッテイマシタ。]
ゴーグルから声が聞こえてくる。読み上げ機能がつうているこのゴーグルは私特性のオリジナルだ。
きっとこの声ならば、2人にも聞こえるはず。
『お話しします、全てを』
私はゴーグル声で、話を始めた。
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