【秋・恋の攻防編】彼の秘密を知った夜④
「これだけは誤解しないで欲しいんだけど、昨日のアレは、本当に純粋に一人の男として誘っただけだった。振られたけど……」
ズンッと沈んだ声音での『振られたけど……』に漂う哀愁に、パトリシアはなんだか罪悪感を覚えた。
「えっと……」
だが、パトリシアがなにか言う前に、サディアスは自力で気持ちを切り替え表情もいつもの彼に戻る。
「でも今日は、この国の第一王子として聖夜祭のパートナーを申し込みたい」
ここから先は、まだ君にも多くは語れないことを許してほしい。そう前置きしたうえでサディアスは言った。
「俺は今、王命によりとある危険人物を監視している。けど、残念ながら捕えるだけの決定的な証拠はまだない」
きっとその人物が誰なのか、どういう状況なのかは聞いてはいけない事なのだと察し、パトリシアは黙って話に耳を傾けた。
「その危険人物は、君の命も狙っている。だから余計に、このまま野放しにしたくない。出来るなら早急に捕まえたいと思ってる」
「わたしの命を?」
「ああ。そして……聖夜祭辺りでまたなにか仕掛けてくるのではないかという動きがある」
「…………」
聖夜祭でなにかが起こる。どう考えても、それは自分の断罪ではないのか。
「ごめん……こんな話、突然聞かされても不安になるよね」
パトリシアの表情が僅かに強張った事に気付いたサディアスが心配そうな顔をする。
だがら、言うべきかどうか迷ったと、彼は言った。
「でも、俺はこれを好機でもあると考えてる」
確かに、そうかもしれない。パトリシアの命を狙う何者かが聖夜祭でなにかを仕掛けてくるつもりなら、リスクはあるが自分が囮になれば……或いは。
ただ、この彼の発言こそがパトリシアへの罠ではなかったらの話だが……
「ブレントが血迷ってくれたお陰で、君は当日フリーになった。向こうが何を仕掛けてくるか読めないって言うのが本音だけど、これで、聖夜祭当日も堂々と君の隣で君を守れるからね」
(わたしを隣で守るために、聖夜祭へ誘ってくれているの?)
アニメのサディアスは、カレンのためにパトリシアを罠に嵌め裏切った。そんな彼が……?
まるでアニメとは、真逆の彼に困惑してしまうけれど……サディアスを信じたいと思う自分がいる。
「その、危険人物が何者なのかは、聞いてはいけないんですね」
サディアスは難しい顔をして頷く。それを知ることによって、パトリシアに危険が及ぶ可能性が今以上に高まるからと。
「詳細は話せないのに、囮にするような事を頼んで、聖夜祭には出て欲しいなんて虫のいい事ばかり言って、ごめん」
きっとこれは彼にとって苦肉の策というやつなのだろう。
けれど、サディアスの態度を見て不信感や不快な気持ちは湧いてこなかった。
彼の真っ直ぐな誠実さを感じたから……
「分かりました。お受けいたします、サディアス殿下」
パトリシアは、それ以上なにも聞かずに彼の企みに乗ることにした。
「え……本当に?」
「ふふ、なんでそこで驚くんですか?」
昨日までのパトリシアなら、なにを言われても聖夜祭に参加することは拒んだ。
今だって、少しも怖くないと言えば嘘になる。けど……
(きっと大丈夫……わたしは、わたし。アニメのパトリシアとは違う)
だからこそ自分の周りにいる人たちを、もっと信じてみようと自然に思えた。
そして、サディアスのことも、信じたいと。
「だって、覚えはないけれど、わたしの命も狙われているんでしょ? なら、他人事じゃないもの。それに……」
一瞬、伝える事に躊躇する。
だって、これはいざという時、聖夜祭で逃亡するための切り札だったから。
「パトリシア?」
でも……信じると決めたから。
パトリシアは、顔を上げると吹っ切れたように蠱惑的な笑みを浮かべた。そして。
「実は、わたし風属性も持っているの」
「えっ、わっ!?」
サディアスの両手を掴み悪戯するように引っ張ると、風魔法で二人宙に舞い上がる。さすがのサディアスも目を丸くしている。
「ふふ、驚いた?」
「ああ……とっても」
星の瞬く夜空を、二人でふわふわと浮遊しながらパトリシアは続けた。
「それから、わたし子供の頃、山賊のお頭に弟子入りしてたの」
「えっ!?」
「だから、腕っぷしにも自信があるんですよ。囮になるぐらいドンと来いです」
「道理で……戦い慣れしてるわけだ」
「頼もしいね」とサディアスは笑ってくれた。
「君は……本当にすごいよ。いつだって、俺の想像の斜め上を行くんだから」
「あなたが自分の事を沢山話してくれたから、わたしも秘密を教えたくなったの」
「本当? それは、ブレントも知らない秘密?」
「もちろん」
頷くと、少しだけ頬を赤らめたサディアスは、嬉しそうにまた笑った。
いつも涼しい顔ばかりだった彼が、本当はこんなに素敵な顔で沢山笑う人だったのだと知れた事が嬉しくて、パトリシアも笑顔になる。
「ありがとう。でも……君のことは俺が守るよ」
「悪党数人ぐらいなら倒せる自信があるのよ?」
だから、そんなに心配しなくてもと、パトリシアは思ったのだけれど。
「知ってる。でも、弱いから心配してるんじゃない」
ただの俺の独りよがりだけど……とサディアスは言いながらパトリシアの左手を取り聖夜祭のブレスレットをつけてくれた。
「君が大切だから守りたいだけ」
「っ!」
サディアスは、パトリシアの手の甲へまるで騎士が忠誠を誓うような口付けをくれた。
そんなこと言われ慣れてなくて、困ってしまう。
この先のことは分からないけれど、婚約者の兄に対してこれ以上の感情を抱いてしまうのは、イケナイことのような気がして、パトリシアは自分の中に芽生えた切ない気持ちを押し込めたのだった。
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