【冬・聖夜祭編】闇に埋もれた思い
「ブレントがわたしのために特注のドレスをオーダーしてくれたの」
嬉しそうにはしゃぐカレンの声が廊下に響き渡る。
「当日ドレスアップしたカレン様はきっと天使のように愛らしいのでしょうね」
「ああ、貴女様をエスコートできる殿下が羨ましい」
相変わらず熱烈な親衛隊たちがカレンを囲みもてはやす。
そんな彼女たちを白い目で見ている人もいたが、今ではすっかり見慣れた光景となり直接苦言を呈する生徒はいなかった。
それに今日は聖夜祭前日。カレンだけでなく、学院中がパーティーや冬休みの帰省準備で浮足立っている。
「いよいよ明日か」
ブレントはテラスで一人お茶をしながら、物思いに耽っていた。
カレンと約束をしているのだが、時間を過ぎても彼女はまだいない。
だが特に苛立ちは感じなかった。彼女は人気者なのだ。さまざまな生徒たちに声を掛けられなかなかこちらに来られないでいるのだろう。
カレンを聖夜祭に誘った当初は側近たちに正気かと問われ続けウンザリしていたが、今はそれをとやかく言う者もいなくなった。
二人のあまりにも仲睦ましい様子に心打たれたのだろうとブレントは思っている。
いずれ正式にパトリシアと婚約を破棄してカレンを娶りたい。
だがパトリシアと縁を切るのは惜しいので側室にしてやろう。聖女ではなかったが光属性を持つ娘であることには変わりないのだから、側室にしてもなんの問題もないはずだ。
そんなことを考えているうちに、親衛隊と別れたカレンが愛らしい小走りでこちらへと駆け寄ってきた。
「ブレント~、お待たせ~」
その姿を見ただけでブレントは高揚感に包まれる。
「大丈夫だ、少しも待ってない」
「うふふ、ありがとう」
席に着いたカレンは嬉しそうに微笑む。
「いよいよ明日だね。楽しみだな~」
「ああ、オレもだ」
煌びやかなドレスに身を包んだカレンは絶対に誰よりも愛らしいはずだ。想像しただけでうっとりとしてしまうほどに。
「でもね……わたし、一つだけ心配事があるの」
「どうしたんだ?」
急に表情を曇らせたカレンが心配で、ブレントは彼女の手を机の上で握りしめ顔を覗き込む。
「実は……パトリシア様も聖夜祭に参加するって噂を聞いて」
「なんだって?」
初耳だったブレントは驚いた。
「だが聖夜祭に参加できるのは、ブレスレットを受け取った生徒だけだ」
自分のペアブレスレットはカレンに渡した。ならば彼女は一体誰と……
(誰か、他の男と参加する気か?)
なぜだろう。ブレントは苛立ちを覚え眉を顰めた。
「きっとどうしても聖夜祭に出たくて、無理やり誰かにパートナーを頼んだんだと思うの。聖夜祭は好きな人と出るから楽しいイベントなのにね……」
カレンがなにか言っていたがブレントは上の空だった。パトリシアの相手を考えれば考える程、隠しようもなくイライラしてくる。
(っ……なんだ、頭痛が……)
「ねえ、ブレント。わたし、怖い。だって、パトリシア様、顔を合わせるたびに……意地悪してくるから。足を引っかけてきたり、ひどいんだよ」
「なんだって、そんなことをされていたのか? どうしてもっと早く相談してくれなかったんだ」
「今まで黙っていてごめんなさい……ブレントに告げ口したらもっとひどい目に遭わせるって。わたし、怖くて」
「カレン、気付いてやれなくて悪かった」
「ううん、いいの……そのかわりお願い」
「なんだ?」
うるうるとしたエメラルド色の大きな瞳に見つめられるとなんでも言う事を聞いてやりたくなる……。
「聖夜祭の時に、皆の前でパトリシア様がわたしにしたことを罰して婚約破棄してほしいの……」
「そんなことか、当然だ」
「本当? よかった……ありがとう」
指切りしようとカレンが小指を差し出してくる。ブレントは「なにかのおまじないか?」と首を傾げながらも、言われたとおりに小指と小指を絡め彼女を守ると誓った。
パトリシアがカレンにひどいことをしているなら、止めなければならない。
それに自分が妃にしたいのはこの愛らしいカレンなのだ。皆の前で宣言するには丁度いい機会だろう。
他の男と聖夜祭に出ようとするようなあば擦れ女、側室にしてやる気も失せた。
そう何の迷いもなく思いながらも、ブレントは……なぜだか分からない胸のもやつきに気付かないフリをしていた。
◆◆◆◆◆
――ブレント様
闇の中で、名前を呼ばれた気がした。
振り向くと、パトリシアが立っていて、彼女の瞳は不安げに揺れている。
――パトリシア?
なんでそんな顔するんだよとブレントは思った。
次の瞬間、目の前に居たはずの彼女は、陽炎のように消えた。
胸にポッカリと穴が空いたような喪失感に襲われる。
でも思い返せば彼女には、昔からある日突然ふらっといなくなってしまいそうな儚さがあった。
ふとした瞬間、いつもそんな顔をしていた。
よく分からない女だと、常々思っていた。
つれない所もあるし、可愛げもないし。
けれど、たまにすごく可愛くて……どうにも憎めなくて、そんな彼女が嫌いじゃなかった。
(パトリシア……オレは……)
なぜだろう。闇の中で、笑ったり拗ねたりして過ごしたパトリシアとの思い出が目の前に浮かんでは消えてゆく。
本当に彼女を、手放してしまってよいのだろうか……
本当に、それで……
「パトリシア」
自分の寝言でハッと目が覚める。窓の外を見るとまだ夜明け前だ。
ブレントは最近たまに襲われる頭痛に米神を押えながら起き上る。
パトリシアの夢を見ていた気がした。
だが記憶がぼやけてよく思い出せない。
靄の掛かる思考の中で、パトリシアの笑顔がカレンに塗り替えられてゆく。
「カレン……」
自分は聖女であるカレンを手に入れた。聖女の刻印を持たないパトリシアにもう興味はない。
(アイツはカレンを虐める悪人だ。しかるべき制裁を……)
思考を巡らせようとすると頭痛がひどくなる……ブレントは、また意識を失う様に深い眠りに落ちていった。
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