【秋・恋の攻防編】彼の秘密を知った夜③

 魔法で移動し次に彼が連れてきてくれたのは、高台にある王立図書館の屋上だった。


 人気はなく、勝手に入って大丈夫なのかと聞けば、王族の特権を使っているから大丈夫と彼は、ちょっぴり不敵な笑みを浮かべていた。


「たまに、本じゃなくてここの景色を見に来るんだ。一人きりになりたい時とか」


 サディアスお気に入りの景色は、城下町の揺らめく灯火を一望できる夜景のようだ。

 彼によると、夕暮れ時にはオレンジに染まる空が広がり、朝焼けに染まる町を見下ろすのも綺麗なのだという。


「わぁ……」

 美しい眺めにパトリシアも思わずため息が零れた。

 二人で並んで、暫く黙ったまま夜景を眺める。


 サディアスの知らなかった一面、過去やお気に入りの場所に足を踏み入れるほどに、パトリシアは彼に親近感のようなものを抱いたけれど、どうして彼は突然自分にそれらをさらけ出そうと思ったのだろう。


 チラリと整った横顔を盗み見すると、パトリシアの視線に気づいた彼もこちらを向いた。


 魅惑的で少しだけ熱っぽい眼差しの奥には、それでもまだパトリシアの知らない秘密が隠されているような気がした。


 そしてそれを知りたいと思う自分がいる。なんでだろう……


「さっきの話の続き、考えてみたんですけど、あなたが力を隠さなければならなかったのは、やっぱり……王の直系に闇属性の子が生まれることは禁忌とされているからですか?」


 昔、リアムに聞いたことがある。それから王妃教育の中でも……


 パトリシアの問いに、そうだよとサディアスは頷いた。


『王の直系に闇属性を持つ子が生まれたら、邪竜の封印は解かれ血も途絶えるという呪いが王家には掛けられている』


 それはこの国でよく知られている言い伝えだ。


「先に言うと、竜の呪いはあくまで伝承。今まで公表されてこなかっただけで、王室の歴史を遡れば王の子に闇属性が生まれたことは何度かあった。けど、それが原因と紐づけられる災いが起きた事はない」


「でも、聖女との間に生まれるのは……」

 光属性の女性から闇属性は生まれないとされている。だから王妃は闇を祓う光属性の聖女でなくてはいけなかったはずだけど。


「闇属性だったのは皆、王が愛人に産ませた子たちだよ。俺もね」


 表向きこの国の王は側室も光属性の娘以外は許されない決まりだが、光属性の娘はなかなかいない。つまりそんな決まりは守られてこなかったということだ。


「闇属性が生まれたら認知せずに異国へ追放する。そういう暗黙の了解があった。けれど、現国王……父上は俺を自分の子として認知したんだ」


 愛人に産ませた闇属性の息子を第一王子として認めるなど、クレスロット王室史上最悪のスキャンダルになると激しい反対があったにも関わらず、国王はそれを撥ね退けサディアスを王子にした。


「それは、サディアス様に竜の加護を受けた印があったからですか?」

 刻印のある王族に王位継承権を与えるのが王室の習わしと聞いたことがある。

 けれど、パトリシアの問いに彼は首を横に振る。


「俺たち王族は竜の刻印を持って生まれてくるんじゃない。産まれてから王が認知した子へ人工的に印を刻み竜の刻印ってことにしているだけなんだ」


 それは知られてはいけない秘密なのではないか。


「伝承なんてそんなものだよ。皆が神格化している王族も、所詮ただの人間ってこと」


 だから現国王はサディアスとブレント、二人の我が子に等しく同じ刻印を贈ったらしい。


 ただし王室の大半による強い圧力により、サディアスは魔法属性を持たない子とし、不吉と言われるその瞳も隠さなければならなかった。


「そんなこともあって、一時はやさぐれかけてたんだけど……今は、いつかこの目の色や闇属性への偏見を無くす事が俺の目標、かな」

 そして今サディアスは、その力を活かして国の特殊部隊を指揮しているのだと教えてくれた。


「特殊部隊?」

 驚くパトリシアに、サディアスはこれも他の人には秘密だよと静かに笑う。


 今日だけで、いくつ彼の秘密を知っただろう。


「どうして、こんな大事な話をわたしに教えてくれるの?」

 今聞いた話は、恐らく王族の中でもごく一部の者しか知らない極秘事項が多分に含まれている。とても、世間話のネタにしていいような内容ではない。


「最初に言ったとおり、君に俺の事を知って欲しかったから。あとは……なにも話さないまま巻き込むのは、不誠実だと思ったから」

 やはり、なにか事情があるのだなとパトリシアは察した。


「君に頼みがある」

「頼み?」

 自分に出来ることなら聞いてあげたい。でも……


「俺と、聖夜祭に出て欲しい」


 どうしても、自分は聖夜祭から逃れられないのかもしれないとパトリシアは思った。


 その場に流れる空気もピンと張りつめ、暫く二人は無言で見つめ合っていた。

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