【秋・恋の攻防編】彼の秘密を知った夜②
「じゃあ、行こうか」
そう言い差しのべてきたサディアスの手を取ったはいいけれど、一体どこへとパトリシアは首を傾げる。
というか、どこから彼は忍び込んできたのだろう。
ドアも窓も締め切られ開いた気配もなかったのに。
そしてなにより王宮程ではないにしても、この屋敷だって簡単に侵入者を許すほど手薄な警備体制ではない。
そんなパトリシアの疑問に彼は答えた。なんてことないように。
「今まで言ってなかったけど、俺本当は闇魔法が使えるんだ」
「えっ」
次の瞬間に発動された彼の魔法により、パトリシアは闇の中へと吸い込まれ部屋から姿を消した。
サディアスに連れ出されたパトリシアは、闇の中から城下町の路地裏に出た。まるで深海から水面に打ち上げられたような感覚だった。
「今のは……?」
「影を渡る魔法だよ」
どこでも使えるわけではないが、制約さえ守れば便利な移動魔法だと彼は言った。
さっきから、なかなか衝撃的な秘密を明かされている気がするのだが。
だって、公の場ではサディアスは魔法の属性を持って生まれてこなかったことになっている。
それからメガネを外した素顔のことも……だが、瞳の色を隠していた理由は、闇属性のことを聞いてから考えてみると、なんとなく察することができた。
闇魔法の中でも禁術とされている魔族との契約を交わす者は、その力を使う時片目が妖しく光る。昔はそのせいで、生まれつきのオッドアイでも不吉とされてきた。
今ではそういった偏見も少なくなってきたようだけど……
「まずはなにか食べに行こう」
ぼんやりとそんなことを考えているうちに、いつもより表情の明るいサディアスに手を引かれ歩き出す。
連れてこられたのは、屋台が並び夜も賑わう広場だった。
昼間とは違い、酒を飲んでいる者も多く、少しだけ大人な雰囲気が漂っているように思う。
そこを色々見て回りながら、二人はなんてことない話をたくさんした。
好きな食べ物はなにか、休日はどんなことをして過ごしているのか、親しい友人の話や、苦手なこと、子供時代の話を少し……
「そっか。マリー嬢とは、教会で知り合ってからの幼馴染みだったんだね」
二人で広場のベンチに腰掛け、出店に並んでいた色付きのコットンキャンディーを食べながら、パトリシアはマリーとの出会いを話した。
「彼女と出逢ってなかったら、わたしはきっと今この国にはいなかったと思うの」
それから、さすがにサディアスにも話せなかったけれど、山賊のヘクターとの出会いもなかったら、自分は今頃……そう思うと、一つ一つの出会いが奇跡のように重なって、自分は生かされてきたのだなと思う。
「なら、俺もマリー嬢には感謝しないと」
「え?」
「だって、彼女がいなかったら、俺と君も出会えていなかったかもしれないってことだろ?」
「確かに、そうね」
「パトリシアがいなかったら、今の俺にはなってなかったと思うから……君に出会えてよかった」
そう言って微笑むサディアスの目が、自分に向ける眼差しが、あまりにも優しげでパトリシアはどうしていいのか分からなくなる。
「わたし……あなたにそんな風に言ってもらえるようなこと、した覚えないですよ」
「君は覚えていないかもしれないけど……君が何気なく掛けてくれた言葉に、俺は何度も救われているよ」
そうなのだろうか。自分こそ、いつもサディアスには、なにかと励まされてばかりな気がするけれど。いつだって、思い返せば……
「昔さ、ブレントと王位継承権を決める試合の日、君だけは俺のこと応援してくれただろ」
そういえば、そんなこともあったなと頷く。
あの頃は、二人とも今より幼くて、大昔のことのような気がした。
「懐かしい」
「うん。実はさ、あんな風にブレントに試合で負けたのって、初めてじゃなくて……だからあの日、余計に俺は卑屈になってたんだよね」
今だから笑って話せるというように、サディアスは幼い日のことを教えてくれた。
「幼い頃は、今よりもっと王宮での肩身も狭くて。俺は、俺と母上への冷遇が不満だった。だから努力して力を付けて見返してやろうと思ってたんだ」
ある日、王室の子供たちを集めた模擬戦が行われた。
順調に勝ち進んだサディアスが決勝で当たったのはブレント。その試合にサディアスは勝ったけれど、準決勝で不正をしたと偽証され、結局表彰台には上がれなかったのだと言う。
それを聞いてパトリシアは、改めて王位継承権を決める試合の日の出来事を思い出した。
あの試合でも、彼は不自然な負け方をしていた。
あの時の彼の言動全部、過去を知ると余計に胸が締め付けられる。
「しかも、それだけじゃなかった。その模擬戦が引き金になって、俺たちへの冷遇、嫌がらせが悪化した……母は心労で倒れてしまって、心配した父上に説得され今は実家が所有する別宅でずっと静養してるんだ」
「そうだったんですね……」
彼の母ジルは最初、サディアスをこんな王宮で一人に出来ないと頑なに静養を拒んでいたそうだ。
けれどサディアスもジルも自分が守ると陛下は彼女を説得したのだと言う。
それからジルの実家に魔の手が伸びる事もなく、サディアスも王宮でのあからさまな嫌がらせは殆ど受けなくなったらしい。
「苦労なさったんですね」
「それは、君も同じでしょ?」
確かに、自分もなかなか波瀾万丈な幼少期を過ごしてきたと思う。
けれど、王家に生まれ第一王子として育てられてきた彼が、そこまでの冷遇を受けてきたなんて。ブレントとの扱いの差に疑問は持っていたけれど……パトリシアは複雑な気持ちになった。
なぜだろう。まるで自分が傷つけられたように、胸が痛い。
「サディアス様が、そんな扱いを受けていた理由は、その……瞳の色と力のせいですか?」
そこまで踏み込んでよいのか分からないまま聞いてしまったが、サディアスは、気分を害した風もなく頷いた。
そして――
「少し場所を変えていい? この先の話は、さすがに盗み聞きされたら困るから」
パトリシアが頷き返すと、サディアスは自分のお気に入りの場所に案内するよと、またこちらへ手を差し出し、二人は闇の中へと姿を消した。
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