不遇の王子が手に入れた結末

 困惑のざわめきと歓声が入り乱れる中、舞台の上で審判から告げられた言葉にも動揺を見せなかったサディアスは、ジュールへ声を掛ける。


「ブレントへの暗殺未遂とはなんのことでしょう」

「しらばっくれては、困りますねぇ。証言者が見つかったのですよ」

「ほぅ、一体どんな?」


 サディアスにそう聞かれたジュールは、芝居がかった仕草で両手を広げると、観戦席の方へ向かって大きな声を出す。


「皆さん、お聞きください。今年の春、学院にてブレント殿下が暗殺者に襲われ、怪我を負うという事件が起きました。その犯人がサディアス殿下であることが判明したのです!」


 訴えかけるような抑揚のある言葉に、ざわついていた観客席がしんっと静まり返る。


「一向に捕まらない犯人を私は独自に探し続けていました。そしてついに、犯行を目撃したと言う証言者を見つけたのです!! 目撃者は、サディアス殿下に脅され、今の今まで真実を話せなかったとのこと」


 大げさに嘆くジュールに乗っかるように一部の観戦者たちがサディアスへ野次を飛ばし始めた。


「なんと卑劣で悍ましい。サディアスを捕えるのです!!」

 そんな中、貴賓席にいた王妃が声を張り上げ近衛兵へ命令を下す。だが。


「お待ちください!! その証言は信憑性が薄いです」

 パトリシアはその瞬間、反射的に立ち上がっていた。


「なにを言うのです。証言者は身分あるとても誠実な方です。必要とあらば公の場で証言してくださるとおっしゃっているのですよ」

 ジュールは、パトリシアが否定したからと言って事実は動かないと余裕の表情だ。


 だが、クラウドは立ち上がったパトリシアの味方をするように「行ってきなさい」と、背中を押してくれた。


 パトリシアは、その言葉に勇気を貰って、注目の視線を浴びながらも舞台の前まで歩いてゆく。


「パトリシア嬢、証言に信憑性がないとおっしゃるからには、なにか根拠がおありなのでしょう?」


「はい。わたしは、その時にブレント殿下が襲われた刺客と戦いましたので」


「……は?」

 パトリシアが堂々と頷くと、余裕に満ちていたジュールの表情が一変した。


「な、なにを言って……そんな話、聞いていませんが」

「ええ、目撃者としてわたしの名前を出さないようお願いしていましたから」


 だが調査班の班長には、匿名と言う事にしてほしいと伝えしっかりと証言をしている。班長はパトリシアとの約束を守り、ずっとそれを口外しないでくれていたのだろう。


「刺客は二名、黒装束で顔は隠していましたけど、目はしっかりと見ました。二名ともオッドアイではなかったです。それと体格もサディアス殿下とは違いました」


「そ、そんな証言……その刺客こそサディアス殿下が雇った可能性がっ」

 予想外の証言にジュールは、動揺しているようだ。


 先程は、目撃者が現場でサディアスを見たように言っていたのに。


 そこを指摘してやろうかと思ったところで、サディアスが口を開いた。


「ジュール、残念だけどその証言者は嘘吐きのようだ。ああ、それとも君が虚偽を促したのかな?」

「し、失敬な!! なにを言う!!」


「春の学院での暗殺未遂の件だけど、もう主犯者は捕まっているよ」

「そんな……そんな話、私の耳には入っていない!」


「それになんの問題が? 陛下と情報共有が必要な部署にはきちんと報告している。主犯はチェンバレン伯爵。刺客二名は伯爵に金で買われたアサシンだ。ちなみに、あの時本当に命を狙われていたのはパトリシアなんだけどね」


「えっ!」

 ジュールが声をあげる前に、パトリシアが驚きの声を上げてしまった。


 チェンバレン伯爵はカレンを聖女にするため邪魔なパトリシアを何度も暗殺しようとしたことを白状したらしい。


 入学式の日にブレントを襲わせたのは、元々即死しない程度の怪我を負わせ、カレンの手で助ける事により彼女の神聖な力を見せつけアピールするためだったそうだ。


「場所を改めてその証言者を呼んでもらおうか。ジュール、君ももちろん虚偽罪の容疑で取り調べを受けてもらうよ。連れて行け」

 サディアスは口元に浮かべる笑みとは裏腹な背筋が凍るほど冷たい声音でそう告げた。


「なにを、なにを言うんだ!! 禁忌の存在が、王になるなど恐ろしい!! 誰もお前の言う事など聞かぬっ……は、離せ!? なにをする!?」


 王妃に命令されていた近衛兵が戸惑った表情を浮かべ動けずにいるうちに、ノワールの部隊が現れ、声を張り上げ抗議するジュールを無言で連れて行ったのだった。


(よかった、わたしがでしゃばって証言するまでもなかったみたい)


 ほっとしながらパトリシアが舞台を見上げると、目のあったサディアスに小さく微笑まれた。パトリシアも釣られて微笑み返す。


「まだ……まだ、サディアスの疑惑が完全に晴れたわけじゃないわ! 今回の試合は無効です、無効といいなさい!!」


 気が付けば舞台袖までやって来た王妃が、審判に向って訴える。審判は畏まってしまい、未だに勝者の名を口に出来ないでいたが。


「勝者、サディアス!」


 声の主へ会場中の視線が集まる。

 ブーイングを出すものは誰もいなかった。王妃さえも。


 その声の主が国王ザルバックだったからだ。




 陛下の一声で王位継承式の準備が始まり人が動き出す。


「そんなっ、王に相応しいのはブレントだけよっ。ねえ、ブレント。大丈夫よ、母様がこんな試合無効にしてあげるわ」


 必死な形相でブレントに駆け寄った王妃は、何も言わないブレントを揺さぶりながら何度もそう訴えるが。


「……本当にオレが王に相応しいと信じてくれていたなら、こんな茶番で水を差さないで欲しかった」

「ブレント……私は、貴方のことだけを思ってっ!」


「…………」

「ブレント、どこへ行くの? ブレント!!」


 縋ってきた王妃の手を払いのけ、よろよろとした足取りでブレントが向かったのは、パトリシアのもとだった。


「ブレント様?」

「……身体中が痛む、手当てしろ」


 不貞腐れたようにそれだけ言うと、ブレントは奥にある控室へと歩いて行ってしまう。

 だからパトリシアも、黙ってその後を追い掛けた。


「…………」

 そんな二人の姿が視界に入ってきたものの、サディアスは彼女を引き止めることはしなかった。

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