王子たちとの顔合わせ①
侯爵家の養子となり二年が経った。
覚えなければならないことが沢山あり、体感としてはあっという間に時が過ぎていった感じだ。
「ふん、ちょっとダンスが上手いからって調子に乗りすぎですわ」
「お褒め頂きありがとうございます」
「なによ、少しばかりお父様とお兄様に認められてるからって!」
「認めていただけているなんて光栄です」
「~~~~っ」
いつものように絡んできたリオノーラにお礼をいうと、彼女は真っ赤になって面白くなさそうな顔をする。パトリシアとしては、本当に本心でお礼を言っているのに。
この二年、ミアとリオノーラがとにかく少しでも目に付く事があれば注意してくれたおかげで、どこに出ても恥ずかしくない令嬢になれたのだとパトリシアは思っている。
最近では文句を付ける所が見つけられなくなったのか、リオノーラから完璧だからって調子に乗るなというお褒めの言葉を頂けるようになった。これなら胸を張って社交界デビューもできそうだ。
しかし、パトリシアには気掛かりなことがあった。
未だに聖女に現れると言う刻印が出てこないことだ。
いくら勉強が出来ても令嬢としての振る舞いを褒められても、自分が一番に求められているのは聖女として役に立つことなのに。
治癒魔法の性能はこの二年でぐんと上がったと思う。小さな切り傷だけでなく、骨折程度の怪我も数分あれば治癒できるようになった。
けれどそれだけじゃダメなのだ。強い邪気を祓う力や、瀕死からの蘇生レベルの力をも本来の聖女は扱えたと文献で目にした。パトリシアに求められているのはそれぐらいの実力なのだと思っている。
「大天使ラファエル様、どうかご加護を」
今日もいつもお世話になっているクレスロット大聖堂で、時間の許す限り祈りを捧げる。
けれど伝承にあるような奇跡はなにも起きなかった。
(どうして……)
帰りの馬車に揺られながらパトリシアはしゅんとする。
こんな時「焦る事はないよ」と優しく励ましてくれていたリアムは、もっと見聞を広めたいと先日から異国へ留学に行ってしまった。
心細い……そんな弱音を吐きそうになった自分を叱咤して、パトリシアは明日もがんばろうと気分を切り替えたのだった。
「王家からの招待状?」
その日の夜、クラウドから一通の招待状を渡された。
サディアス第一王子とブレント第二王子も参加する、王子たちと年齢の近い名家のご子息ご令嬢たちを集めたサロンが近日開かれるのだと言う。
ついにこの時が来たかと思った。これは王子たちと初顔合わせをしてこいということだ。
パトリシアは、ずっと教養不足のため、公の場にでることはなかった。
それが三ヶ月程前から少しずつクラウドに連れられ小さな集まりに参加するようになっていたのは、この本番のためだったのだろう。
昔リアムに聞いた話によると、サディアス王子とブレント王子は同じ年に産まれた腹違いの兄弟。
お二方とも竜神の刻印を持っていて、正妻の子であるブレントを王にという声が強いと聞いたが、まだ王位継承権は同率扱いで一位がどちらになるかは決まっていない。
「どちらかがお前の夫となる王子だ」
だからしっかりと見定めてくるようにとクラウドは言った。
まだ十二歳の自分にそんな事を言われても良く分からないと正直思いながらも、パトリシアは素直に頷いたのだった。
毎日、聖女になるべく祈りを捧げ、礼儀作法や稽古に明け暮れていると、あっという間にサロン開催の日となった。
「うふふ、お母様。見て見て、似合う?」
リオノーラはふんだんにレースをあしらえた花嫁を思わせる純白のドレスの裾をふわりと揺らしながら何度もターンを繰り返している。
「リオちゃんには華があるから何を着ても似合うわ。きっと会場で一番のお姫様よ」
「楽しみ。王子様がお二人ともわたくしのことを好きになってしまったらどうしましょう」
「リオちゃんの魅力があればそうなるのも必然だわ」
「そうよね。わたくしの方が王妃になるにふさわしいはず」
招待状を何度も眺めながらリオノーラは目を輝かせている。
「あ……でもサディアス殿下は、地味だしなんかさえないし……わたくしには相応しくないかも」
今日のお茶会にはリオノーラも招待されていて、招待状が来てからというもの、ミアもそうだが二人そろってテンションが高い。
(本当に二人は仲良し親子ね)
どうやらこのお茶会の招待状を受け取るのは、とても名誉なことらしい。名家の人たちでも浮かれてしまうぐらい。
それと侯爵家の娘であるリオノーラでも、二人の王子とはあまり接点がないようだった。今回こそお近づきになりたいという意気込みを感じる。おもにブレントに対して。
(そんなお茶会、わたしじゃ場違いにならないかな……)
不安がないと言えば嘘になるけれど王妃になるのがクラウドとの約束。
こんな事ぐらいで怖気づいていてはだめだ。
「うふふ、わたくしが王妃になったらごめんなさいね。あなたじゃ、殿下たちに見向きもされないんじゃないかと思うと心配〜」
くるりとドレスを翻しながらリオノーラが目の前にやってきた。
「心配しなくても大丈夫ですよ」
王妃になるのは聖女だけだとクラウドが言っていたので、魅力なんてなくても強制的に婚約は決まる。パトリシアはそう思って、悪気なく「大丈夫」と答えたのだが。
「っ……随分と余裕な事。よほど自分に自信があるのね」
そんな反応がお気に召さなかったのか、リオノーラは眉間にシワを寄せる。そして――
「きゃっ」
「あら、ごめんなさい。手が滑ってしまったみたい」
手近にあったティーカップの中身をパトリシアに向ってぶちまけてきた。
手にしていた招待状もクラウドが用意してくれた淡いブルーのドレスも台無しだ。
「まあ、リオノーラ火傷はない?」
「お母様、指先に紅茶がかかってしまったみたい。火傷していたらどうしましょう」
「もうカップの中身は冷えていたみたいなのでたぶん大丈夫ですよ」
そう言いながらもパトリシアはリオノーラが火傷していたら治してあげようと手を伸ばしたのだが。
「あなたには言ってませんわ!!」
思い切り手を払いのけられてしまった。
「…………」
同じ家に住んで二年。普通の日常会話ぐらいしたいと思っているのだけれど、どうも二人とは会話が成立しない。
怒らせるつもりはないのだけれど、自分の言動は二人の癪に障るらしい。無神経とか図太いと言われてしまう。生まれながらのご令嬢たちの繊細な乙女心(?)がパトリシアには理解不能だった。
「あらやだ。あなたの招待状べしょべしょじゃない」
リオノーラは汚いモノを触る様に招待状を奪い取ると。
「わたくしが処分してさしあげますわ」
ビリビリに破き床に放り投げた。
(……これは処分するとは言わないんじゃ)
パトリシアが拾って屑籠に捨てようとしていると、早く着替えないと遅刻してしまいますと飛んできたメイドに止められ部屋に連れられたのだった。
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