二章 聖女のはずが悪役令嬢
竜神の加護を受ける王と聖女の役割
「テーブルマナーもろくにできないなんて」
「育ちの悪さが伺えますわ」
義理の母と妹は選民意識がとても強い人のようだ。
事あるごとに二人はこちらに聞こえるように嫌味を言ってくる。
クラウドは我関せずのスタイルなのか無関心。
兄リアムは世話焼きなのか、甲斐甲斐しく食事の際に助け舟を出してくれたり「パトリシアはいつも笑顔で礼儀正しくていい子だね」と褒めてくれる。
がしかし、そのたびに兄が大好きなリオノーラはそれが面白くないようでさらに絡んでくるので正直面倒くさいが、こういう雰囲気でも平然としてられる図太さが令嬢には必要なのかもしれない。そう思えば良い訓練相手だった。
それよりもパトリシアには他にやるべき事、気になる事が沢山ある。
一ヶ月経った今もクラウドから詳しい説明は聞いていない。
聞きたくとも彼はとても多忙な人で領地に戻ったり屋敷にいないことが多いのだ。
となれば頼りになるのは八つ歳の離れた義理兄リアムだけ。
彼は学生時代からとても優秀で、クラウドからの信頼も厚いらしい。父からなにか聞いているかもしれない。
「リアムお兄様、少しよろしいですか?」
知り合って日の浅い人を兄と呼んだり言葉使いに気を付けたりが慣れなくて、そんなパトリシアのぎこちなさを感じたのかリアムがクスリと笑った。
「いいよ、ボクしかいない時はそんなに畏まらないで」
「え、でも」
「いいから、ほら、おいで」
にこにこ笑顔のリアムに手を引かれパトリシアは彼の部屋へ招かれた。
人の良さそうな笑顔の男はもう一生信用しないと思っていたが、この義理の兄はどこか憎めないというか毒気がない。
この屋敷では一番良心的な人なのではとパトリシアは思っている。
長椅子に座るよう促され従うとリアムはその向かいに腰を下ろした。母親譲りの焦げ茶髪にエメラルドの瞳だが、面立ちはミアには似ておらずタレ目で柔らかい。そしてメイドに用意させた紅茶を飲む仕草の一つ一つまで洗練されている。
見惚れる程完璧な侯爵令息だ。
「それで、どうしたんだい?」
「聞きたい事があって」
「聞きたい事?」
「……このお家の養女になることが決まった時、クラウド様が言っていたんです。わたしを聖女だって。いずれ王妃になるようにって」
「その理由を知りたいと。その様子だと父上はキミになにも伝えていないようなものなんだね」
「はい……なにがなんだか分からないまま過ごしてる感じで」
「父上は言葉の足りない所があるから。ボクの知っている事で良かったら代わりに答えるよ」
「よかった、お願いします!」
「まず、キミが聖女と呼ばれた件だけど、正確には、聖女候補として選ばれたと言った方が正しいかもしれない」
いつの間にそんなものに選ばれていたのか。
「少し話が飛ぶけど、この国の王位継承権は少し特殊でね。竜神の加護を受けた者かどうかで決まるんだ」
「加護を受けた者?」
「そう。大昔この地で暴れていた邪竜を封じ平和をもたらした勇者の末裔がこの国の王族の方々で、彼らは光の竜神と契約を交わし力を得た事により邪竜を封じたとされている」
小さな村にいたパトリシアでもその話は知っていた。単なるお伽噺のような感覚しかなかったが。
「だから、この国では王族の中でも竜神の加護を受けその証拠に刻印を持って生まれできた男児が、次期国王になると決まっているんだよ」
歴代の記録を見ると、国王のご子息にしか刻印持ちは生まれてきたことがないらしいが。
「王子さまだけ?」
「ああ、この国は男しか王位を継承出来ない決まりだから、それと関係があるのかな? それから……」
ここからがパトリシアに直接関係のある話だよとリアムが前置きを入れてくれたので改めて気を引き締める。
「王族の方々は邪竜を封印した際の代償として呪いが掛けられていると伝承にあるんだ」
「呪い?」
「そう、邪竜の呪い。いつか王の直系に闇属性を持つ子が生まれたら、邪竜の封印は解かれ血も途絶えるという呪い。だから王の妃は聖女と決まっている。聖女の力はどんな闇も祓うと言われているからね」
聖女の産んだ子に闇属性の者は生まれないと言い伝えられているらしい。
王妃になれと言われた意味が分かるねと聞かれ、パトリシアは静かに頷いた。
「そして王家の求める聖女は次期国王候補が生まれ暫くすると、頃合いをみて王宮の占い師により選出されるんだ。今回、選ばれたのは、パトリシアだよ」
パトリシアがずっと持っていた徽章は、聖女候補である証なのだという。そんな大事なものだったなんて。
「候補ってことは、わたしの他にも選ばれた子がいるの?」
「いいや、治癒魔法が使える者なんてそう頻繁に生まれない。キミが行方不明になり死んだのではないかと王家が慌て新たな聖女候補を占わせたみたいだけど、パトリシア以外該当者はなしという結果にしかならなかったみたいだ」
だからパトリシアには裏で懸賞金がかけられていたそうだ。また爵位のない家に聖女が生まれた際は、伯爵以上の家が養子に迎え王妃として恥ずかしくないよう育てる決まりなのだと言う。養子先は王家が選出した家のうち、聖女と聖女の両親自身が選ぶ権利を持っている。
聖女を家に向えることは、この国ではとても名誉なことらしい。
今まで自分の身に起きた事の原因を、ようやくパトリシアは理解した。
「そして、聖女候補が聖女になるにはどうすればいいのか、それは大天使ラファエル様の加護を受ける事。加護を受けた者も王と同じくその証拠として、体のどこかに刻印が浮かぶらしいよ」
まだ自分の身体には刻印など、どこにもない。
「どうすればその刻印がもらえるんですか?」
「加護を受けるための条件は不明、なんだ」
自力でどうにかしなければいけないということか。
「ボクがキミに教えてあげられることは、これぐらい。ああ、そうだ。この国と聖女の基礎歴史が記された本をあげる。読んでみるといい」
「ありがとうございます」
「いいえ。ボクはいつでもキミを応援しているからね」
協力は惜しまないよと分厚い書籍を渡された。そこへ。
「お兄様~……っ! なんでその子がお兄様のお部屋にいるの!」
リオノーラは金髪にエメラルドの瞳をした美少女だったけれど、甘やかされて育てられたお嬢様の典型みたいな子だ。
「この方はわたくしのお兄様ですわ! 馴れ馴れしくしないでください!」
もう見慣れた光景だが、今もこちらに敵意剥き出しでリアムの腕にしがみ付いている。
「なにを言っているの。ボクはリオノーラのものじゃないでしょ。可愛い二人の妹の兄だよ」
リオノーラはパトリシアと一緒の括りにされたことが不満なようで、眉間に深い皺を寄せている。可愛い顔が台無しだ。
「あ~……わたしの用事は済みましたので、これで失礼しますね」
もう一度リアムにお礼を言うと、パトリシアはリオノーラの子守りを兄に任せさっさと部屋を後にした。
だいたい自分の置かれている状況は把握できた。
「聖女になる。ならなくちゃ」
教会の子供たちを救ってくれたクラウドは、聖女にそして王妃になれと言った。
自分には彼に恩を返す義理があるから。
その日からパトリシアの猛勉強が始まったのだった。
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