教会の秘密②

「神父さま、マリーが行方不明になってもう三日ですよ!」

「自警団には捜索を依頼済みです。私たちに出来る事は、待つことのみ。祈りましょう。彼女が無事に戻って来ることを神に」

「……そうですね。祈ります、マリーのために」

「君はいい子ですね」


 だめだこの大人。あてにならない。とパトリシアは内心思った。

 ゴードンだけじゃない。この教会にいる数人の大人たちは皆、彼の言いなりだ。頼りになどならない。


 パトリシアはゴードンの隣で両手を合わせ、神に祈るフリをしながら決めた。


(わたしがマリーを探さなくちゃ)


 この世界に神様なんてきっといない。いたとしても祈りを捧げてなんになるの?


 この世で生きてゆくために必要なのは、力だ。知力、戦力、洞察力、それから上手く渡り歩くための演技力。魔力や財力があればなおよい。


 それがここ数年でパトリシアの学んだ自分を守り生きる術だった。




「マリーお姉ちゃん、まだ帰ってこないの?」

 下の子たちが不安がらないように、マリーは神父様のお使いで少し遠くの町まで行っていると伝えてある。


「……お別れも言えないなんて」

 ジミーはマリーが大好きだったから寂しそうだ。今日の夕方、養子先が見つかった子供たちには迎えの馬車がきて新しい家族の元へと送り届けられる。


「ジミー、もうすぐ馬車がくるよ。準備して」

「……うん」

 教会の入り口にある石段に座り、ずっとマリーが戻って来るのを待っていたジミーだったがそろそろ時間だ。

 パトリシアに言われしょんぼりといった面持ちで頷いた。


「マリーが戻ってきたら、ジミーにお手紙書くように伝えるよ」

「ほ、本当!」

「うん、だからジミーも読み書きの練習がんばってね」

「ぼく、がんばる!」


「お、おれも! パティが手紙送りたいっていうなら、読み書き覚えてやってもいいぞ」

 ロンが偉そうにツンとしながらそんなことを言ってきたので、パトリシアは思わず吹き出した。


「なんで笑うんだよ!」

「ふふ、なんでもないよ。ほらほら二人とも、準備準備!」

「おれに手紙は? 約束しろよ!」

「分かった」

 パトリシアの言葉にロンは満足そうに笑った。


 そうして元気よく馬車に乗って旅立って行ったのだった。




 深夜。皆が寝静まった頃。パトリシアは息を顰め、神父様の部屋を見張っていた。


 教会に来てからずっと、パトリシアはここで働く大人たちを信用していなかった。

 衣食住を世話になっている身なので感謝の気持ちはあるし、当たり障りなく接してきたけれど。


 思い返せばパトリシアがこの孤児院に来る前にも、年長者の少女が行方不明になったきり戻ってこない事件があったとマリーに聞いたことがある。

 その割に、ここの大人たちはしれっとした顔をしているのだ。


(あやしい……)


 そんな事を考えているとランプを手に持ちゴードンが自室から出て来た。

 パトリシアは気配を消して足音を立てぬように後をつける。ヘクターに教わった隠密スキルがこんな形で役に立つとは。


 ゴードンはパトリシアに気付くことなく物置部屋へと入っていった。

 ドアに耳をつけ中の気配に集中する。


 ゴゴゴゴゴッ――


(石が擦れるような音……?)


 しばらくすると部屋から人の気配が消えた気がした。

 パトリシアは一か八かドアを開け物置部屋へ。


「神父さまがいない?」


 確かにこの部屋に入っていくのを見たのに。部屋の中には誰もいなかった。人が出られるような窓もない。

「一体、どこへ……」

 そこでふと不自然に動かされた木箱に気が付いた。元々木箱が置かれていたらしい空間がありそこの床を調べると。


「っ!」

 床の一部に隙間があることに気が付き横にずらすと。


 ゴゴゴゴゴッ――


 地下へ続く隠し階段が現れ息を飲む。

 なにか武器をと近くにあった木刀を片手に、パトリシアは地下室へと降りて行った。




 階段を降りると真っ直ぐに続く一本道が伸びていた。

 ずっと奥から漏れてくる明りを頼りに、石造りの壁を伝ってゆっくりと進んでゆく。


「ぃ……許して、ください、神父様っ」


(マリー!!)

 思わず声を出しそうになったがグッと堪える。

 明かりが漏れる部屋を覗くと、足に錘の鎖を付けられたマリーの姿が。


「ここから、出して……ください」

 泣きながら懇願するマリーに鞭を打つのは、鬼畜のような目をして笑うゴードンだった。


(ああ、やっぱり)


 パトリシアはなんのショックも受けなかった。ここ数年で何人もこんな本性の大人を見てきたから。

 けれどゴードンを祖父の様に慕っていた彼女の気持ちを思うと胸が痛む。


「マリーが悪いのですよ。パトリシアと共に、この教会を出て行くだなんて」

「っ!」

 この前二人で話した事を、ゴードンは盗み聞きしていたようだ。

「貴女はここに、私の傍にいる定めなのです。永遠に」

「いや、そんなのいやです」


「なぜ……ああ、安心なさい。貴女の大好きなパティも、もちろんいずれはこの部屋に仲間入りする予定ですよ。これも全部、神のおぼしめっ」

「はぁ!」

「グハッ……」

 木刀で渾身の一撃をお見舞いすると、ゴードンは呆気なく意識を無くし倒れた。


「パティ……なんで、ここに」

「マリーを探しに来たんだよ」

 言いながら部屋を見渡しパトリシアは肌が粟立った。

 部屋の奥には鉄格子の牢があって、足枷を付けられた少女たちが数人虚ろな目をして人形のように座っている。


「彼女たちは?」

「ぜ、全員、数年前から行方不明になっていた施設のお姉さんたち、なの」

 カタカタと震えながらマリーが答える。


 どうやらゴードンは少女趣味の変態のようだ。自分好みの少女を施設内で選び、お気に入りは養子に出さず頃合いを見て自分のモノにする。


 見た所、大人の女性は混ざっていないので、少女じゃなくなった女性は売られるか始末されてきたのだろう……


「神父様が入れてくれた紅茶を飲んだら、急に眠くなって。次に目が覚めた時にはここにいたの……それで……」

 牢にいる少女たちのように従順になるまで、鞭で躾られていたのだろう。

 頬を腫らし傷だらけのマリーをパトリシアはぎゅっと抱きしめた。


「もう、大丈夫だよ」

「でも、でも……神父様を怒らせてしまったら、もう私、行くところがっ」

 こんなことをされてもなお、マリーは教会の外に出るのが怖いようだった。

 ここに自分を守ってくれる大人なんていないというのに。


「……わたしは、もうここを出て行こうと思う」

「え……」

 マリーはパトリシアの言葉に絶望の表情を浮かべた。

「マリーも来る?」

「い……行く!」


「じゃあ、わたしの秘密、マリーにだけ教えてあげる」

 マリーを抱きしめパトリシアは「ヒール」と唱えた。その瞬間、彼女の身体は閃光しみるみる傷が癒えてゆく。


「……パティ、貴女」

 驚き瞬きも忘れているマリーに「説明は後」と告げ、パトリシアはゴードンの懐を探り足枷を外す鍵を見つけ出す。


「行こう」

 いつまでも呆然と座り込んでいるマリーの足枷を外し手を差し伸べると、ようやく彼女はよろよろと立ち上がった。

 そのまま出口まで引っ張って行こうと思ったのだけど。


「待って! お姉さんたちも助けなくちゃ」

 マリーにとっては彼女たちも家族同然の存在だったのだろう。でも。

「そんなに大勢は連れていけないよ」

「でも、皆家族だもの! あ……そうだわ、ジミーたちは!」

「大丈夫、あの子たちは今日、養子先へ」


「そんなっ……」

「マリー?」

 安心するどころか青ざめる彼女の表情を見て、パトリシアも嫌な予感がした。


「ここに閉じ込められてから聞いたの。神父様にとっていらない子たちは、養子先へ行ってるんじゃなく、一部の子たちは売られてるんだって。そのお金で、この教会はなりたっているんだって……」


「っ」

「助けなきゃ! ねえ、パティ、どうしよう!!」

 そこまでこの場所は腐っていたのか。そう思ったけれど、自分たちじゃどうしようもない。

 まだ自分の身を守るだけで精いっぱいなのだ。大勢を救う力なんて自分には……ない。


「わたしたちには、無理だよ……行こう、マリー」

「ダメよ、私たちだけ逃げるなんて」

 そんなことを言われても……けれど。


 あの子たちはどこに売られて行くのだろう。命の保証はあるのだろうか。


 自警団に助けを求める? しかし行方不明者がこんなに出ていたのにゴードンは野放しにされていた。ゴードンの協力者が自警団にもいるかもしれない。

 子供の戯言だと揉み消されるかもしれない。


 この状況を打破するには強力な権力や財力が必要だと思う。ちっぽけな自分になにができるというのか。


(権力……財力……)


 いつもポケットに入れている小袋をぎゅっと握りしめた。


「……一つだけ、もしかしたら助けられる可能性があるかもしれない」

「ほ、本当!?」

「とても低い可能性だけど……」


『お、おれも! パティが手紙送りたいっていうなら、読み書き覚えてやってもいいぞ』

 ロンとジミーの人懐っこい笑顔を思い出す。

 一緒に生活してきた、他の子たちの顔も……


 ここで見ないフリして彼らを見捨てたら……一生後悔するかもしれない。


(なら……自分に出来る精いっぱいの事をしよう)


「とりあえず、二人でこの町を出よう。今すぐ」

「え、でも! どこへ行くの?」

「……クレスロット王国」


『いいかい、パトリシア。もしもの時は、クレスロット王国に向いマクレイン侯爵様を頼るんだ』


 あの時の父の言葉がまだ有効なのかは、分からない。

 得体のしれない嫌な予感から、ずっと王国に行くことは避けていた。でも。




 パトリシアはその日の夜のうちに、マリーを連れてこの町を出発したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る