とある王子の不遇

 ここは大陸の中でも強国として名高い、竜神の加護を受ける王国クレスロットの王城。


 王宮の中庭はいつも様々な催し物が開かれており、貴族たちで賑わっている。そんな光景をこの国の第一王子サディアスは遠目からいつも見ていた。


 弟の第二王子ブレントは華のある美少年で活発で、いつも子供たちの輪の中心となり庭を元気に走り回っているというのに。


 サディアスも決してその輪に入れないほど内気な性格というわけじゃない。

 でも不用意に混ざれない。王室の誰もサディアスの存在を認めようとはしてくれない。

 自分だってブレントと同じ国王陛下の息子なのに……




 そんなサディアスが十歳になった頃、王宮の庭で名家の子息たちを集めたトーナメント形式の模擬試合が行われる事になった。

 いつもは、はぶかれるサディアスの参加も許されており、ここで実力を示せば自分や母への風当たりも少しは良くなるんじゃないかと思った。




「母上、今日の試合絶対に優勝するから見ていて!」

 母と生活をしている離宮で二人朝食を取りながらサディアスは宣言した。

 試合に勝てば母のジルは喜んでくれるだろうと思っていた。それなのに。


「サディアス、良く聞いて……」

 ジルは困った顔をしながらサディアスにとって残酷な事を言った。


 ブレント殿下より目立ってはダメよ。上を目指してはダメ。本気を出してはダメ。勝ってはダメよ。

 口を酸っぱくするように何度も何度も。


「なんで!! いつもいつも俺と母上ばかり遠慮して我慢して、こんなの不公平だ!!」


 サディアスは側室の子。ブレントはこの国で聖女と呼ばれている王妃の子。

 そこで周りの態度に差が出るのは仕方ないと子供ながらに理解している。

 けれど必要以上に見下され、蔑まれ、肩身の狭い思いをする筋合いなどないはずだ。


 なぜなら国王はサディアスとブレント両方に王位継承権を与えたのだから。


 だがそんなサディアスの考えを、唯一の味方であるはずのジルに否定された。

 そのことがサディアスはショックだった。


「なんでっ……」

「これはあなたを守るためでもあるの。分かってくれるわね?」


 なぜ? どうして? 分からない。納得がいかない。


(だって、俺だって父上の息子なのに!!)


 王の息子はブレントただ一人。そう影で言われていることを知っている。それが、どうしてもサディアスは許せなかった。

 母のことも自分の存在も全てを否定されているようで。


(勝って、絶対に認めさせてやるんだ!!)






 サディアスはトーナメントの予選を順調に勝ち進んだ。

 模擬戦は木刀を使った試合で魔法の使用は禁止。先に一本取るか降参した方が負け。

 また時間制限以内に勝敗が付かなかった場合は審判の裁量で勝敗が決まる。


 準決勝で当たったのは自分より二つ年上の伯爵令息だった。

 十歳と十二歳じゃ体格にも差がありこちらが不利になるかと思われたが、相手の技量はサディアスにとって大したものじゃなかった。


「う、うわぁ!? 参りましたぁ!!」

 試合開始直後からサディアスの攻撃を受け止める事だけで手いっぱいだった相手は、手が滑り木刀を落とすと、戦意喪失したようで自ら降参を叫び試合は終了した。


(よしっ! あと一人だ)


 ちらっと観客席に目をやると、こちらを心配そうに見つめるジルの姿があった。

 本気を出すなと忠告されていたのに、それを無視して勝ち進むサディアスにハラハラしているようだ。


 普段は母親思いで逆らったりしないサディアスだが、今日は絶対に譲れない。自分の意思を曲げるつもりはなかった。


 他の貴族たちと混ざって観戦するジルとは違い、特等席で扇子片手に悠々と観戦する王妃を一瞥してからサディアスは自分の席に戻り、次の試合を観戦した。


 これに勝った方が決勝で対戦する相手になる。

 特設の舞台に上がったのはブレントと、騎士団長の息子だった。

 相手が騎士の家系ということもあり白熱した試合になるかと思ったが、試合が始まってすぐにブレントが一本取って呆気なく終わった。


 これは油断できないかもしれない。が、今までのブレントの試合を見て勝てない相手ではないとサディアスは思った。




 会場がざわめきだす。なにかと視線をやると、国王ザルバックが姿を現していた。

 わざわざ決勝戦を観に多忙の中やってきたらしい。


 久々に見た父の姿に自然と背筋が伸びた。

 いつも冷静沈着で動じない金の瞳と、人目を引く美しい銀色の長髪。

 遠目から国王陛下にある自分と同じ色や特徴を毎回見いだし、自分たちは親子なのだと実感するたびサディアスは嬉しくなる。


 益々やる気が出てきた。滅多に会えない尊敬する父に、自分の成長を見てほしい。

 王位継承権を与えた事を、間違いだったと思われたくない。


 そんな思いを抱きながらサディアスは決勝の舞台へと上がった。




「ふん、誰かと思えば決勝の相手は兄上か」

 舞台上で待ち構えていたブレントが、こちらを見た途端鼻で笑う。

 ムカッとしたがブレントの挑発にはのらない。


 ブレントは口では兄上などと呼びながらも、サディアスのことを見下している。

 生まれた時から周りの大人たち、とくに王妃である母親がそんな態度だったせいで、彼にとってはこれが当たり前で、仕方ないのかもしれない。


 けど、ブレントが本心ではこちらを兄と思っていないのと同じように、サディアスもブレントを可愛い弟などと思ったことは一度もない。


「ブレント、今日は負けないから」

「ははっ、バーカ。オマエごときがオレに勝てるわけないだろ? オレは最強で天才なんだぞ!」


(バカはどっちだよ)


 勉学でも武術でも、いつもジルにブレントより目立つなと釘を刺されるから、こちらは本気を出せないでいただけだ。なのにそんなことを知らないブレントは、いつもいつも見下してくる。いけ好かない王妃と同じ青い瞳で。


(けれど、それも今日までだ!)



 サディアスが木刀をぎゅっと持ち直したのと同時に、試合開始の笛が鳴り響く。



「っ!?」

 その瞬間スタートダッシュを決めたサディアスは、相手に反撃の余地を与えない猛攻撃をはじめた。


「どうしたの、ブレント。逃げてるだけじゃ、勝てないよ?」

「ぐっ、そん、なっ」


(なんだ、本気を出せば、こんなものか)


 サディアスは拍子抜けした。ブレントも弱くはない。少なくとも、今日この試合に参加していた子供たちの中では。

 けれど弱くはない、その程度だった。


(次で決める!!)


「はぁーっ!!」

「なっ!?」


 サディアスの一撃を受け止めきれなかったブレントは、木刀を弾き飛ばされ無防備になる。

 勝負は決まった。その瞬間、開始と同じブザーが鳴り響く。


「…………」

「………………?」


 しかしいつまで待っても審判が「勝者サディアス」の名を呼んでくれなかった。

 不思議に思い顔を見上げると、審判の男性は何度も貴賓席の様子を窺い冷や汗を流している。


 そこへ血相を変えて審判の部下らしき男が駆け寄って来たかと思えば、なにやら彼に耳打ちをした。そして……


「サディアス殿下、不正により失格!! よって、優勝はブレント殿下!!」


(なっ……どういうことだよ!?)


「不正なんてしてない!!」


 すぐに意義を唱えたが、そこへブレントの側近の青年ジュールがやってきた。


「サディアス殿下、準決勝の対戦相手から証言は取れています。貴方に脅されわざと負けるように言われたと」

「嘘だ!! そんなわけっ」

 何度も違うと訴えたが周りにいる大人たち皆、偽証をしている令息の言葉だけを信じ話を聞いてくれない。


(なんで、なんでだよっ。俺は、正々堂々と戦ってっ)


「姑息な手段で決勝まできて楽しいか? 情けないやつ」

「っ!?」

 ブレントが軽蔑の眼差しでこちらを見ている。


「ブレント、そんな人と口を聞いてはなりません。卑怯な手を使って、浅ましい」

 いつの間にかこちらに来ていた王妃は、そう言いながら扇子の下で口元を歪め笑っていた。


(まさか……王妃が仕組んだのか!!)


「ブレント様、表彰式が始まります。こちらへ」

 ジュールに連れられブレントは表彰台へ上った。

 サディアスはポツンと一人取り残され、それを眺める。


「正々堂々と戦った……勝ったのは、俺なのにっ」

 涙で視界がぼやける。本当なら自分が立っているはずの場所で、ブレントが誇らしげに笑っている。

 国王陛下に金のメダルを掛けてもらい、嬉しそうに。


「サディアス、離宮へ帰りましょう」

 迎えに来たジルは、試合の事にはなにも触れず、声を殺して涙を零すサディアスの頭を優しく撫でる。




 サディアスはこの時、悟った。

 ブレントとの間にある扱いの差は、どんなにがんばろうとも自分の努力だけでどうにかなるものではないのだと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る