第5-29話 世界の主:上

『坊っちゃん! 避けて!』

「……ん」


 世界の主が手を俺たちに向けた瞬間、1つ目のモンスターが叫ぶ。


 『真眼』で相手の導糸シルベイトが見えているとはいえ、それが凄まじい勢いで俺の頭上を駆け抜けるものだから思わず肝を冷やした。


 俺と同じで、おそらく射程が数キロ単位である魔法の糸。

 それが遥か後ろにある木々の1つにぶつかった瞬間、木が一瞬で腐り果てた。


 属性変化の中でも水と風、そして木を混ぜ合わせた『複合属性変化:腐』。

 木の幹が真っ黒になり、ぶずぶずと泡を発生させながら嫌な臭いを立てるのを見ていると、あれが当たった時のこと考えて背筋に冷たいものが走る。


『お館様! ここにあっしがいますよ!! 法術を撃つのはやめてくだせぇ!!」


 その魔法を俺の隣で見た1つ目のモンスターが半泣きで叫ぶ。

 目が大きいからなのか、モンスターだからなのか知らないが、その涙の大きいこと大きいこと。


「……聞こえてないでしょ」

『それでも言ったら止まるかもしれねぇじゃねぇですかい!!』


 モンスターが苦情をとなえるが、それでも聞こえていないと思う理由は1つ。

 

『貴様、強いなッ!!』

『“魔”が人を褒めるとはな。珍しいこともあるものだ』


 世界の主が、雷公童子にえられているからだ。

 雷公童子は基本的に声がでかいので、こちらの声が聞こえるはずもなく。


『よく練り上がっているッ!』

『このオレ何年いくつ、生きていると?』


 そんな2人は徒手格闘――殴り合いを続けている。

 両者ともに全身を『身体強化』。

 2人が拳の押収を交わすたびに衝撃と魔力が火花のように撒き散らされる。


 恐ろしいのは、そんな最中にありながら世界の主……『第七階位』は俺と、1つ目のモンスターに向けて魔法を放ってくるのだ。

 俺たちの姿は化野晴永あだしのはるながの魔法によって隠されているにも関わらず、だ。


『良い者には、良いと言わねばみのった者に失礼であろう!』


 雷公童子はそう言いながら、右足で蹴りを放つ。

 それを左腕と左足で防いだ世界の主が微笑んだ。


『奇怪なことを言うものだ』


 世界の主は雷公童子の足に『導糸シルベイト』を3本絡みつけて『複合属性変化:腐』。雷公童子の漆黒の鎧がチーズみたいに溶けて、穴が空き、煙が立つ。


 しかし、雷公童子は腐り果てていく足を『形質変化』。

 一瞬、足が紫電になると瞬きする間に治っており――左足を軸にして、治ったばかりの右足で賢者の身体を蹴り上げた。


 ドウッッツツツ!!!!


 蹴りにより世界の主ごと空気が上空に持っていかれ、俺たちの身体が蹴った空間に向かって引っ張られる。


『良いぞ、雷公童子』


 どろり、とした声が聞こえる。

 空に吹き飛ばされた世界の主に対して無数の『形代カタシロ』が飛んでいく。

 

 俺たちと同じようにどこかに隠れていた化野晴永あだしのはるながの魔法。

 それを見た世界の主の口角が持ち上がる。一拍遅れて、『形代カタシロ』が爆ぜた。轟音、爆炎。空が赤く染まり、熱波が俺の顔を撫でていく。


 目を開けてられないほどの熱に思わず目をつむり――すぐに目を開くと、上空で燃え上がった炎が渦巻いているのが見えた。


『法術は“氣”――今は、魔力と言うか。これをもとにし、形を成す』


 どういう魔法なのか、空中に浮かんだまま世界の主が俺たちを見下す。

 その瞬間にもずっと炎は渦を巻き、まるで圧縮されているように世界の主の手元でどんどんと小さくなっていく。


 そして、たった1つの火球になった。


『だが自らの周りを魔力で覆いを作り、敵の法術を自らの魔力にやれば――この通り』

 

 俺は後ろに向かって『導糸シルベイト』を伸ばす。

 それを見計らったように世界の主は俺たちに向かって、火球を放った。


『相手の法術を使こともできる』

「……ッ!」


 その声が届くのと、俺の眼の前が紅蓮の炎に染まるのは全く同時だった。

 

 ギリギリで避けきれないと思った俺は目の前に岩の壁を展開。爆炎と爆風を合わせて防いだ。その瞬間、壁の両脇を炎が溢れた。


『法術ではなく今は魔法と言うのだったか? “魔”のとは――つくづく、皮肉が効いている』


 その壁を俺が霧散させた瞬間、眼の前に世界の主が立っていた。

 俺は1つ目モンスターの身体を投げ捨て、両足に『導糸シルベイト』を回して地面を蹴る。


 そして、全体重を乗せた『躰弾テイダン』を放った。


『良い』


 両の腕を交差して俺の蹴りを防いだ世界の主が、小さく漏らす。


第七階位甲種の戦いにおいて遠距離魔法の運用はすすめられない。理由は分かるだろう』

「……魔法が」


 着地と同時に、両手をついて身体をひねる。

 ずっと父親と一緒に練習してきた近接格闘。地面についた手を軸にして、足を大きく回す。グルり、と回転の遠心力を乗せて大きく蹴り飛ばす。


「見えるからッ!」


 夜刀ヤト――『独楽撃コマウチ』。


『――しかり』


 世界の主が数メートルほど身体を後ろに滑らせる。

 その口角の端がつり上がっているのを、俺は見逃さなかった。


 ……足りていない。


 それが分かる。嫌というほどに思い知らされる。

 父親や、レンジさんほど体格が良くない俺ではあの2人のような威力が出せない。

 当たり前だ。2人とも身長は180cmを超えているし、筋肉質な身体だから体重は80〜90は超えているだろう。


 そんな2人に、小学生の身体で届くはずがない。

 だが、だからといって――諦める理由には、ならない。


 俺には魔法がある。『導糸シルベイト』がある。

 足りない威力は『強化』で補う。足りない距離リーチは糸で補う。


 それを使いこなせるように俺は頑張ってきたのだから。


「……逃さないッ!」


 だから、畳み掛ける。

 後ろに滑った世界の主、そこに向かって飛び込んでやる。


 世界の主は、良いことを教えてくれた。

 互いに魔法が見えるのだから、遠距離の魔法は使い物にならないのだと。


 ――そう、の魔法は。


 ここからは、父親がまだ教えてくれていない応用編。

 俺は視線を上げると、世界の主に向かって『導糸シルベイト』を放った。


 世界の主の顔に、わずかばかりの陰りが浮かぶと簡単に避けられる。


『先ほど言ったであろう。その距離での魔法は――推奨されないと』

「うん。聞いたよ」


 俺の伸びた『導糸シルベイト』はそのまま俺たちの雷公童子の右腕に絡みつく。


 そして、俺の意図を汲み取った雷公童子が右腕を大きく引いた。

 ぐん、と身体が加速する。第六階位のモンスター、その腕力に抵抗しない俺の身体など簡単に勢いを増す。


 増した勢いに身体を預け、右の手のひらに2本の『導糸シルベイト』を生み出し、絡め『形質変化』を与える。


 それは俺が初期に覚えた斬撃の魔法。

 『形質変化:刃』と『属性変化:風』を組み合わせた不可視の斬撃。


 それを夜刀ヤトの要領で叩き込む。


 『導糸シルベイト』を使った全身の加速。

 それを使った夜刀ヤトの抜刀術を、


「『風刃カマイタチ』ッ!」


 ――『星駆ほしがけ』と言う。


 ブヅッ!!!! と、肉の斬れる音がした。


 世界の主、その身体に斬撃が叩き込まれる。

 黒い血液が飛び散るのと同時に、世界の主の口角が釣り上がる。


『――素晴らしい』


 その言葉に俺も頷く。強くそう思う。

 遠距離魔法が使えないのであれば、それを近接戦に使えば良いのだ。


 まだ、確信はない。


 けれど今ので――コツを掴んだ気がする。




 ◆あとがき◆


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