第5-30話 世界の主:中

『素晴らしい。いまのは、素晴らしいぞ』


 世界の主の口元からこぼれる血の泡と称賛の声。

 それを聞きながら、俺はさらに追撃の蹴りを放つ。


 しかし、それはバックステップで避けられた。仕方なく地面に着地。

 向こうが『導糸シルベイト』を使ってこなかったのを見てから、言葉に出す。


「……ありがとう」


 俺が放った斬撃は、避けれるはずもなく世界の主にクリーンヒット。

 どくどくと黒い血を溢れて地面に染みを作っていくが、すぐに止まる。

 止まった理由は明白だ。まるで手術の傷口を縫合する時の糸みたいに『導糸シルベイト』が世界の主の傷口を縫っているのだから。


オレに感謝を? つくづく変わっているな、坊主』


 いま、確かに俺は新しい組み合わせを試した。

 魔法を近接格闘で使うという、新しい組み合わせを。

 

 言葉にすると簡単だし、俺だって出来るような気がする。

 しかし、実際にはそう簡単な話じゃない。


 理由は、2つ。


 1つは威力の高い魔法には、反動があるということだ。

 例えば俺の使っている『焔蜂ホムラバチ』。あれは炎を槍にして飛ばす魔法だが、ぶつかった後で爆発する。爆発することで威力を高めて、モンスターを祓うのだ。


 だが、そんなものを近接格闘に混ぜたらどうなるか。

 決まっている。俺が爆発に巻き込まれて、死ぬ。

 

 『朧月おぼろづき』だってそうだ。

 あんなものを俺は自分の近くで使う気にはなれない。

 下手すれば俺も巻き込まれる可能性だってあるのだから。

 

 2つ目は、シンプルに俺が慣れていないということだ。

 父親が教えてくれた夜刀ヤト流の剣術は魔法を使うことが前提の魔法だが、そこで使う魔法は『身体強化』だけなのだ。他の魔法を合わせて使うように教えられていない。


 だから、慣れていない。

 やったことが無いんだから、慣れるという言葉もおかしいと思うけれど。


「……ん」


 つまるところ簡単な話……いまさっき掴んだばかりのだけが頼りどころなのだ。


『顔持ちが変わったな。何かをたくらむ顔だ』


 世界の主にそう言われて、表情を固めた。

 別に何かを企んでいるわけじゃない。


 ただ、やれることを増やしたいと思っただけだ。


 俺は両足に『導糸シルベイト』を絡めると、さらに『導糸シルベイト』をテーピングのようにして両手に巻き付ける。片方の腕に、それぞれ2本、合計4本を。


 準備はできた。

 

「……よし」


 小さく息を吐いて、地面を蹴る。

 前に飛び出す。『身体強化』によって、身体が凄まじく加速する。


 さっきまで空いていた距離を一気に詰める。

 

 俺がつけた斬撃の傷は俺が一回呼吸している間に九割くらい治癒し、会話をした瞬間に服まで含めて治ってしまった。魔法の威力も広ければ、『治癒魔法』の練度も高い。高すぎる。


 俺は息を吐くと全身を『身体強化』。

 地面を蹴ると世界の主に向かって避けられる前提の『風刃カマイタチ』を放つ。


 当然、身体を傾けて世界の主は斬撃を回避。


 その一瞬の停滞に向かって、俺は飛んだ。

 

 両腕に巻き付けた『導糸シルベイト』を『属性変化:水』。

 だぷ、と両腕に重みが加わるが、それを身体強化で無理やり動かす。動かしながら、全体重を乗せたドロップキック――『躰弾テイダン』を放った。


『……ほう』


 それを馬鹿正直に腕で受け止めた世界の主は声を漏らす。


 体重が足りないのなら、魔法で増やせば良い。

 そう考えて俺は両腕に水の塊を生み出したわけだが……当然、その程度では世界の主に届かない。


 世界の主が俺の足を掴む。


『重さを加えるという発想は良し。しかし、それでは先程の見えぬ斬撃の方が優れていたぞ』


 ぶらり、と身体が重力に引かれて落ちる。


 落ちる俺の両腕には、重り代わりに生み出した水の塊がくっついている。

 その水の塊は俺の手から、近くあった世界の主の身体に移動する。


 普通だとありえない動きをして、身体に付着する水の塊が世界の主の胴を包む。当たり前だ。俺が魔法で生み出した、魔法の水なのだから。


『――?』


 そして、俺の手にくっついているのは水の塊だけではない。

 二重に仕込んだ『導糸シルベイト』が変化を残して俺の手元にある。

 その『導糸シルベイト』は、まっすぐ水の塊に繋がっている。


 それはさながら、ダイナマイトにつながる導火線のように。


「ねぇ」


 さながら、というのは正しくない。

 現にこれは導火線なのだから。


「これは痛いよ」


 宣言すると共に、世界の主にくっついた水の中で起爆した。


 ――ドッッツツツ!!!


 次の瞬間、世界の主に結びついていた水の塊が内側に向かって破裂する。

 重く鈍い音が響いて、世界の主の口から痛みに耐える声が漏れた。


『……ッ゙ヅ!』


 俺の足を掴んでいた力が弱まる。

 残っていた方の足で世界の主の手を振り払うと地面に着地。


 すぐさま距離を取ると、痛みに耐えるように強気ぶって笑う世界の主がいた。


『これは……効く、な』

「だから言ったんだよ。痛いよって」


 昔、YouTubeか何かで見たことがあるのだが……ダイナマイト漁というがある。

 

 これは水中で衝撃を出すことで川や湖にいる魚を殺してるというガチの法律違反の代物で、生態系への影響が大きすぎて禁止されているらしい。どうして水中で衝撃を出したら魚が死ぬのかと言うと、水中で生まれた衝撃の威力と伝わる速度は空中の数倍なのだという。


 だから普通の爆弾で戦艦は沈められないが――衝撃が伝わりやすい海中で爆発する魚雷は船を沈められるのだと、そのコメント欄か何かに書いてあったのだ。


 その時はそういうものなのだと特に意識することなく流したが、今の世界の主を見ているとどうやら本当なんだろう。


 爆破は水中を通すことで威力のロスがなく、また最初から魔法の水で包んでやれば水中だけで衝撃を留めることができる。


『……優しいな』

「色々、教えてくれたからお返し」

『随分な、返答だ……』


 世界の主は数度たたらを踏むようにふらつくと、今度は大きく黒い血液を吐き出した。


 当たり前なのだが『身体強化』で強化するのは、だけだ。


 内側……つまり内臓を強化する祓魔師なんていないし、そんな必要もない。

 だから身体の内側まで届く一撃は、とても重い。


 俺は世界の主に言葉を返すと、さらに距離を取った。

 なぜなら、その後ろには俺が呼び出した鬼がいるのだから。


『良いまじないであったぞ、わっぱッ!』


 雷公童子はそう叫ぶと、まだ傷を治しきっていない世界の主を蹴り飛ばした。

 さっきまでの攻防が嘘みたいに簡単に攻撃を受けた世界の主は、まるでサッカーボールのように空中を飛ぶ。


 俺たちの戦いで切り落とされ、あるいは引き抜かれた木の姿をした老爺のモンスターたちが泣きわめく上を何度かバウンドして世界の主の身体が止まる。


 止まったところに化野あだしの晴永はるながの魔法が飛んだ。

 先ほど世界の主に奪われた爆破の魔法。それが起爆する。


 一瞬、目も開けてられないほどの光に包まれ――遅れて轟音が地面を揺らした。

 そして生まれた黒煙に生じて敵が逃げないよう俺が『属性変化:風』で生み出した暴風で煙を払う。


 すると、もはやそこにはどうして立っているのか不思議なくらいの人間がそこにいた。

 爆破に巻き込まれて左腕の先が無くなっており、左目と左耳は炭化し、黒く染まっている。左の足には『導糸シルベイト』が巻き付いており、ギリギリで身体を支えている。そんなボロボロになった服の隙間からは、刀が覗いている。


 おそらく、爆破の時に身体を捻って避けたのだろう。

 それで左半身を犠牲にした。


 そんな様子であったのに、世界の主が不敵に笑う。


『しばしのいくさ、楽しかった。本当に、心が踊った。いつの世も、有望な稚児ちごたわむれるのは……ああ、本当に良い」


 追撃に、雷公童子が飛び込む。


「では、こちらも魅せねばなるまい」


 俺も『導糸シルベイト』を五本、生み出す。

 もう終わりだ。いかに相手が戦い慣れていようとも、この状態から戦況を覆すことはできないはずだ。


 はずなのに、心臓が嫌に早鳴る。何かを仕掛けてくるという直感がある。

 1つ目のモンスターが叫んだ『常勝無敗』の言葉の意味を、考えてしまう。


「雷公童子ッ!」


 俺が叫ぶ。

 その声が届くより先に世界の主は残った右手で左に差し込んであった刀を引き抜いた。


「斬り戻せ――『陰光カゲミツ』」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る