第5-13話 エウレカ
ニーナちゃんを部屋まで見送ってから、自分たちの部屋に戻ると父親の姿が見えなかった。
部屋の中では母親が荷物から服を取り出してお風呂に行く準備を整えており、一方ヒナはベッドに座ってテレビを見ている。俺もテレビに視線を向けると、ワイドショーが流れていて『都内の小学校で起きた集団意識喪失事件』について取り扱っていた。
見ていて気分の良いものではないので、俺は視線を戻して母親に聞いた。
「パパはどこに行ったの?」
「シャワー浴びてるよ」
母親がそう言って浴室の方に視線を向ける。
耳を済ましてみれば、確かに浴室の方から水の流れる音が聞こえてくる。
「せっかくだから、温泉に行けばいいのに」
「この時間は他のお客さんもいるから、あんまり身体を見せたくないんだと思うの」
穏やかな表情で母親からそう言われて、俺は納得。
昼過ぎに温泉へ入った時は他の客がいなかったから良かったものの、今は夜。
絶対に他の客と会うことになるだろう。そうなれば、ちょっとした騒ぎになることは間違いない。
だから避けてるのか……と思っていると、母親がカバンから服を取り出す手を止めてから俺に聞いてきた。
「イツキはどうする? 温泉いく?」
「うん。僕は行く!」
昼はサウナにしか入らなかったから、今度はちゃんと露天風呂に入りたい。
そういうわけで俺は母親から服を受け取り、ヒナと3人で温泉に向かった。
「イツキ、1人で入れる?」
「僕、入れるよ。大丈夫」
母親にそう返してから、俺は男風呂の脱衣所に1人で入った。
周りを見渡せば母親が懸念していた通り、結構な数のお客さんが着替えている。確かにこんなところで父親やレンジさんが着替えを行えば、それなりに目立つだろう。避けるのも正解かもしれない。
俺は久しぶりに1人になったな、と思いながら身体を流して露天風呂に向かう。
扉を開いて外に出ると、冬手前の冷たい空気が濡れた身体をひゅう、と冷やした。
寒いな……と、思いながらお湯に身体をくぐらせる。
そして、俺は温泉の淵にある石に頭を預けて空を見上げた。
「……ふぅ」
傷だらけの2人がいないことに俺は若干の寂しさを覚えつつ、自分の腕を見た。
傷一つない、見慣れた自分の腕。だが、それは負った傷を治癒魔法で治したからだ。
さっきのテレビ番組――『児童の意識喪失事件』は、ウチの小学校のことだろう。
その発端になった
その時に負った傷はどこにも見えない。
当たり前だ。『治癒魔法』などと言っているが、やっていることは『形質変化』。
魔力に物を言わせて身体のパーツを作り出しているだけである。治癒魔法を使えるようになるまで、母親やヒナと一緒に身体の図鑑を見て勉強を繰り返したのが記憶に新しい。
そういえば、治癒魔法を使えば父親たちの傷だらけの身体を治すことができるんだろうか?
いや、出来ないんだろうな。
母親が『治癒魔法』を使えるのに父親の身体をあのままにしているのだ。世の中、そんなに上手い話は無いだろう。でも、うちの母親は『第一階位』だから、魔力量が足りなくて治せてない可能性もあるわけで。
「……ん」
分かんないなぁ、と思いながら目をつむる。
こういう難しいことを考えるのに俺は向いていないのだ。今も昔も、考えることから逃げていたんだから。
でも、こんな馬鹿な俺でも……ニーナちゃんを見てれば思う。
心を治せる『治癒魔法』があれば良いのに、と。
「……うん?」
そんな子どもの夢のような考えが、頭の中で引っかかった。
――本当に無いのだろうか、
『形質変化』は魔力さえあれば、どんなものでも生み出せる。
だとすれば、心を癒せる薬のようなものを生み出せるんじゃないのか。
俺が知らないだけで、魔法によってニーナちゃんの心は治せるんじゃないのか。
俺は思わず手元で『
編んでから、どう形を与えれば良いか分からず……手の動きを止めた。『形質変化』は明確に物体をイメージして、形を与える必要がある。そうしないと、あやふやなイメージのまま具現化されるのだ。
生半可なまま作って、実際に試すわけにもいかない。
人の心に触れるものなのだから。
だとすれば、俺はどうすれば良い……?
「……んー」
声を漏らす。
くしゃみが出そうで出ない時のようなもどかしさがある。
正解が分かったような気がしているのに、そこまでにたどるべき道が分からない。
いつもこうなった時は父親やレンジさんに聞いていた。
あの二人は、いつだって答えを知っていたから。
けれど、今回は違う。
温泉に来ている時点で、心を治す治癒魔法は無いと思われているのだろう。だったら聞いても……多分、前進はしない。
……本当に、どうすれば良いんだ?
分からないのであれば、知っている人に聞く。
それが一番早い方法だ。
だが、俺の周りに心に作用する『形質変化』の使い道を知ってそうな人などいない。
空を見上げると、冷え切った夜空に月が浮かんでいるのが見えた。
それは、いつかの夏合宿のときにアヤちゃんの心の中で見た景色にどこか似ていて、
「あっ」
思わず声を漏らして、立ち上がる。
教えてくれそうな人間はいない。
だが、教えてくれそうな
俺は思いついた勢いそのままに温泉を飛び出すと、身体をおざなりに拭き、更衣室にあるロッカー、その鍵を開ける。
素早く着替えると、遺宝のネックレスを手にして飛び出した。
そうして人のいない場所を探して歩き……どこも空いていなかったので俺は結局部屋に戻る。
「……あれ?」
部屋の中は暗く、灯りが灯っていなかった。
父親がいると思ったんだけど、どこかに行ってしまったみたいである。
しかし、これは
俺は遺宝の連なっているネックレス――その1つである琥珀色の遺宝を手に取ると、手元に魔力を集める。そうして編み出した『
そうすれば、そこに『第六階位』の“魔”が呼び出される。
まるで平安時代から抜け出したかのような
周りにいくつもの『
見た目だけなら、ただの人間に見える。
だが、こいつは人間ではない。
かつていた祓魔師の記憶と人格をコピーした蟲である。
「久しぶりだね、
俺がそう問いかけると、
「……何やってるの?」
『この身、まさか三度目の転生を果たすとは夢にも思わず。命を与えてくれた
雷公童子の時もそうだったんだけど呼び出すと、伏されるのは何なんだろうか。
まぁ、こうなっているのなら話は早い。
「人の心を治す……そういう薬を生み出す魔法を知らない?」
俺がそう聞くと、
『
「……あるには、あるんだね」
『くひっ』
『あるとも。人の精神をどろどろに溶かし、再び作り上げる。そうすれば、大人しくこちらの話を聞く
「僕の話、聞いてた?」
こいつ、もう遺宝に戻してやろうか……と思っていると、
『無論、主の求めていた
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