第5-11話 幻想

 その日は下山をしている間にすっかり日が暮れてしまい、再び生きた心地のしない道を走ることになった。


 しかし『魔力除外レンズ』を作った要領を活かし俺は指先で『導糸シルベイト』を編みこむ。

 これなら両手が塞がっていても魔法が使えるし、いざって時も安心だ。などと、俺が反省を活かして新しい方法を試していると、助手席に座っていた父親が静かに口を開いた。


「要求は打つ側に来るものだと思っていたんだがな」

「それだけイツキくんに期待してるってことなんだろ」

「だとしても、子どもを置いて行けなど……。とてもじゃないが受け入れられんだろう」


 鍛冶師が妖刀を打つ時にこちらに要求をしてくる。

 それは旅館に来たばかりの時も聞いたし、鍛冶場でも父親がその話をしていた。


 俺はてっきり『第六階位を倒していること』みたいに思っていたんだけどな。

 

「センセイはこちらが飲めない要求を突きつけて楽しむ節があるからな」

「金が問題にならないと思ったからこそのあの要求だろう。他の課題も……まぁ、イツキくんなら簡単に解決してしまうと思ったんだろうさ」


 金に困っていない……みたいな話をしていたが、前の方から聞こえてくる2人の会話を聞いていると、それも嘘じゃない気がしてきたな。多分、他の祓魔師の要求にはそれなりの金額を吹っ掛けているのかもしれない。


 車が山道を抜けて、幅の広い二車線に戻る。

 東京では感じられない自然特有の夜の闇が、俺たちを出迎えた。俺は視界を確保するために作っていた『魔力遮断』のレンズを解く。


 解いた瞬間、周囲がほのかに明るくなった。


「……ん?」


 街灯なんてないし、ホタルがいるような季節でもない。

 それを不思議に思って窓の外を見ると、山間から淡く光る小さな光球が空に向かって立ち昇っていた。

 それはまるで山全体が光っているように見えるが、光の昇り方からしてそうじゃない。

 俺は光の流れに逆流するように視線を下に降ろすと、はるか眼下に流れている川が黄金に光っていた。


 そういえば、川に源泉に流れてるんだっけか。


 そんなことを思い出す。思い出したから川が光っている理由も分かった。

 あれは魔力なのだ。昼間、太陽が出ている時は分からなかったけど、こうして夜になると見えるのか。


 まるで川そのものが満天の星をたたえた夜空のように見えるので、思わずその景色に呑み込まれていると、


「イツキくん。どうしたの?」


 視線の先に座っていたアヤちゃんが不思議そうに聞いてきた。

 魔力が見えないアヤちゃんからすれば、俺は真っ暗な中、急に窓の外を見始めた変なやつである。


「面白いものを見せてあげる。川を見てて」


 俺は指先で編んでいた『導糸シルベイト』をアヤちゃんの視界の前で、ぐるりと回すと先ほどまで俺がやっていた魔力遮断の真逆……魔力を集め、それに色をつけるレンズを生み出してアヤちゃんの眼の前に生み出した。


 こうすれば、きっと……見えるはずだ。

 そう思った瞬間、アヤちゃんが「わぁ……」といって息を飲んだ。


「……きれい」

「でしょ。魔力が流れてるんだよ」


 俺がそういうと、右手側から思いっきり手を引かれた。

 ニーナちゃんにも見せなきゃだな、と思いながらレンズを作る。その瞬間、ずっと無言だったニーナちゃんが「……きれいね」と漏らした。


 それに見とれているのか、アヤちゃんもニーナちゃんも無言になって天の川みたいに輝く川を見ていると、アヤちゃんがぽつりと小さな声で言った。


「……イツキくんには、世界がこう見えてるんだね」


 俺はその問いかけに、なんて返すか少しだけ迷って「いつもは普通だよ」と返した。


 返してから、俺は思考を実用的な方に持っていく。

 ……この魔力、どうにかして使えないだろうか、と。


 温泉でレンジさんから『魔力が水に宿っている』という話を聞いてから、使い方がないかといくつか案を出してはいるものの、実際に試してみるまではお預けだ。

 そして、こんなに暗くなってたらいますぐに試すわけにもいかないだろう。


 そうなったら、明日までは魔力の練習をお預けだ。

 俺はそう決意すると、帰りのドライブの間……ただ魔力を有効活用する方法を考えた。




 旅館に戻ると、ご飯が用意できているということで食事処に案内された。


「お腹すいたね、イツキくん」

「うん! 山、登ったしね」


 アヤちゃんに頷きながら、俺はニーナちゃんの手を引く。

 あんまりこういうことを言うとあれだけど、手を引いている間はニーナちゃんのメンタルも落ち着いてくれるから、俺としても安心できる。


 そんなことを思っていると座敷に案内された。

 中に入ると、もうヒナたちが到着していて俺たちの帰りを待ってくれていた。


 そんなヒナをあやしていた母親が、座敷に入った俺を見るなり尋ねてくる。


「どう、イツキ。刀は打ってもらえそうだった?」

「ううん。でも、また行くよ」


 母親からの質問に首を横に振って返すと、俺は適当な場所に座った。

 座ったら右にニーナちゃん、左にアヤちゃんが続けて座る。これがバランスですか。


 そうしてご飯が出てくるのを待っていると、季節の野菜の和物あえものとお吸い物から始まって、焼いた川魚を仲居さんが持ってきてくれた。そういえば、岐阜って海ないもんな……と、思っていると続けて仲居さんがキノコの炊き込みご飯をよそってくれる。


 それにお腹をすかせていると、ふとニーナちゃんが目の前にあるご飯を無言で見つめているのに気がついた。


「どうしたの、ニーナちゃん」

「……お腹、空いてない」


 返ってきたのは、小さく重たい声。

 山登りもしているから、お腹が空いていないってことはないと思うんだけどな……と、思いながらニーナちゃんを見ていると、視線の端に映ったイレーナさんが心配そうな表情を浮かべているのが見えた。


 これあれかな。

 もしかして、家でもご飯を食べれていない感じかな。


「このあと、お肉もあるって」

「お待たせいたしました。こちら、飛騨牛のステーキになります」


 言うがはやいか、仲居さんが今日のメインディッシュを持ってきた。

 ステーキと言っても一枚の分厚い肉ではなく、一口大にカットされた牛肉である。俺はそれを聞いた瞬間、初めて「飛騨」という単語と「岐阜」という地名が頭の中でリンクした。そういえば、飛騨って岐阜だったね。


 眼の前の卓上コンロでお肉が焼かれるのを見ながら、ニーナちゃんに問いかける。


「ニーナちゃん。お肉も食べれない?」

「うん。このままで、良いの」


 ご飯が食べられなくて良いはずがない。

 こういう時は何でも良いから胃に納めるべきだと思うので、俺はニーナちゃんにお椀を差し出した。


「お吸い物だったら、飲めるかな」

「……ありがと、イツキ」


 ニーナちゃんに勧めると、彼女は自分のお椀にゆっくりと口をつけて飲み干していく。

 それがあまりにスローなものだから、相当参ってしまっているのが伝わってきた。

 でも、汁物だったら飲めるんだと思って、俺は自分のお吸い物も差し出した。


「…………」


 こういう時に無理して食べさせるわけにもいかないからか、大人たちもそれに何も言わない。


 言わなかったら、ヒナが俺のところにやってきた。

 ヒナはほとんど残っているニーナちゃんのご飯、その中からデザートである果物を指さしてから、聞いた。


「ニーナねぇちゃ! ぶどう食べないの?」

「ええ、食べれないから……」

「じゃあ、ヒナがもらうね!」


 そう言ってヒナがニーナちゃんのデザートを横取り。

 いや、こういう場合は横取りでもないのか。


「こら、ヒナ。そういうことしないの」

「ニーナねぇちゃが良いっていったもん!」


 母親からたしなめられて、ヒナがいじける。

 まぁこれはどっちの気持ちも分かるな。


 なんて、そんなやりとりもありつつ……みんなご飯を食べ終わると、部屋に戻ろうという話になった。もう一度、温泉に入っても良いかななんてことを父親とレンジさんが話している後ろを3人で歩いていると、アヤちゃんに手を引かれた。


 思わず立ち止まると、アヤちゃんが俺だけではなくニーナちゃんの手も引いていて、


「あのね、イツキくん。話たいことがあるの」

「どうしたの?」

「ちょっと、こっち来て。ニーナちゃんも」


 アヤちゃんはそういうと、レンジさんに「ジュースかってくる!」と言って自販機コーナーに俺たちを引っ張った。


 連れてこられたのは四台ほど自販機が並んでいて、ベンチが1つとゴミ箱が2つ置かれている小さな部屋。

 まだ売店が開いている時間だからか、自販機コーナーには誰もいなかった。


 そうして、誰もいないことを確認してからアヤちゃんはほっと安心したように息を吐き出す。


「それで、話したいことって?」

「えっとね。話したいことがあるのは私じゃなくてね」


 アヤちゃんがそういった瞬間、ぱきり、と空気が凍りついた。


 ――そう錯覚するほどの温度変化を通じて、アヤちゃんの髪の毛が黒から銀に切り替わっていく。目の色が変わる。別人になっていく。


 そしてアヤちゃんと全く同じ見た目で、全く別の存在がそこにいた。


「久しぶりだな、イツキ」

「……氷雪公女」

「会いたかったぞ」


 そう言うなり氷雪公女は俺に抱きついてきた。

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