第5-10話 鍛冶師の対価

「ソイツを、ここに置いていけ」

「……私?」


 突然、指さされたニーナちゃんは困惑しながら声を漏らした。

 しかし、鍛冶師はそれを気にした様子もなく口端を吊り上げてから続けた。


「そうすりゃ打ってやろうよ。金は要らん。子を置いていけ」

「置いていくって、どういうことですか」


 その場にいた誰よりも先に、俺は鍛冶師の老人に問いかける。

 俺には、老人が何を言っているのか意味が分からなかった。


「言葉通りよ。お前の刀を打ってやる。そのためにゃ報酬がいる。仕事ってのは、労働に対する対価がねぇといかん。ここまでは、分かるか?」

「……うん」


 老人に押されるようにして、俺は頷いた。

 そこまでは言っていることに反論はない。俺も前世で働いていたから分かる。金がないと仕事なんてやっていられない。


「だが、金は要らん。わしァどうせ長くない。金があっても使いきれん」


 そんな老人の言葉を聞いて、俺は思わず老人の姿を上から下まで眺めた。

 着ているのはぼろぼろの服。履いているのは、靴ではなく草履。そのまま視線を工房内に移せば、至るところに鍛冶の道具が散らばっているが……その道具たちも古くて、ぼろい。


 とてもじゃないが、金を持っているようには見えなかった。

 

 こんな言い方も良くないかも知れないが、俺は生まれ直してから色んな金持ちを見てきた。ウチもそうだし、アヤちゃんの家やニーナちゃんの家、それに何より『神在月』家も見てきた。


 そんな家と比べて眼の前の老人が金を持っているようには見えないのだ。


 けれど、老人の態度に嘘はない……ように、見える。

 眼の前にいる老人は本音で、言っているように見えてくる。


 いや、でもよく考えてみれば世界に数人しかいない妖刀鍛冶師だ。

 客は祓魔師だが、遺宝を使うという妖刀の特性上、それなりに力の持った祓魔師が対象になるはず。


 そう考えれば、本当に金には困っていないのかもしれない。

 

 ……今はそんな話はどうでも良くて。


「お金が要らないから、その代わりにニーナちゃんが欲しいの?」

「おう、そういうことよ」

「どうして」

「理由を問うな。問わないことまで含めて、わしが求める対価よ」


 そう言って、老人がくつくつと笑う。

 まるで俺が言い返してくること、俺が問い返してくることを楽しんでくれているかのように。その態度が、こちらを小馬鹿にしたようなものだったから、少しだけむっとなる。


 一方で俺の後ろにいたニーナちゃんは、震えた声で尋ねた。


「……それは、イツキと離れ離れになるってこと?」

「そりゃそうよ。ここに残ってもらわないかん」


 ニーナちゃんの震える声に、老人は頷いた。

 頷いた瞬間、後ろにいたイレーナさんが声をあげた。


「そんなこと、通るわけがないでしょう!」

「ウン?」

「刀を打つ対価としてニーナを置いていくなど……そんなこと、私が許しません」

「わしァ、それで構わんよ。無理して打つ必要も無いの」


 老人がそう言うと、ずっと手に持っていた刃物をひらひらと揺らした。

 小屋の奥に設置された炉の光を反射して、断ち切った。


 そんな光景を前にしてイレーナさんはさらに続けた。


「……宗一郎さん。私は絶対に許しませんよ。イツキさんにはお世話になっていますし、ニーナについても返しきれないほどの恩を貰っています。ですが、何をされるか分からない妖刀鍛冶師マギスミスの元には置いていけません」

「分かっている」


 イレーナさんの宣言に、父親は深く頷いた。

 頷いてから一歩前に出ると、父親は鍛冶師に向かって言い放った。

 

「センセイが刀を打つ際に、こちらに難しい条件を求めてくるのはこれまで通り。私にも、レンジにも、そうだった。しかし子供を置いていけというのが飲めないことくらい分かっているでしょう」

「お前らの時とは違う。妖刀ぞ?」


 言い切った父親の言葉を、刃物のような鋭さを持って老人は断ち切った。


「その意味が、分かっとるんか?」

「はい。その力を知っているからこそ、センセイのところ……」

「いいや、分かってねぇ。お前らは妖刀の意味を分かってねぇよ」


 へらり、と鍛冶師が笑う。

 白濁とした瞳が細くなる。


「壇ノ浦、関ヶ原、鳥羽伏見。祓魔師がまだ“魔”ではなく、人と争っていたときに必ず妖刀はついてまわった。聞いただろう。一振りで百人を斬って、返す刃で千を斬った」

「……『十文字』」


 父親が短く返した。それは刀の名前だろうか。

 端から聞いてるだけだと……話が盛られた伝説のようにも聞こえるが、俺にはむしろに感じてしまう。


 だって同じことをやれと言われれば――今の俺なら、きっとできる。


「知ってんだろ? 戰場いくさばで死んだ人間を蘇らせ、数千という腐者と骸骨の軍勢を操り、たった1人で敵の軍勢と渡り合うことのできる刀がある」

「『哭蟲ナキムシ』でしょう」

「おう。なら、これは知ってっか? 『陰光カゲミツ』だ」

「……いえ」


 父親が静かに首を横に振る。


「源氏が平家を追っていた時、逃げる平家を仕留めきれず……日が暮れはじめた。このままでは逃げられてしまう。そんな時――追っていた源氏が時を斬ったんだよ」

「……それで?」

「太陽が指3つ分だけ、時間が巻き戻った」

「…………」


 鍛冶師の言葉に、完全に父親が黙りこくった。

 それは言葉の真偽を確かめているようであったし、妖刀という言葉の意味を飲み込んでいるようにも見えた。


 俺としても、後半2つに出てきた妖刀の性能が本当だとしたら……ちょっと、どう反応して良いかも分からない。流石に嘘だと思いたいが、第六階位の遺宝を使って打つのだとすれば、ありえそうだとも思ってしまう。


 そうして黙りこくった父親に、畳み掛けるように老人が続けた。


「お前らがわしに打たせようとしてんのは、そういう代物シロモノってことだ。それを端金はしたがねで打てと? 逆に聞くが……おめぇら、金でそんなものを打たせれると思ってンのか?」


 老人の粘つくような視線が、父親を捉える。

 確かにここまで言っていたことが正しいのであれば、金を払えば解決するようなものでもないというのは分かる。分かるのだが、俺としても言われっぱなしは気に食わない。


「……だとしても、僕の話でしょ」

「んァ?」

「妖刀は僕の話だ。ニーナちゃんは、

「…………」


 俺がそういうと、鍛冶師の顔に笑みが浮ぶ。

 また何か言うのかと身構えた瞬間、そこに父親が割って入った。


「今日は、帰ります」

「おう。気が向いたらまた来いよ」

「ええ、センセイも気が変わったら打ってください」


 そうして、すぐさま父親は踵を返す。慌てて俺はその後ろを追いかける。

 周りの反応を見ればイレーナさんはほっとしているようであったし、レンジさんは最初からこうなることを知っていたかのように微笑んでいた。


 そんな大人たちの反応に困惑しつつ、俺は父親に尋ねた。


「ねぇ、パパ。良かったの……?」

「ああ、センセイが気難しいのは今に始まったことじゃない」

「……なら」


 どうするの、と言おうとした瞬間にさらに父親が続ける。


「それでも、俺もレンジも刀を打ってもらっている」

「…………」

「つまり、やりようはあるということだ」

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