第4-31話 夢の終わり
「パパ!」
「ニーナ。パパがいなくて泣いてなかったか?」
私が思わずかけよるとパパは笑顔で私をだきしめた。
隣にイツキがいたから恥ずかしくて、本当はやめて欲しかったけどぎゅっとされるとうれしくて、心のそこから安心した。
数年ぶりに会ったような気がして、何だか不思議と涙が出た。
「おいおい。本当にパパが恋しかったのか。イツキが見てるぞ?」
「もう!」
パパの軽口に肩を叩く。
ぱし、という音から返ってきたのはかたい筋肉。
ひさしぶりに感じるパパの感触。
それをすこしの間だけ感じて、パパから離れた。あんまり長く一緒にいても、イツキに悪いと思ったから。
けど少し離れたばかりな私の涙をパパはぬぐって、
「せっかく一週間に一度の日曜日なんだ。泣いてばかりだと損だろ?」
そう言って、もう一度笑った。
私はそれにうなずくことしか出来なかったけど、そんなことを言うのはパパしかいないから私もつられて笑った。
「よし! じゃあ行くか。イレーナが来る前に全部乗っちゃおう」
「え、全部ですか?」
パパの子どもみたいな提案に、イツキがびっくりする。
けど、パパはそんなイツキの肩に手を置いて、
「おう! 男の子は女の子をエスコートしなきゃ行けないからな。そのためには先に全部乗っちゃうのが一番だろ?」
「エドモンドさんが乗りたいだけでしょ?」
「おおっと、イツキ。そう言うことを言っちゃダメだ。良い男には秘密が必要なんだぞ?」
パパはそう言うと、唇に指をあてて「しー」と言った。
言ってることとやってることが、もっと子どもっぽくなってイツキも笑った。
「じゃあまずは、アレから行こう」
イツキと私の手を取って、パパが最初に向かったのはジェットコースター。
思わずそれにぎょっとした。
ジェットコースターなんて今まで乗ったこと無いし、怖そうだから足がふるえてしまう。
だからあまり乗りたく無いな……なんて思ってると、パパがふっとイツキをみた。
「どうした、イツキ。ジェットコースター乗りたく無いか?」
「う、うん……。高そうだし……」
そういうイツキに、乗りたくないのは自分だけじゃないんだと安心する。
「ふーむ。それは良くないな。
「え、そうなの?」
イツキは
パパもそれを知ってるからか、ニコニコしながら続けた。
「俺も前にな、20階建てのビルの屋上からモンスターと一緒に落ちたことがあるんだ」
「どうなったの!?」
イツキの質問に、私も思わず
けどパパは、そんな危ない目にあったなんて思わせないような笑顔で、
「『ピクシー』に助けてもらったのさ」
「……ピクシーに?」
しかし、これに対して『信じられない』と言わんばかりの表情を浮かべてイツキが聞き返す。イツキがしなかったら私が同じことをしていたところだ。
「そうとも! 30くらいだったかな? 一気に呼び出して、身体を引っ張ってもらったんだよ」
「それで……飛べたの?」
「飛べはしないけど落ちるのがゆっくりになるんだ。そうやって無事に着地ってわけだ」
「モンスターはどうなっちゃったの?」
「モンスターはそのまま地面にドン! だな。その衝撃で祓っちゃったよ」
イツキも私もそろって目を合わせた。
パパのそんな話を聞いてると、確かに高いところに慣れておく必要がある気もしてくるんだけど……でも、ジェットコースターはなんか違う気がする。
私がそんなことを考えていると、パパはイツキを見ながら更に続けた。
「イツキは『
なんて、そんな気ままなことを言う。
イツキはそれに『絶対違うでしょ』と言いたそうな顔で、あいまいな顔をしていた。
そんな話をしていたら、ジェットコースターのすぐ下まで来ちゃった。
ついに乗るんだ……と思っていたけど、すごい人が並んでいて、それを見たパパも何とも言えない表情を浮かべていた。
そんなパパが列に並ぼうとしていた時に、イツキがある場所をまっすぐ指さした。
「ねぇ、エドモンドさん。身長制限あるよ」
「うん?」
イツキの指の先を見たら、私と同じくらいの背が描かれた人のシルエットがたっていた。そういえば、ジェットコースターとかは背が低いと乗れないのだ。
パパはちょっとびっくりした顔をして、
「……もしかしたら、乗れないかもな」
なんてことを言った。
実際に身長を測ってみたら私もイツキも身長が足りなくて。
それを見たパパは明らかにショックを受けた様子で、
「ま、まぁでも!
そう言って、私たちを次のアトラクションに連れて行ってくれた。
本当は乗りたかったんでしょ、と思ったけどそれを言うのはなんか違うと思ってぐっとこらえた。
ママが来るまでに全部乗る、と意気込んでいたパパだったけど実際に2つとか、3つのアトラクションに乗ったらちょっと疲れた顔をした。
それですぐ近くにあった売店を見つけると目を輝かせて「ティータイムにしよう!」とか言い出したものだから、ちょっと自由すぎじゃない? なんて、思った。
「イツキは何が食べたい?」
「ソフトクリーム!」
「わ、私も同じやつ」
イツキと揃ってそういうと、パパは『ママには内緒だぞ?』と言いながら一番大きなバニラのソフトクリームを買ってくれた。
パパが自分で食べる用のアイスを買ってる間に、私はイツキに近づいてこっそり聞いてみた。
「カレー味じゃなくてよかったの?」
「か、カレー……? なんで?」
「だって、カレーパンが好きじゃない」
「カレーパンは好きだけど、ソフトクリームはバニラが良いな」
「そうなんだ」
心のなかにイツキの好きなものをメモしておく。
いつか、どこかで使えるように。
そう思いながらソフトクリームを一口なめた。
冷たくて、牛乳の匂いが鼻のおくを通っていく。
美味しくて思わずイツキの方を見る。
すると、イツキも笑顔で食べてて何だかつられて笑ってしまう。
「座れるところに行こうか」
「うん!」
戻ってきたパパに引っ張られるようにして私たちはベンチに座った。
そして目の前を歩いている人を見ながらアイスを口に入れる。
美味しい。
美味しいのに隣にパパがいて、イツキもいる。
もうちょっとしたらママも来る。
そう思うと、私は眉をぎゅっと近づけた。
「どうした? ニーナ。急に食べて頭でも痛くなったか?」
「ううん。違うの」
パパに聞かれて、静かに首を振る。
「あのね、こんなに幸せで良いのかなって思ったの」
なんだか、こんなに幸せだとバチが当たっちゃうんじゃないかって。
そんなことを思った瞬間だった。
『本当に幸せかい?』
返ってきたのは私の知らない声。
知らないけれど、聞きたくないと思った甲高い声。
ぱっ、と声のした方を見ると、そこにはブタのヌイグルミが立っていた。
立ったままのヌイグルミが喋っていた。
『ここはキミの幸せがあるかい、ニーナちゃん』
「わ、私? なんで私の名前を知ってるの……?」
『知っているよ。知っているとも。だって、ここはキミの世界だ。キミが望んだ世界だ』
そんな、よく分からないことを言うヌイグルミに向かって、パパが『かん』と踵を鳴らした。
それは私とママだけが知ってる、パパの魔法のルーティン。
次の瞬間、パパが生み出した『シャドー』たちがヌイグルミの身体をつかんで影に沈み込ませる。異界に送る『影送り』。
『うわーっ! 早すぎ早すぎ! もっと出会いを噛み締めないと味が落ちます! 鮮度も落ちます!!』
「良い
モンスターの言葉を無視して、パパが肩をすくめる。
「モンスターの声に耳を傾けないことだ」
『アハハ! それはそう! 納得の塊。ボクは綿の塊』
けれど、ブタのヌイグルミはそこまで言った瞬間、影を
『素晴らしいね! 夢の中でも
「…………」
パパは何も言わないまま、再び踵を踏み鳴らす。
踏み鳴らした瞬間、ブタのヌイグルミが燃え上がった。
『……っ!?』
「なに……?」
しかし、驚いたのはモンスターだけじゃない。
パパもモンスターと同じように驚いた。
燃やしたのはパパじゃない……?
そう思った瞬間、ブタのヌイグルミが叫んだ。
『やられたやられた!
ヌイグルミはふざけたことを言いながら、全身の炎を振り払おうとしていたが全く消えない。
『あーあ! あーあ! 終わりだよ終わり。夢の終わりだ! 子どもに現実を突きつけるなんて、酷いことをするねェ! イツキくんも薄情ものだ』
ヌイグルミの身体が黒い炭になっていく。
『でもねボクは違う。面の皮も厚いければ、情にも厚い
なっていくのだけど、ヌイグルミはまっすぐ私を見た。
『
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