第4-03話 特訓:キャスリング
イレーナさんにお茶を出してから数十分経って、母親と一緒にヒナが帰ってきた。
2人が戻ってくるや否や、イレーナさんは俺にした説明と全く同じ説明を母親にして、母親はそんなイレーナさんの説明を最後まで聞くと――その首を縦に振った。
「えぇ、ニーナちゃんをお預かりします」
「ありがとうございます」
イレーナさんはしっかり頭を下げると、玄関に置いていたニーナちゃんの荷物と少しばかりの生活費ということで封筒を母親に手渡していた。生活費の方は母親が断っていた。
困った時はお互い様という言葉が聞こえていたが、お断りができるのはウチが裕福だからなんだろうなぁと邪推してしまう。
祓魔師家業は高給取りというのは散々色んな所で見ているので知っているものの、他人の子供を簡単に預かれるところを見ると余裕あるなぁと思ってしまうのだ。
なんて、俺が大人の嫌な思考を走らせている間にイレーナさんは羽田空港に向かった。
金に余裕はあるが、時間に余裕は無いのが祓魔師という仕事である。
そういうわけでニーナちゃんはウチにしばらくの間、お泊りすることになったのだ。
なったので、ある。
リビングでお茶を前にして座っているニーナちゃんに、母親は短く挨拶。
「ニーナちゃん。久しぶり、イツキのお母さんです」
「ひ、久しぶり、です」
「ニーナちゃんはアレルギーとか食べれないものとかある?」
「……無いです。何でも食べれます」
そう言って頷くニーナちゃん。
人前というか、大人の前では大変に行儀の良いニーナちゃんだが、2年生でも同じクラスになった俺は知っている。
ニーナちゃんは給食でブロッコリーが出たら、こそっと俺のお皿に入れてるのだ。
まぁ、俺はブロッコリーが嫌いじゃないから食べるけどね?
でも、『食べれないものはない』って言っても大丈夫??
しかし、そんなことなど知るはずもない母親は安心したように頷いた。
「だったら、ご飯は気にしなくても良いわね」
「あとこれ、手土産です……!」
お土産と言って、ニーナちゃんが持ってきた荷物から取り出したのは、なんか高そうな緑茶の茶葉が入っている缶が2つ。
俺はそれを見た時に思わず、ほっと胸を撫で下ろした。
このタイミングで出してくれて良かった。
もし俺がお茶を入れるタイミングで出されようものなら、完全に猫に小判となっていたことだろう。
「ありがとう、ニーナちゃん。後で飲もうね」
「うん」
そう頷くニーナちゃんは、1年前に比べて感情豊かになったと思う。
とはいえ、あの時はイレーナさんとバチバチやってたときだったし、日本に来たばかりで気が立っていたのかもしれない。慣れない環境というのは、ストレスになるものだから。
そんなお茶缶を受け取った母親は、ニーナちゃんのために来客用の部屋の準備に移った。
この家は四人で暮らすには広すぎるので、普通に使っていない部屋があるのだ。
そこを一時的にニーナちゃんの部屋にしようということである。
ヒナとニーナちゃんの2人が移動したので、俺は俺でシャワーを浴びることにした。
さっきまで身体を動かしていたので、汗で気持ち悪いのだ。
シャワーから戻ると、母親たちが出かける準備をしていた。
「どこか行くの?」
「買い物に行こうかと思って。イツキも来る?」
「うーん……何買うの?」
「明日のご飯かなぁ」
「なら留守番してる」
さっきまでは身体を動かしていたのだが、次は使っていない魔法の練習をしたい。
俺がそう答えることは予想済みだったのか、母親は「そっか」と頷いてカバンを取った。
ランドセルを見に行った時に、ついでに買い物してくれば良いのに……と思うのだが母親は外に出かけるのが好きなのだ。
ちなみにヒナを連れて行くのは、ヒナがまだ小さくて危ないからである。
「ニーナちゃんはどうする?」
「イツキと一緒に残ってます」
「そう。じゃあ、イツキをよろしくね」
「任せて!」
そう言って胸を張るニーナちゃん。
そういうわけで、母親はヒナと一緒に買い物に行ってしまった。
戻ってくるまでは、また1時間くらいかかるだろう。
時間もあるし魔法の練習をしようと思っていると、ニーナちゃんが俺のことをじぃっと見ていた。
「ど、どうしたの?」
「これから魔法の練習するんでしょ」
「うん。そうだけど……」
俺がそう頷くと、ニーナちゃんは続けた。
「せっかくだから、前にやってた魔法の練習の続きする?」
「えっ! 良いの!?」
「もちろん」
ニーナちゃんはそういうと、その碧眼を細めて笑った。
前にやってた魔法というのは、俺がニーナちゃんと一緒に練習している魔法『キャスリング』のことだ。
どういう魔法かというと祓魔師の位置と、生み出した妖精の場所を
入れ替わるのに距離は関係ない。
どれだけ離れていようと、どんな場所にいようと妖精と術者の場所を入れ替えるのだ。
魔力を喰うという弱点はあるものの、やっていることは瞬間移動である。
1年と少し前。
俺とニーナちゃんが学校に閉じ込められてイレーナさんが慌てて東京に戻ってきたことがあったが、あの時に使っていた魔法だ。
あの後、雷公童子でやってみようと思いたって色々と試してみたりしたのだが……あいにくと惨敗。そのままニーナちゃんに泣きついたのである。
そういうわけで、俺はニーナちゃんと一緒に庭に向かった。
向かう途中でニーナちゃんがそっと手を包んで、優しく開く。
そこから出てくるのは身長15cmほどの小人。
全身が真っ白で、顔には目も鼻も何もなくのっぺりとしている。
けれど、服装はそんな顔とは裏腹に豪華なドレスで、背中には煌めく
ニーナちゃんが呼び出したのはエクソシストたちが好んで生み出す妖精『ピクシー』だ。
『
向いている、というのがどういうことかと言うと、これは完全に言葉通り。
妖精には向いている魔法と向いていない魔法があるのだ。
例えば妖精の『いたずら』として、モンスターの
「じゃあ、イツキ。私が最初に、見本を見せるから」
「うん。お願い」
「こうやるの」
そういうと、ニーナちゃんの周りの景色が歪む。
ぐにゃり、と
そして、ぱっと消えた。
瞬きすると、目の前には『ピクシー』が浮いている。
俺が視線を動かすと、さっきまで『ピクシー』が浮かんでいた場所にニーナちゃんが立っていた。
「どう? 見えた?」
「……うん」
何度見ても『魔法』という感じの魔法だ。
俺も早く使えるようになりたい。
「ほら、イツキも早くやってみて」
「……うん。分かった」
俺もニーナちゃんと同じように手を包む。
その中に生み出すのは重たい魔力で生み出した“核”。
そして、その核を支えるように、魔力で妖精の形を作っていく。
『
その2つの合わせ技を使うと、俺の手元にも同じように白い妖精が生まれていた。
『妖精魔法』である。
1年も練習すれば『遺宝』を核にしなくても、妖精を呼び出すくらいは出来るようになった。
そんな俺だが、イレーナさんから直々に『妖精魔法』を教えてもらっているニーナちゃんに比べれば、まだまだである。
そんな謙虚な気持ちをしっかり心に刻み込んで、俺はニーナちゃんの指導に従って『
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