第4-02話 虫の知らせ

「うちでニーナちゃんを預かるって……お泊りってことですか?」

「はい。そうなります」


 そうなります、と言い切ったイレーナさんの表情は真剣そのもの。

 冗談や、お遊びで言っているような雰囲気はない。


「でも、なんで急に……お泊りなんですか? だって、これまでイレーナさんがお仕事に行く時はニーナちゃん1人だったのに……」

「それには当然、理由があります」


 俺は『導糸シルベイト』でヤカンを持ちあげると、急須きゅうすと茶葉をそれぞれ棚から取り出した。

 他の人から見れば色んな食器が空を浮かんで、勝手にお茶の準備をしているように見えるだろう。


「どんなことなんですか?」

「嫌な予感がするんです」

「嫌な予感」


 俺はイレーナさんの言葉を繰り返す。

 なんともふわふわした言葉だ。


「イツキさんは、ここ最近モンスターの出現率が高くなっているという話をご存知ですか?」

「ううん。初めて聞いた……」


 え、そうだったの?

 でも思い返してみれば、父親もレンジさんもここ最近はずっと仕事で家にいない。

 

 祓魔師はよく長期出張に行くので、別に気にしていなかったのだが……なるほど。モンスターの数が増えていたのか。


 ……なんで?


「それも普通の増え方じゃ無いんです。例年の1.5倍から2倍ほどに増えているんです。その影響で今は祓魔師エクソシストの数がとても少なく……1人でニーナを置いておくのは心配で」

「だから、ウチに」

「はい。イツキさんがいれば安心だと思うので」

「…………」


 俺はその言葉にちょっと閉口。


 そりゃ確かに俺は『第七階位』だし、遺宝も2つ持っている。

 日々の訓練も欠かしていないが、だからと言って胸を張って『誰かを守る』なんてことが言えるほど強いとも思っていない。


 人はミスをする。

 万が一のことだってある。

 予想外の一手を打たれることもある。


 そして、人は簡単に死ぬ。

 そう。簡単に死んでしまうのだ。


 たった一突き、刃物で胸を刺されただけで大人でさえも死んでしまう。


 もちろんニーナちゃんには死んで欲しくないのは大前提だし、何かがあったら守るのも大前提だ。


 だから、どう応えるべきか迷って……話題を変えることにした。


「なんでモンスターの数が増えてるの?」

「今は専門家が調べているんですが、いくつか理由が考えられまして」

「専門家?」

「はい。祓魔師エクソシストのコミュニティにおられる方で、コミュニティを使って意見交換がされています」


 コミュニティ……って、あれか。

 俺が雷公童子を祓った後にちょっと炎上してたやつか。


 この家には未だに固定のWi-Fiは無いし、父親も母親も回線は最低限のものを使っているほどにネット環境から隔絶されているから時折忘れそうになるが、祓魔師たちはインターネットコミュニティを作っているのである。


 なるほど、そこで話が出てるんだ。


「そこで上がった理由は大きく3つ」

「3つも……」

「1つ目は周期的なものですね。モンスターが沸きやすいがあるのです」

 

 そんなのあるんだ、と思いながら俺は急須に入れたお茶を注ぐ。

 綺麗な緑茶の色が出ている。初めてにしては結構、良い感じじゃないだろうか。


「例えば有名なところで言うと16世紀後半から17世紀にかけて。ちょうど魔女狩りが起きた時期です」

「……む」


 魔女狩り。名前は知っている。

 日本で『絲術シジュツ』が流行って、ヨーロッパでは『錬術エレメンス』が流行ることになった大きな事件だ。


「今がその時期かもってことですか?」

「可能性がある、ということです。2つ目は、『スポット』が生まれたかも……ということです」

「『スポット』?」


 知らない言葉が出てきた俺はお盆にお茶を載せる途中で、その手を止めてイレーナさんを見た。


「『スポット』というのは、モンスターが生まれやすい場所ですね。イツキさんも聞いたこと無いですか? ロンドン塔、集団埋葬地カタコンベ、恐山。世界のあらゆる場所にそういうところが存在しているのです」

「……そうなんだ」


 俺は初めて知った存在に、思わずそう唸った。


「もしかしたら、そういうのが日本のあちこちに同時にできたのかもしれない。そんな話が出てるんです」

「そういうのって同時に何箇所もできるものなんですか?」

「えぇ、とても珍しいことですが」


 イレーナさんの言葉に俺は「なるほど」と頷くと、お盆を手にとった。

 そのままお茶菓子を『導糸シルベイト』で手繰たぐり寄せる。


「3つ目は何なんですか?」

「『第五階位』以上のモンスターが出現した可能性です」

「……ん」


 そうだ。

 第五階位以上のモンスターは皆、配下のモンスターを生み出せる。


 そして、そういった連中は『隠し』という魔法を使い、『索敵魔法』に引っかからない方法で隠れるので見つけにくい。


 もちろん、その偽装も完璧でない。

 無いからこそ、俺は聞いた。


「でも、イレーナさん。もし本当に第五階位以上のモンスターが潜んでるんだったら、見つけて祓えば良いんじゃないの?」

「いえ、まだいると決まったわけじゃないんです。何しろモンスターの数が増えてるのは日本各地なので。複数の第五階位以上のモンスターが各地に潜んでいて、同時に活動的になったんだったら1体くらいは見つけても良いはずなんですが……見つからないんです」


 なるほど。

 まぁ、でも原因が明確に分かってるんだったら可能性が3つも出てこないか。


 俺はモンスターが増えた可能性を知れて、ほっと息を吐く。

 そして、本題の話に移った。


「それで、イレーナさんの嫌な予感って何なんですか?」

「この状況を前にして、似たようなことを思い出してしまったんです。絶対にありえないことだと思うんですが」

「似たようなことですか?」

「2年前のことです」


 イレーナさんはそれだけ言って、静かに口を結んだ。


 その反応を見れば、俺だってイレーナさんが何を言いたかったのかを理解できる。


 2年前にあった出来事。

 それは、ニーナちゃんの父親が死んだ事件のことだろう。


 ニーナちゃんの父親もイレーナさんと同じように祓魔師エクソシストだった。

 そして、モンスターに殺された。

 それを前にしてニーナちゃんは心を壊して、イレーナさんはその記憶を封じた。



 それを思い出すのだと。

 だから心配になってイレーナさんはニーナちゃんをウチに連れてきたのか。ちょっと理由が見えてきたな。


 俺はイレーナさんの考えを頭の中で噛み砕き、お盆を持つと、ちゃぶ台の置いてある部屋に入れたばかりのお茶を持っていく。


 そこにはニーナちゃんがお行儀良く座って、待っていた。

 こういうところを見ると、本当に育ちが良いんだなと思ってしまう。


「ニーナちゃん。お茶入れたよ」

「ありがと、イツキ」


 そして、そんなニーナちゃんを見て、ふと思った。

 

 一体、記憶はいつまで封じれるのだろう……と。

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